ep.23 迷子


「汽車が出てしまうわ」

 自分の荷物を家に置いてきてしまった。

 ひどい間抜けなミス。

 赤面しながら赤猫亭を飛び出してきた。

 今日の日程は南部の穀倉地帯に一泊。明日は朝早くから折り返しの汽車にてファイナリアシティを通過し、北部の工場地帯に向かわなければならない。ファイナリア縦貫鉄道と名づけられたルートだ。

 汽車は定刻通り発車する。待ってはくれない。遅れるわけにはいかない。マーカスの秘書、フレア=ランスはそんな間抜けなことはしない。

 敏腕と名高い秘書フレア=ランスに成りきって、もう三ヶ月になる。

 今の私は――革命軍所属のわたしじゃない。

 帰れない。

 帰っても、任務の失敗を取り沙汰され、厳しい仕打ちが待っているだけだ。

 ただ、帝国が支配した時代、革命運動が弾圧されている時代から一緒にがんばってきた仲間たちには申し訳ないという罪悪感が溢れる。期待に応えられなかった。だからかもしれない、ファイナリアでは自分は浮いていると感じる。

 まだ根っこは革命運動を携わった一人なのだ。

 戻りたいという気持ちと罰を恐れる気持ちとで天秤に揺れていた。

 罰が怖いんじゃない。手ぶらで帰れないと思っているからだと、帰るなら手土産を持って行かないと……いや、だから、罰が怖いのだろう。

 首をぶんぶんと振る。

 今はそんなこと考えている場合じゃない。

 じゃあ、なにを考えるの?

 カートは必ずファイナリアに帰ると言っていた。

 だけど、あれから三ヶ月。なんの音沙汰もない……。


 ――わたしはどうすればいいの……。


 アタマにくる、というよりは、為すすべもなく、ただ、状況に流されている。

 今の仕事は割と合っていると思っている。情勢も学べて、勉強になる。だが、あまりにも順調にいきすぎて、正直戸惑っていた。

 このままでいいのかどうか、というよりは、長くは続かないだろうというような、そんな気がした。

 きっかけがあれば、自分の行動は変わるのだろう。


 ――その程度の心構えなんだ。


 自分で気づいてしまって、げんなりする。




 ローズの住まいはアパートの三階だ。

 日当たりのいいリビングとキッチン、バスルームと寝室。キッチンの水回りもこの地方にしてはかなりいい設備だろう。蛇口をひねれば綺麗な水が流れてくるし、どこからも臭ってこない。上下水道が整備されているのは都市としてしっかりしている証拠だ。綺麗好きな国民性と、王国時代に傑物として名高いフィン王女が率先して整備したらしい。施策の面をとっても、王よりも王らしいとの話を酒の席で聞いた。庶民の暮らしを支える事業で絶大な人気を誇るとの話だ、その王女様は。

 ただ、そうした水道周りの整備は新しいが、基本的に古い建物であった。塗装の剥げた手すりが気になる。生活感が染み出ていて、それも味の一つと思う人は多いだろう。

 この部屋にたどり着いてすぐに、誰かが生活していたあとがあるなと気づいた。というよりは、家具がそろっており、保存食や油、お酒が置いたままになっていた。フレアに聞いてみれば、なんとあの皇女メリーの姉ミストが先日まで住んでいたということらしい。

 それを聞いて、頭を抱えた。


 ――よりによって……。


 もちろんミストも皇女だ。

 ローズとして否定したい立場の人間だ。

 だが、なぜか現場の雰囲気を知っているような気すらする。仲間、とは思えないが、敵ではない……のだろうか。

 というのも、あの時、メリーやカートが再び帝都に向かったとき、ミストはローズが一緒に刺客の男ロベルトと少々揉めていたのを見ていた。そして、ローズに帝都行きの切符を用意した。

 自分が行くか、あの男に渡すか。

 二人でいると、いつか悲惨なことになる、と彼女は言った。見ていられないからと、助け舟を出したことになる。

 ローズはその切符をロベルトに渡した。彼は喜んで、メリーを追っかけていった。


 ――なぜわたしが行かなかったのかな。


 待っていてくれと言っていたカートの顔を思い出す。

 いや、帝都に行った所でわたしになにができるのかと考えたはずだと思い返す。

 それを見届けたのかどうかはわからないが、ミストもすぐに帝都に向かって行った。あんな男に追い回されるのであれば、妹のことが心配であろう。

 ただ妹を守りたいだけなのだという彼女の行動に共感する。しかし、革命運動には皇女の存在は許されない。そうなると、自然と敵対するのだろうか。

 ミストは皇女であって皇女の生活をしておらず、中流階級クラスのアパートに住んでいる。自分と立場がそう変わらないのではという気にすらなってくる。そういった場合、ミストは特権階級の象徴である皇女であるのだろうか。


 ――あの女は例外?


 皇女であって、そうでないような。不思議な人物であった。皇室は富を独占する存在であり、我々を使役し、抑圧する、忌むべき人物。

 肩すかしをくらうような感じだ。

 メリーの態度にはさすが皇室といった憎らしいところがふんだんにあった。わかりやすい。それ故に敵だ、とすぐに認識できる。

 でも、ミストはよくわからない。

 彼女は本当に敵なのだろうか。

 少なくても、駅で右往左往するわたしに手をさしのべた。

 複雑だ。憎むべき皇室の女に助けられるなんて。

 同じ部屋に住んで、親近感が湧くなんて。

 ふと物思いにふけっていると、はっとした。

 すぐに行かなければならない。

 マーカスが待っているのだ。自分で組み立てたスケジュールを自ら崩すわけにはいかない。旅支度で詰まったスーツケースを携え、きしむ階段を下りていく。

 その時だった。

 見覚えのある、金髪のアタマが見えた。

 階段の下から、ローズを見上げている表情は、ローズの姿を認めるとぎょっとしていた。彼はすぐに踵を返した。

 名前はなんだっけと考えている暇はなかった。


「待って!」


 ローズは駆け足で階段を下りた。

 急いでアパートのエントランスから顔を覗かせるも、金髪の青年はちょうど路地を曲がっていて、視界から消えていった。

 追いつかない。


 ――人の顔を見て逃げ出すなんて最低ね。


 と、舌うちするが、彼にしたことを考えれば顔を合わせたくないのも仕方がない。

 しかし、なぜ、こんなところにリュミエールが?

 メリーのロイヤルガードとして、顔合わせに利用したが、頑固に協力せず、本部で刑に処されると聞いていた。脱出したのだろうか。

 どちらにしろ、かつて一時的とはいえ使役していたローズの顔を見るのは気分がいいものではない。

 ある筋の情報によれば、メリーはレコンキスタ・メンバーズの代表に就任したものの、表舞台に姿を現さず、メンバーズを仕切る財団に秘密裏に保護されているという。普段なら、そこに彼が寄り添うはずだが……。

 職務で得た知識と状況を兼ね合わせて、考えてみるが、答えは出ない。

 しかし、今はそんなことをゆっくり考えている暇もなく、汽車の時間を気にしながら、慌てて駅に向かった。

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