第3話 四神の想い

『解放する』と、それがどんな大罪に繋がるかも分からない事をあっさりと、それでいて重々しく言い放った悠吏は苦い顔をする青嵐を尻目にその場を去っていった。

残された青嵐はというとやはり眉根を寄せて立ち尽くしたままだった。


ふと、誰かの気配を背後に感じて振り向く。


「物騒な事を言うようになったなぁ悠吏様は」


「…凛玄」


四神が一、玄武。様々な形式の占いを得意とする彼女は人前に出ることを極力避ける。この城に姿を現すことも然程ない珍しい人物の登場に目を見張る。


「“占い”に、出ましたか」


「ああ」


「…どうなる、かは?」


「先の事など分からないさ。ワタシは“夢見”ではない」


普段、占いなどと気にもかけない青嵐が結果を訊ねる事に少なからず驚いたらしい。煙管の煙をゆっくりと吐き出しながら、やれやれといった様子で彼女は笑った。


「そう、でしたね」


「…だが、幻守の禁忌とも呼ばれる御方を解放する等と、無謀に近い」


「それでもやると決めたからには、必ずやり遂げるでしょう」


彼、悠吏はそういう人なのだから。


だからこそ今回は厄介なのだ。

例え彼が妹君を救いだそうとも、幻守一族がそれを黙っている訳がない。


――双子は、災い。


最悪の場合…禁忌を冒した悠吏と、奴らにとっては最も消し去りたいであろう人物である妹君もろとも…。

そこまで考えて青嵐は一つ溜め息をこぼす。


「けれども、我らには何も出来ない」


幻守一族の崇める神、神帝に仕える四神である我らには、神帝自らが命令をくだされるか、悠吏が協力してくれと言霊にしてくれない限りは。

悠吏から何も言われずに行動を起こしたとしてもそれは、彼の目には妹君に同情したとしか映らないだろう。


そもそも彼は我らの助けを必要としていない。


「あら、とんだ腑抜けた発言ですわね」


重い空気となった場に、とげとげしい声音が響く。視線を向ければ、四神・朱雀の朱南と白虎の白堊が此方に歩いて来るところだった。


「…中々辛辣ですね、朱南」


「事実を言ったまでですわ」


フンと鼻を鳴らし目を細める朱南は苛立ちを隠しもせずに言い返す。


「貴方は悠吏様のお世話係でしょう?」


「まだ言ってるのかい…。確かに先代までは君の役だったが、…陛下がお決めになったことだろう?」


「そんな事は分かっていますわ。個人的な恨み言については、一生根に持ちますからお覚悟なさって。けれど今わたくしが言っているのはそういう事ではありません」


誇りでもあった役を降ろされた事を、恨んでいない訳ではない。とはっきり言いきった朱南は、青嵐を一睨みして言葉を続けた。


「“神としてでなく、君自身としての本音が聞きたい”」


「…!」


「…あの方のお傍に一番居た貴方が…あの時の悠吏様のお言葉をお忘れですか」


神帝より突然、代々幻守之巫女のお世話係の役を担っていた朱雀ではなく、青嵐が任命されて程なくした頃。まるで人形のように、作られた笑顔で淡々と任務をこなしていた彼に、かける言葉も浮かばず、同じように形だけの笑顔を貼り付け接していたあの頃、彼が初めて見せた困ったような表情。思えばあれは確かに彼の本音だった。


「我らが“本音”を示さずにして、あの方が心を開いてくださる筈がありません」


「我らが…」


「…オレ、難しい事は分かんないし、悠吏様の事、正直こわいなって思ってるけどさ。悠吏様が言う“大切な妹”って人、あの人があんなに必死になるくらい、大切だって言うんだからきっと悪い人じゃないと思うんだ」


だから、助けたい。

いつも悠吏の前では緊張してしまう白堊にすら、そう思わせてしまう悠吏に感心すると共に、素直な想いを口に出すことの出来る白堊が羨ましいと青嵐は思った。


悠吏が幼い頃…それこそ赤子の頃から成長を見てきたが、彼が妹に対する想いは本物だ。かの妹君と彼が出会ったことはない、筈だ。その心情に何があったのかは知らない、けれどここまで…神の心すらも揺さぶるとは。


「…そうですね。我らにも出来ることはある。どれほど時間がかかろうとも、あの方の想いを無駄にすることだけはしたくない」


「青嵐。それが、アナタの“本音”か?」


「えぇ、そうですよ。貴女も同じでしょう?」


「…ふふ、まぁ似たようなものだな」


同情だと思われても、なんでもいい。今はただ、彼が最愛の妹との“再会”を果たせる事を、祈ろう。

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