第3話
昨夜の夢のせいで疲れていた。ぼおっと、昼間の情報番組を眺めていた。最近は不倫不倫に、不祥事不祥事と、は行が大人気だ。この国ののんきはいつか自分自身を苦しめる、と誰だったか昔聞いた言葉を思い出していた。そこに、
「新型あみさが今日、初の運行をします。」
という、アナウンサーの声が飛び込んできた。新型あみさは、東都と長尾を結ぶ特急列車だ。車体の老朽化を受けて、新車両の導入が前々から決まっていた。
「これで、長尾県の観光客も増えそうですね。」
画面が女性リポーターとあみさの映像に代わる。リポーターは次々と、あみさの乗客を取材していく。
「今日はどこから来たんですか。」
「東都です。あみさを一目見たくて。」
三十代くらいの男性がそう答える。首から、ばっちり一眼レフをさげている。
「この後のご予定は?」
「そうですね。松後市内で温泉につかって、それからあみさに乗って帰ろうと思います。」
長尾県松後市。なぜか、この単語に激しくひかれた。妙な懐かしさと、行きたいという気持ちがわいてきた。
遠出は禁止されているわけではない。なら、幸蔵さんに頼んでみる価値はある。早速、その日の夕食時に、幸蔵さんや幸見さんに切り出した。
「松後市・・・。ごほっ。」
幸蔵さんは少し、せき込んで幸見さんに心配されてから、何か考える風であったが、言ってきてもよいと了承をもらった。
「いいな、長尾県。僕も行きたいよ。」
幸見さんもそういって笑っていた。ただ、さすがに一人は心配らしく、森山さんを付き添いでつけるということにした。
女性二人の旅行はまあまあ気軽で、新型のあみさの乗り心地もよく旅行の出だしは良かった。まあ、目的がないだけにそれだけで気軽であったのかもしれない。
気が付くとすでに松後市に到着した。松後市には国宝の松後城があり、歴史や文化が今なお色濃く残っているが、まち全体それなりに栄えていて、住みやすそうであった。
ふと、まちから見える山に立派な寺を見つけた。森山さんに尋ねると、
「ああ、今人気のお寺らしいですよ。スピリチュアルスポットなんですって。」
と話をしながら、スマホで調べたサイトを見せてくれた。そこには。神聖そうなお寺の写真と人のよさそうな和尚の写真が載っていた。
菊花はその写真を食い入るように見つめてしまった。この和尚に懐かしさを感じた。私はこの人を知っている。確信のようなものもある。
「森山さん、このお寺行きましょう。」
その寺、再巡寺に着いたのは午後4時過ぎでほとんど観光客もいなかった。門のあたりを二人でうろうろしていると、あの写真の和尚が話しかけてきた。
「もう、日が暮れてきますよ、タクシーかなんかで迎えを呼ばないと、ここら辺はもう、バスの時間もありませんよ。」
やはり、写真で見た通り、優しそうなおじいちゃん風和尚だ。二人はタクシーを呼ぶことにした。和尚は菊花を見るなり、はっとした表情をしたが、すぐににこりと微笑み、待っている間にお茶を出してくれるといった。
「この寺は庭も有名なんですわ。良かったら、見ていきなさい。」
森山さんは喜んで案内についた若い僧と一緒に庭を見に行った。菊花も、と誘われたが、菊花は首を横に振って、和尚様に聞きたいことがあると、話しかけた。
「はて、何でしょうか。最近はめっきり相談事なんて受けませんから、お役に立つかどうか。」
「・・・私は記憶喪失なんですが、あなたを見たとき懐かしさと、あなたを知っている人だと確信があったんです。」
「ほお。私も、実はあなたを見たとき、最初、知り合いが訪ねてきたのかと思って驚きました。まあ、と言っても違ったのですが。」
「その方は、私に似ていらっしゃるんですか。」
「似ているなんでもんじゃないですよ。まるで、生き写し。でもね、あり得ないんですよ。」
「あり得ない?」
「その方は二十三年も前に亡くなっているんですよ。」
私は昔、小学校の教師を5年ほどしていまして、最後に担当した6年生のクラスにいたのが彼女でした。彼女は、利発でかわいらしく誰からも愛される子だったんですがね、ある日両親の離婚で引っ越していきました。ただそれから十年後、私がこの寺を継いで和尚として担当した葬儀が、彼女の父親でして、そこで再会したんです。その時、今年は無理だが、近いうちに結婚すると話していまして、子どもも生まれるという話を聞いたんですよ。ただ、その結婚相手の家が大変な名家だから、きちんとしないといけないと彼女が言い残したものですから、まあなんだか気にはなっていたんですよ。そしたら、風のうわさで彼女が亡くなったと聞いたもので、びっくりしたんですよ。
「もしかして、その彼女の子供かも・・・と今思ったんですが、あなたの様子からして、どうやらそうでもないらしい。」
「そうですね。私の母は亡くなってはいますが、最近らしいので。」
「不思議なことなど、この世にはたくさんありますからね。なんだか、今日は彼女に会えたみたいで楽しかった。」
「私こそ、お話が聞けて良かったです。あ、和尚様が先生だったのは驚きましたが、なんだか似合ってるなと思ったんです。和尚先生ですね。」
「ははは。確かに、よく言われますね。でも、和尚先生はあんまり言われないなあ。」
最後にそういって笑って、森山さんと私は再巡寺を後にした。
仁秋は和尚と久しぶりに呼ばれて、驚いた。そう呼んでいたのは、誰でもないあの彼女・・・木崎琴代だ。今は、結婚して龍禅寺琴代だったか。だが、対して違いなどない。彼女はもう、この世の人ではない。彼女は嫁いで一年もたたないうちに亡くなっていた。あまりにも急に亡くなったので、不審死だとうわさされていた。
仁秋が考え込んでいると、息子の白春が話しかけてきた。
「さっきの人たちの忘れものみたいなんだけど、今から行って間に合うかな。」
その手にはボールペンが握られていた。ボールペンには、はっきりと金字で龍禅寺グループと書かれていた。仁秋は何かの因果を感じずにはいられなかった。
一方、そのころ菊花たちは東都へと帰っていた。あの新型あみさに乗って。
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