第4話 策士策に、
ぎしり、ぎしりと歩を進ませる度に響く床の軋みを耳に入れながら、現幻守之巫・幻守悠吏はとある城の廊下を悠然と歩いていた。
その歩みに迷いはなく、一点を目指していた。
幻守の城で式神達と別れてから半刻と経っていないにも関わらず、先程とは全く別の場所にいるのかといえば答えは簡単だ。
彼はとある男を探していた。
すれ違う人々は一様に悠吏を凝視しては、近寄りがたいその雰囲気に気圧され道を開ける。本来ならばこの場にいることすら拒絶されてしまう…何故なら、彼が今いるこの場所は、現在冷戦状態にあるとはいえ敵対する一族・天妖の本拠地であるのだから。
止まることなく進んでいた悠吏は、そびえたつ巨大な門の前で一旦足を止める。ともすれば直ぐに手を前に突出し、到底一人では動かせない筈の門を“手も触れずに”抉じ開けた。
「失礼するよ」
「よぉ、よく此処だと分かったな」
扉を開けた先にあったのは、恐ろしいほどに広く、豪華な装飾に囲まれた部屋だった。ここは玉座の間に続く一室、王族にしか立ち入る事の許されない部屋。その部屋の台座に座る青年、この城の血族にして天妖王第一継承者である獅凰は口元に笑みを浮かべ手を振った。
彼の父が現天妖王であり、悠吏の叔父にあたるので、彼と悠吏は従兄弟同士という関係になる。自由奔放という言葉が合う、気ままで豪胆な性格をした彼がここにいるのは珍しい事だった。
言葉とは裏腹にまるで悠吏が来ることを知っていたかのような表情だ。
なんで分かった?とおもむろに聞いてきたので何となくだと答えればさして興味もないように、また、笑う。
「悪いけど時間がないのでね、単刀直入に言わせてもらう」
「お前は毎回それだろーが」
呆れた素振りを見せつつも口元の笑みは絶えない。それで?と視線だけを寄越す。
「"片割れ"を、解放する」
「…へぇ、敵対する一族の関係者である俺に言ってもいいのか?」
「関係者、ね…実際はそう思ってもいない事は知っているよ」
「まぁな、俺は一つに縛られるのが嫌いなんでね」
「それに、君に反対する理由もないだろう?」
「お見通しってか。だが逆に、賛同する理由もないぜ?」
お互い笑みを張り付けたままの腹の探り合い。緊迫した空気が部屋全体を包む。
静寂が満ちる中、先に白旗を上げたのは獅凰だった。
「はー…、分かった分かった。協力してやるよ、どうせお前には口で勝てねぇ」
「それは良かった。出来るだけ手荒な真似は避けたかったからね」
「…戦闘でも勝てねぇとは言ってねぇけど?」
「そうかい?」
交渉が成立したというのに挑発する悠吏。そしてその挑発に乗る獅凰。再び緊迫した空気が満ちようとしたとき、呆れたような声がその場に響いた。
「何をしてらっしゃるんですか主。そんな安い挑発に乗るなんて」
「うげ、」
「久しぶりだね黝薙」
「えぇ、お久しぶりです悠吏様」
2人の間に入ったのは獅凰の従者である黝薙だった。黒髪に黒いサングラス、そして黒手袋に黒の軍服。長身で一見威圧的な印象を受ける彼だが、悠吏に丁寧に挨拶を返すと主に向き直り、それはそれは真ッ黒い笑みで詰め寄った。
獅凰の笑みはと言えば、大分ひきつっている。自らの従者であるというのに…まぁ、理由はそれだけではないのだけど。
「主も、随分とお久しぶりですねぇ?」
「そ、そうだったか?」
「えぇ…私が体感した時間で言えば1カ月程ですかね」
「はははは、次元が違うんじゃ時間の流れも違うからなァ?」
「つまり主は私とは違う次元に逃げて過ごしたということですね」
「(…しまった)……いや、すまん」
自由奔放な獅凰は、従者すらも振り回す。側近である黝薙も例外ではないようだが、この腹の内の読めない相手に何とも度胸のある事だ。
先ほどまでの威勢はどこへやら。面目丸つぶれとなった獅凰の様子を見てざまぁみろと思う悠吏だったが、話を進めるために口を開く。
「黝薙。全部聞いていたんだろうけど、出来れば君にも協力してほしい」
「俺に対する態度とえらく違うな…」
「私は主が望むなら協力致しますよ」
「…まぁいいけどよ、暇だし。で、決行は?」
「明日だよ」
「…急過ぎやしねーか?つーか俺が交渉蹴ってたらどうするつもりだったんだ?」
「愚門だね」
流石の黝薙も渋い顔をして黙っている。
秘匿されているとはいえ、禁忌とされるあの子を解放する事は、恐らく重罪。関係者に知られれば計画は水の泡となる。
“信頼”出来るものにしか、ギリギリまで教える事はしなかった。
機は熟した。今こそあの子を解放しなければもうチャンスはないかもしれない。利用出来るものは何でも利用する。それが分かってて協力してくれる彼らには、悪いけど。
「策士策に溺れる…それだけは勘弁して下さいよ。主も私も、貴方を気に入ってるんですから」
「…溺れるには、まだ早いさ」
「おいおい、そこは言い切れって」
「…そうだね。ありがとう」
決行は、明日。
待ってて…『 』
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