ep.26 逆転の一手

 夕方からのマーカスと仕事の待ち合わせまで、しばらく時間があった。午前中は地図を買った。そして、昼をまわったあたりで、足は旧市街地へ向かっていた。

 ローズは白のシャツに赤いリボンタイにタイトスカートという、いつもの出で立ちで赤猫亭に立ち寄る。

 シエロが提言した、フレアとフィン王女が同一人物だという話も頷ける。あまりによく世界を知っているのだ、フレアという女性は。

 だが今日に限っては、店の前で足を止めた。

 扉には鍵がかかっていた。珍しく休みらしい。

 部屋の中も暗く、人の気配もない。アテが外れて、首をひねる。マーカスにも聞くのも気が引ける。


 そう思った矢先、

「ローズさん? ごめんね、今日はお休みなのよ」


 後ろから声をかけられた。フレアだった。赤い髪を花柄のヒモで縛って、コートも上品な毛皮だ。


「今日はこれから招待されてね」

「パーティかなにかですか?」


 自然と丁寧な言葉使いになる。


「似たようなものかな、ヒールを履くのはひさしぶり」

「わたしはヒールが苦手です……」


 自然に歩みをそろえ、大通りに向かった。

 どこに行きたいと言ったわけでもなく、ただフレアの隣を歩いていた。


「あの、質問していいですか」


 世間話も早々に、ローズは本題に入る。


「私に答えられることであれば」


 少し、考えて、

「なぜ、わたしによくしてくれるのですか」


「困っている人を見つけると放っておけないのよ、世話好きなだけ。迷惑だった?」


「感謝はしています。でも、あまりにうまくいきすぎて」

「ウラがあると?」


 正直に首を縦に振る。


「そうね。私としてはファイナリアだけの事情ではなくて、世界的になにが起きているか、どういう方向にむかっているのか、わかっている人材を探していた」

「革命運動に参加したわたしでも?」

「裏側にも興味があると思ってね」

「閣下とお仕事をさせていただいて、感謝しています。非常にやりがいのある仕事です。でも、よくわかりません」

「わからない?」

「ファイナリアはなにをしようとしているのですか?」

「生き延びるために必死なだけよ。行動しないものは行動するものに飲み込まれるわ」

「行動するもの? 革命軍のような?」


 フレアは首を振る。


「レコンキスタ・メンバーズを名乗る新手の組織。彼らは豊富な資金力を背景に自分たちの都合の良い社会につくりかえようとしている。革命政府は大きなコトが終わってほっとしてしまったわ。レコンキスタ・メンバーズはシンボルを手に入れて、大きな勢力になってる。敵の敵は味方ってことを良く知っている人たちが集まっているのよ」

「皇女をシンボルにして、旧帝国をのみこんだってこと?」

「そうね。すべて合流していくでしょう」


 ローズの沈黙。一介の民間の鉄道会社だったはずが財団を名乗り、土地の売買と計画的な都市づくりで得た資金力を背景に一挙にのし上がり、旧帝国派の味方と喧伝し、今では革命政府に対抗する組織だ。


「革命の思想は悪い訳じゃないけれど。現状を打開して、次の一手が弱かったということにつきるわね。帝国はいずれ瓦解するとは思ったけど、案外、民衆の力が大きく作用したのよね。そこからは今につながるけど、うまくいっていると思う?」


 どんなに迫害されながら、反帝国運動は続けられ、やがて革命に結びついたが、それからなにが変わったか。

 変わったのは支配層だけ、とカートはよく言っていた。

 ローズはよく反発していたが、真相はよくわからない。

 そう簡単に生活なんて変わるものじゃないと思っていたが、ファイナリアは変わったとフレアの横顔が語っていた。


「帝国末期の脆さを、閣下やフィン王女は知っていて、ファイナリアの次の時代のレールを敷いた、それがファイナリア事変の真の姿? 革命政府にはできなかった?」


「……だいたいそんなところよ」


 まさか革命に抵抗する勢力が一介の企業とは思わなかったのだろう。

 今では物流を握る巨大グループ企業である。


「鉄道は今では大事な物流基盤よ。これを握られては血が流れないのも一緒だわ。きついことをいうようだけど、思想だけでは食っていけない」


 ふと、カートの顔を思い出す。

 トランスポーター制が解体され、彼の仕事はなくなってしまった。

 ――すべての民に豊かさを。

 トランスポーターの標語が思い起こされる。これこそ、革命思想につながる、キーワードだった。

 一部の富の独占では帝国時代と何ら変わらない。

 とはいえ、ではどうやったら、みなが幸せになれるのか。


「ローズさん、あなたが大局を見ても、きっと変わらないわ。だから、あなたはあなたの幸せをつかみ取るべきだわ」


 フレアは突然歩みを止めた。


「後ろを向いて」


 見上げてみて、と石畳のストリートから目線をあげ、オレンジ色の屋根と屋根から突き出た煙突の、奥。だいぶ距離があるが、鉄橋を走る列車、遠くにいても蒸気の音が聞こえてくる。その鉄橋のさらに向こう。

 小高い丘に城壁と尖塔。ファイナリアの城。一昔前まで、いわゆる王様が住んでいた。現在は一部が観光施設として解放されているが、議事堂やファイナリア共和国の重要施設。フレアのすらりと延びた人差し指がその城をさす。


「ああいう場所であなたは活躍してみたいの?」

「……わたしは人を指導できる器じゃない」

「それはそれで良いと思うわ。無理にする仕事じゃない」

「でも、世の中をいい方向にもっていきたいという気持ちはある。だから、そのために自分の役割を果たしたい」

「そうは言ってもあなたががんばっても、あるいは他の人が同じことをやっても、それほど大差ないのよ」

「でも、多くの同じ意見を集め、結束させれば情勢を変えられる」

「よく教育されているのね。だからって、理想に縛られて身動きがとれなくなるより、自分の幸せを優先してほしい」

「わたしの幸せ?」

「そうよ」

「幸せな生活?」

「そう、幸せな生活。思いつかない? 彼と一緒とか」

「……なかなか難しい」

「簡単に考えていいのよ、結論は率直に」

「自分だけ、そんな考えをしてしまうのはなかなか……」

「みんな、結局は自分が大事よ。全体がよくなるのはもちろんいいけど、まずは自分が自分なりの生活を築いていかないと疲弊していくだけよ」

「疲弊していく?」

「今はどう? マーカスの仕事はうまくいってる?」

「ええ、まあ」

「マーカスももう、年だわ。それほど働けない。じゃあ、その後は?」


 そこまでは考えていなかった。


「カートが近々帰ってくるわ」


 フレアの顔をまじまじと見つめてしまった。


「ミストから手紙が着てた。彼は彼でいろいろと動いているらしいわ、今夜の列車で戻ってくるって」

「帰ってくる?」

「ええ、ミストが確保したらしいの」

「確保?」

「どうもしょげているらしいから、無理矢理つれてかえるみたいなことが書いてあったのよ。ミストも妹探しで成果がいまいちで、少し整理したいらしくてね。一緒に帰ってくると言うのよ」

「ミストと一緒に……」


 よりによって皇女と一緒……。

 いったい、どういうつながりなのだろうか。このフレアという女性は。

 シエロの言ったように、やはりフィン王女なのだろうか。


「それと、次の角を右に行って。私は左に行く」


 尾行している男がいるわ、と耳打ちされる。

 後ろを振り返って、城を指さしておいて、実際にはきっと周辺も監視していたというのか。怪しんで振り向いているのではなく、観光案内しているかのように慣れている行動だ。


 足早に路地裏を駆け、アパートに戻ってきた。


 冗談じゃないと思った。尾行されていたのはわたしだ。


 尾行している人間の目的はファイナリアの重要人物のフレアではなくて、革命軍に所属していたローズに用事があるのだ。危害を加えてくるようなことはないだろうが、あまり会いたくない相手でもある。


 ――堂々と接触してくればいいのに。


 少しだけいらだちながら、部屋に戻るなり、コートを掛けてベッド脇のテーブルの引き出しに手紙をしまう。

 道路を見下ろせる窓から外を見渡す。向かいの建物に寄っかかりながら、本を呼んでいる鳥打ち帽を被った青年をみつけた。

 ふう、とため息ついて、ケープを羽織って、また外出の準備をする。

 まだ部屋まであがってこないところをみると、こちらの出方をうかがっているのだろう。黙っていると部屋にあがってこられる。部屋を見返して、この部屋には持ち込みたくないなと思いつつ、もう一度窓の下を覗く。

 すると、白いコートに不釣り合いな黒い帽子をかぶった男性がアパートのエントランス扉をあけていた。その姿に連動するように、鳥打ち帽の青年も黒い帽子の男に続く。


 イヤな予感がする。


 自室を飛び出し、階段の踊り場で待ち受ける。

 足音が聞こえ、やがて、男がやってきた。階段を淡々と登り、ローズと目があった。


 ――やっぱり。


 またため息をつきたくなった。タイミングの悪い男だ。

 黒い帽子で顔を隠しているが、ちらりと金髪が見える。


「変装するなら、もっと手をかけるべきよ、リュミエール」


 男の名前を呼んだ。

 正体が暴かれているとわかると、男は帽子を取った。

 金髪に碧眼、皇女のもっとも愛した美しい顔立ちの青年。

 無念の表情でローズを見返す。

 先日のように踵を返して、立ち去ろうとした時だった。


「動かない方がいい」


 リュミエールの背中で撃鉄をひく音がした。


「シエロ!」


 声をあげたのはローズだった。リュミエールの後ろでシエロが拳銃を構えているのだ。


「この銃はロイヤルブルーの形見分けという大層な逸品らしい。我々が財産を没収し、こうして公平に分配されたということだ」


 いつもの笑顔で柔らかな口調とは違い、まるで別人のように、冷たく、低い声が狭い階段に響く。


「リュミエール君、君を随分探していたんだ。こんなところで出会えるなんてうれしいよ。あの時は君を取り逃がし、皇女にあれだけのことをされてしまった僕はかなりの大失態だよ。本来なら、言葉を交わさずに撃ち抜いてしまうところだが」


 緊迫した雰囲気にローズは冷や汗をかいていた。なんと言葉をかけたらいいかもわからず、ただ立ち尽くす。


「君にはまだ聞きたいことがある。個人的な感情はさておき、我々が勝利を勝ち取るため君の力が必要なんだよ」


 リュミエールの返事はない。


「あくまで黙秘か。我々が勝利を勝ち取るために君の力が必要と言ったが、返答がない場合、現場の判断として僕個人の感情を優先させてもらうよ」


 リュミエールは目をつむり、なにも答えない。

 覚悟しているとばかりのリュミエールの表情にローズは眉をひそめる。


「もう一度聞くが」


 この引き金を引いてもいいか、とシエロは問いかける。

 リュミエールは応えない。


「残念だよ……」


 シエロが引き金に力をこめようとしたとき、


「リュミエール、あなたはそれで本当にいいの!?」


 ローズが口を挟んだ。大きな声で。

 理屈ではない感情が言葉を続けさせる。


「……手紙読んだわ。勝手に読ませてもらった」


 リュミエールは思わずうつむいていた顔を上げる。

 やるせない金髪の青年の表情を一瞥して、その後ろをのぞきこみ、ローズは声を張る。


「シエロ、ここはわたしにまかせて」


 いぶかしげにシエロは見返してくる。


「ローズ、君はなにを知っている」

「あとで話すわ。わたしたちが勝利をつかみ取るための逆転の一手を。だから、今はそれをしまって」


 それ、銀色に輝く六連の回転式拳銃。


「わたしたち、か……同志の言うことを信じよう」


 少々渋い顔で拳銃をおろし、一歩ずつ離れていく。


「フレア=ランスの名前で旅客切符が買える。代金は――」


 マーカスの事務所にツケて、と言おうとしたが、


「あとで本人が払うって伝えれば大丈夫」


 旅客列車は行き先によっては身分を照会しないと切符がとれないことになっている。特に国をまたぐとなれば必要となる。だが、フレアの名であれば間違いなかった。


「待遇に感謝するよ」


 列車に忍び込むのはそれほど難しいことではないが、ローズが情報を持って帰ると言っているのである。シエロは金髪の男を一瞥し、すぐに立ち去った。

 しばらく、無言が続いた。お互いに目を合わせることもなく、にらみ合うこともなく。

 先に口をひらいたのはリュミエールだった。


「……助けていただいて、ありがとうございます」


 その言葉を耳にして、ローズはため息をつく。


「おかげで状況が変わってしまったわ」

「申し訳ない」

「あやまらないで。単純にあなたが死ぬのは別にどうとも思わない。でも、目の前で人が殺されるのをみたくなかっただけ。それだけよ」


 それだけよ、といっておきながら手紙の内容を思い出す。少しは感情移入してしまったのだろうかとも思う。


「あなたの手紙は世界情勢のキーである皇女の居場所が書いてあるとても重要なものよ。あのような扱いは迂闊だわ。品物は相手届けるまでが仕事よ。カートにはそう習わなかった? それに、命を粗末にするところも問題よ」


 メリーとリュミエールは恋人のような仲だという。なんとなくだが、以前にもそれを彷彿させるシーンをみた気がするとローズは思いだす。また、そうであれば、


「自分が死ねば皇女が助かるだなんて思ってない? それってただの自己満足の無駄死によ。自分勝手に死んで、残されたものは悲しむわ」


 自分のミスを他人に迷惑が及ぶ前に自分で責任をとるといいたいのだろうが、それこそ間違いだとローズは語る。


「彼女はあなたの無事を願っていることをもっと自覚しなさい」


 そこまで言って、またため息をつく。


「なんでわたしがあなたに説教しなければならないの!」


 自分自身にもがっかりする。だれかを反映しているのだろうか。それに、なぜ皇女の肩を持たなければならない。


「リュミエール、あなたは赤猫亭を尋ねるべきだわ」

「赤猫亭?」

「旧市街区の入り口に花屋があるから聞いてみて。フレアに言われたっていえば通じる」


 困惑しているリュミエールであったが、余計なことは言わずに背中を押す。早く出て行けという仕草で見送る。

 姿が見えなくなると、部屋に戻り、いそいでペンを執った。気持ちをこめて、書き終えると、メリーの手紙をランプの火で焦がす。紙のこげる臭いは少し苦痛であった。

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