鳥籠の姫君

彩迦

第1話 名も無き少女

幻守一族とは、幻籠郷の創造神…神王大帝陛下に仕え、神の血を引く人間の一族である。


彼等は幻守之巫女を筆頭に幻守と呼ばれる者達を輩出し幻籠郷を守護、延いては世界の均衡を管理する役割を担っていた。誇り高く、穏やかな性情の彼等の暮らす世界には争いの火種など露ほどにも見当たらない、


──ハズだった


八代目幻守之巫女と、敵対する一族…天妖族王家の者が婚姻という、異例の事態が起き世界は歪み始める。平穏を保っていた両族の仲は悪化していくが、やがて二人の間には新たな生命が産まれる。


──またしても、問題が起きる

この世に生を受けた子供は、


男女の『双子』だったのだ。


双子は凶兆とされどちらかの命を奪わねばその一族に大いなる禍を招くとされている。一族は親となった二人にどちらかを選ぶよう命じるも二人は首を縦には振らなかった。

二人は一族から追い出されることになろうとも、幸せに暮らすことを望んだ。


しかしそれも、叶わぬ夢となる…。

二人は何者かに暗殺され、男女の双子は取り残されてしまう。


血と絆を重んじる幻守一族には無垢な赤子をあやめる事はやはり出来ず、


人間の血を強く引く男児を次代の時守之巫へ


妖の血を強く引く女児を封縛の塔へと定めた



世界から孤立するとされる封縛の塔ならば、禍は起きぬだろうと考えた結果だった。



***


緑一つない、荒れた大地にポツリと佇む少女がいた。

──彼女に名は無い。


時折聞こえる何かを潰したような音。それを語るのは野暮というものだ。

少女を取り巻くように倒れている無数の人間たち——全員、既に息絶えていた。


やったのは彼女だ。それは誰の目にも明らか。

少し違うのは、彼女は望んで殺戮を行った訳ではないこと。


彼女の四肢には、その白く細い身体には不自然な程、重苦しい枷が嵌められており、鎖と繋がった首輪には枷と同じように、長い文字の書かれた札のようなものが幾重にも巻かれている。


彼女の瞳は何も映していなかった。ただそこにある状況を眺めているだけの傍観者のように、まるでそこに心は無いかのように。


少女は自分が何者で、何の為に殺すのか、分からなかった。

言葉が理解出来ない訳ではないが、『殺す』と言う事の意味を知らなかった。


ただ、暗くて冷たくて、広いだけの塔から出される時、命じられるからコロしていただけ。


何故命令に従っているのかも疑問に思ったことは無い。

その必要がないと言われたから。


殺すことに躊躇いは無かった。

難しい事でも無かった。



─…でも、相手が崩れ落ちる瞬間


胸の張り裂けそうな程の痛みを伴う。映すだけの瞳から何かが零れ落ちそうになる。


その意味を、少女は知らない。

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