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数十分の通学コースをNSRで駆け抜けた末、和葉はやっとこさ学園の傍にまでやって来ていた。
人家の少ない、周りに田畑の多い中へポツンと立つ校舎と広い敷地。段々と和葉の視界に入ってくるその学園こそが、彼女の通う私立・
校舎は鉄筋コンクリートで真新しい新校舎と、古びた旧校舎の二棟。他には体育館だとか屋内プールだとかもあり、グラウンドも割と広い。設備の面では割と充実していて、他の私立に比べても結構良い設備が揃っている……らしい。
尤も、基本的にそういったコトに興味の無い和葉は、あまり設備の良さも気にしたことが無かった。それに学園の設備というものは、得てしてその半分以上を使わずに卒業していく事の方が多いものだ。少なくとも和葉は、そういう種類に属する人間だった。
通学路を歩く制服の群れを避けるような経路を辿りながら、和葉は一旦NSRを学園の裏手へと向ける。
その茂みは学園の敷地と外とを隔てるフェンスの傍にもかなり色濃く生い茂っていて、そここそが和葉の目的地でもある。和葉はそこにNSRを上手い具合に隠してから、それからヘルメットを脱ぎ、わざわざ正門の方に向かって歩き直す。本当なら裏から直接乗り込みたい気分だったが、そうもいかないのが面倒なところだ。
(見つかったら見つかったで、色々面倒なコトになりそうだもんね)
正門に向かって歩きながら、和葉がはぁ、と溜息交じりに小さく肩を落とす。この学園の生活指導部というのは妙に熱心でいけない。まして、やり方が強権的にも程がある。これではまるで軍隊か、いやそれ以上に酷い。
(まあ、だからこそのスリルってのもあるけれどさ)
そんなガチガチの環境下だからこそ、和葉はこんな反骨心の塊みたいな風になってしまったのかもしれない。
……いや、間違いだ。和葉の性格は、ある意味で元からのものだろう。己の自由とルールを妨げるモノを極端に嫌うこの性格は、何も美代学園に入ってから出始めたモノでもなかった。
「やっほー、和葉っちゃーん!」
そうして和葉が校門の近くにまで歩いて来れば、丁度出くわした友人がそうやって和葉を呼びながら、手を振りながらで彼女の方に駆け寄ってくる。
「あら、朱音じゃない」
駆け寄ってくる彼女は、和葉よりも少しだけ小柄で。そしてその名に違わぬ茜色をしたショートカットの髪を揺らす快活そうな少女だった。クラスメイトの
「なーにさ和葉っ、朝から元気ないぞー?」
にししー、なんて悪戯っぽく笑いながら、和葉の脇腹をつんつんと突っついてくる朱音。
「ちょっ、やめてよ朱音っ」
「ほれほれ、よいではないか、よいではないかー!」
「だから、やめてって……! あは、あははっ!」
何度も何度も脇腹を突っつかれるものだから、和葉がいい加減くすぐったさが堪えきれずに笑い出してしまう。こんな厄介な悪戯癖が、朱音の良いところでもあり悪いところでもあった。
「何さ、まーたあの小っちゃな
朱音の言う"小っちゃな彼氏"というのは、裏手の茂みに隠したNSR250Rのことを指している。朱音だけは、彼女が通学で毎日のようにNSRを乗り回していることを知っているのだ。
「それとこれとは、関係……ないっ!」
やっとこさ朱音を引き剥がし、はぁ、と小さな溜息をつく和葉。それに朱音は不満げな顔で「なにさー」とぶー垂れて、
「……それにしたって、ホントに何かあったの?」
と、急にシリアスな顔になって言ってきたものだから、和葉としても一瞬だけ拍子抜けしてしまう。
「別に、何も無いわよ」
「例のバイト先で何かあったとか?」
「あるワケないでしょ、あんな暇な店で」
「まー、それもそうだけどねー」
にははー、と気楽そうに笑う朱音の顔を見て、和葉も呆れたように肩をわざとらしく竦め、そして小さく笑う。
「でも、ホントに何かあったら相談しなよ? アタシでよかったら、愚痴聞き相手ぐらいにはなるからさ」
「はいはい、分かった分かった。それより急ぎましょ? 確か今日、一限から英語の単語テストよ」
「げっ!? ちょっと和葉、それマジで言ってんの!?」
「マジもマジ、大マジよ。何よ朱音、昨日英語の倉崎が言ってたの、ひょっとして忘れたワケ?」
「い、いや……。あの時アタシってば、ちょっと野暮用があって夢の国に出張してたもんで……」
「要は居眠りしてたってことね、ったく……。範囲だけは教えてあげるから、自力で何とかしなさい」
「うわぁぁぁ! ありがとぉぉぉ和葉ぁぁぁぁ!!」
「わっ!? ちょっ、ちょっと抱きつかないでよっ!?」
涙目になって抱きついて来る朱音と、それに戸惑う和葉。二人はこんな阿呆なやり取りを交わしつつ、いつの間にか学園の校門を潜ってしまっていた。
(……ま、気にすることないわよね)
今だけは、あの男のことを。ハリー・ムラサメのことを忘れよう。学園に居るときぐらいは、彼のことも陰謀も、何もかも考えるのは止そう――――。
そう思いながら、和葉は騒ぐ朱音と共に校舎へと赴いていく。また繰り返し繰り返しの気怠い一日の始まりに、少しだけ肩を落としながら。
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