第2話 解放宣言
幻守一族の城ではいつになく人々が慌ただしい様子でそれぞれの仕事をこなしていた。
「ねぇ、聞いた?今日悠吏様がお帰りになるそうよ」
「悠吏様が!?」
「継承式の時、少しだけお姿を拝見したけどお美しい方だったわ」
ほぅ、と浮かれるように話す侍女達の話に出ている悠吏という少年は、史上初の男子の幻守之巫女だ(彼の場合は幻守之巫となる)
その美しい容姿に穏やかな物腰と、申し分ない実力には、出生時期騒がれていた赤子であることを忘れさせる程に有名であった。件の彼が、巫の職務をこなし一旦戻って来るというので迎えの準備に忙しいのだろう。
「あの、すいません」
透き通るような声音が、浮き足立って騒いでいた侍女達の話を中断させた。
「青嵐を見掛けませんでしたか?」
月を写した白銀の髪に、夕焼けにも似た橙色の瞳。そして白地に禁色である紫と金の装飾をした幻守一族特有の巫女服。
――件の幻守悠吏その人だった。
突然の事に顔を真っ赤にし、言い淀む侍女達を尻目に少年は柔和に微笑んだ。
「困らせてしまったなら申し訳ありません。先程から探しているのですが見当たらなくて…」
「─っあ、に、庭の方で!読書をしてらしたかとっ!」
「ああ、庭ですか。それは思い付かなかった。ありがとうございます、それでは」
突然の事に焦って絞り足した声は緊張から震えていた。だがそれを嘲笑うことなく、それは美しい笑顔を向け彼は言われた通り庭の方へ歩いていった。
暫く茫然としていた侍女達は我にかえると黄色い声を上げ、先程よりも騒がしく話をし始めた。
***
庭に着くと、自分の式神でもある青嵐がまるで自分が来ることを分かっていたかのように此方に背を向けたままパタリと本を閉じた。
「─お帰りなさい、巫殿」
「ただいま、青嵐」
巫殿はやめてくれ、と苦笑しながら一言。それに青嵐もすみませんでしたと軽く笑い合い、彼も青嵐の隣に腰を下ろす。
「完璧な笑顔、でしたね」
「なんだ、見てたのかい?」
「えぇ、人間より五感は遥かに優れておりますので」
その言葉に軽蔑や自慢等といったものは含まれていない。事実なのだ。
彼は人間ではなく神なのだから。
「此処は居心地が悪くてしょうがないよ。所詮は外面だけ、中身を見ようともせず勝手にイメージをつける。くだらない人間共の集まりだ」
「おやおや、麗しの貴公子とも呼ばれる貴方の口からそのような発言が聞けようとは。誰かの耳にでも入ったら大変ですねぇ」
「クス、君はそんな真似をしないだろう?信じているからね」
どの口が言うのか、とまでは流石に言わなかったが。
幻守悠吏という人間は今聞く通り、幻守一族に良い感情を抱いていない。
寧ろ、毛嫌いしている。
「…やはり、許せませんか」
「当然だ」
若干躊躇いながらも尋ねられた問いに即答する。
「僕の大切な片割れを、古い因習に惑わされ封縛の塔に幽閉するなど」
ましてや、殺戮兵器として道具のように扱うなど…!
いつ誰が見ているとも限らないと穏やかさを保っていた瞳が苛烈に輝く。
激昂する事こそないが、纏う空気は冷たく、まだ年若い少年に畏怖すら感じた。
暫く傍観していた青嵐は悠吏の氣が収まってきたのを見計らい言葉をかける。
「遂に、やるのですね」
「──そう、
その為だけに、僕は生きてきたのだから」
僕の大切な大切な片割れを、
───解放する。
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