ep.27 すれ違い

 日が暮れ、少し肌寒くなってきた。

 コートを羽織って、カバンに必要最低限の荷物をつめこみ、ドアに鍵を掛ける。階段を降りて、夕方の騒がしい表通りを通らず、路地裏から裏道を颯爽と歩く。

 例によってぱりっとしたシャツにコートの出で立ちは落書きだらけの裏通りでは浮いていた。上の階で洗濯物を取り込む、近所の中年女性はローズの姿を凝視する。だが、ローズとしては表通りを歩くよりは気にならなかった。最後まであの道を歩くのが馴染めない。不思議と裏道を早足で進むのは苦にならないし、道もわかるという。

 狭い路地裏を何度か曲がると、すぐに旧市街区だ。

 花屋の女亭主は今日もすれ違う客に強引に商売している。

 そんな様子を横目で確かめながら、赤猫亭に向かった。

 今日は開いていた。

 お客は誰もいない。まだリュミエールはこの店にたどり着いていないのだろうか。

 すぐにフレアがいらっしゃいと出迎えてくれる。


「……ファイナリアを出るの?」


 すぐにフレアは問いかけてきた。

 ローズの姿を見ればすぐわかるという。

 部屋の鍵を返しにきたと告げる。


「短い間だったけど、助かったわ。ありがとう」


 事務的に伝える。


「マーカスの下で働かせてくれてありがとう。尊敬できるいい上司だった。力になれなくてごめんなさい。わたしはもう二度とフレアの名を名乗れないと思う」

「革命に身を捧げるの?」

「違う。それは違う。でも、今を変えたい」

「カートになんとつたえればいい?」

「これを渡して」


 一通の手紙。宛名はカート。


「ここに来る手はずになっているんでしょう?」


 フレアは苦笑いをした。


「そうよ、全部つながっている。わたしもミストもカートも、そしてあなたも」

「……やっぱり。でも、もうなんでもいいのよ、わたしはわたしがやるべきことを見つけた」


 晴れ晴れした顔ではないかもしれない。どちらかというと、険しい顔つきで断定する。


「……そう。迷いはふっきれたのね。それじゃあ、わたしはカートにこの手紙を渡せばいいのね」


 迷い? 迷いという言葉を聞いて、迷っていたのかという自問自答。

 いや、迷いなんてなかったのかもしれない。


「お願い。わたしからといって、必ず、手渡して」


 ポストに投函では届かないことがある。部屋に直接送り込んでも、そこに住んでいないかもしれない。


「フレアさん、あなたを信じます。だから、わたしのことも信じて欲しい」

 革命軍の敵かもしれなかった王女はうんと頷いた。




 夜の駅は均等に並ぶガス灯の淡い光で満たされる。

 柱の影にある、一番地味なプラットホームのベンチにて、さえない顔で座っている青年がいた。


「……隣、いいかしら」


 ローズは淡々と尋ねる。

 なにも答えない青年の手に切符を押し込み、すぐに立ち去ろうとコートを翻したとき、


「……なんでやつを助けた?」

「目の前で人が殺されるのを見たくなかったからよ」


 本音であるのは間違いなかった。


「そろそろ発車の時間だわ」


 周りでは駅員が慌しく働いている。

 シエロは黙って立ち上がり、ローズを追い越して汽車に向かった。特に合わせることもなく、自分のペースで指定された車両に向かう。

 ステップをまたぐと、ちょうど反対のホームに列車が進入してくる。けたたましい車輪の音とともに荒々しい蒸気があたりを包み込む。

 入れ替わりに発車する手はずになっているらしい。ステップの入り口ドアが次々と駅員によって閉ざされる。


 ――カートは今夜の便で帰ってくる!?


 いつかフレアが言っていたことを唐突に想い出した。

 まさか、と想いながら、質の悪いガラス窓から外をうかがう。顔まではっきりみえないが、次々と乗客が降りてくる。それとは反対にローズの乗った列車は汽笛をあげ、車輪がうごきだす。ゆっくりと車体が進む。

 じっと、目を凝らす。

 次々と降りてくる乗客の中、ひときわ目立つ青い髪の女がいた。その印象はロイヤルブルーだとかそういった感慨はどうでもよかった。もはや、目印であった。そのすぐ側にいるはずだ、そう思った。

 次の瞬間、見つけた。

 そして、思わず吹いてしまった。

 トランスポーターの制服と制帽というおきまりの服装だったから。

 笑いながら、涙が出てきた。

 隣に座っているはずのシエロの姿が消えていることに気づかなかった。




 赤帽を再びかぶった。

 ほこりっぽい幌付きの馬車の荷台は暗く、すきま風が入り込み冷える。馬車は田園地帯のあぜ道を走っていた。灰色の雲がたちこめ、昼下がりの午後とは思えないほど薄暗く、今にも雨が降りそうな空模様だった。

 荷台には型落ちしたライフル銃を肩にかけた若い男が無表情で五人座っていた。


 ――たった五人か。


 ローズは若い男を見渡しながら、先日のことを思い出す。

 いつの間にか姿を消したシエロ。しまったと思ったが、列車は止まらない。ローズのみが戻ってきてしまった。

 ベルクの街に戻り、シエロがいないことをいいことに、彼の命令だと言い張り、将校と面会した。

 ローズは堂々と皇女の手紙を説明した。

 手元に手紙はないため、その将校は半信半疑であった。だが、ウソとも言い切れない。皇女をこの手に出きれば確かに状況をひっくり返せるためだ。

 劣勢だった革命軍の切り札といえば確かにその通りだ。

 その将校の判断は特務隊四名とともに皇女を確保せよと言う命令をくだした。人員不足でそこにまわしている余裕はないという。

 ただ、ローズの堂々とした物言いと確実と言い切った態度がよかったのか、部隊の派遣は認められた。普通に考えれば英断かもしれない。

 それから馬車をつかって、陸路で三日。

 山々の合間、少しだけ拓けた丘陵地帯にあるちいさな城を中心とした町があった。かろうじて地図にのっており、誰もが知らないような地方だった。ファイナリアで買った地図帳の目印はあのときのままだ。


 ――ついにたどりついた。


 そして、堂々と真正面から尋ねる。

 ここに皇女が匿われているはずだ、と。

 ここは危険であるため、避難させたいとそれらしい理由をつけ、対応した執事に説明する。手紙の通りであれば、この対応で間違いなかった。

 実際、執事はイヤな顔一つせず、城主に取り次ぐという。

 ローズは胸の高鳴りを押さえられずにいた。


 ――カート、わたしは変わらない。

 ――世界は変わっても、わたしはなにも変わらない。


 だから、信じて。

 手紙にも書いたことを心の中で再度つぶやく。


 ――わたしがあなたのために世界を変えてみせる。

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