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ep.22 総督閣下と辣腕秘書
雲ひとつない快晴の空の下、ファイナリアシティはいつもと変わらない平日の光景があった。整備された石畳のストリートを背広の男たちが早足で右往左往し、軒を連ねる露店には主婦を中心とした買い物客で賑わう。
遠くからは汽車の車輪がきしむ音が聞こえてくる。
ローズにとっては、もう、見慣れた光景だ。
――私は変わった?
唐突に、浮かんだ疑問。
環境は大きく変わった。では、自分自身は?
――当たり前じゃない。だから、世界が変わったのよ。
歩きながら広場の時計塔をちらりとみて、今日の予定を思い出す。
「閣下。ランチがすみましたら、今日はファイナリア南部での農協組合の講演とパーティ、農場視察です。今夜は自宅へ戻らず、向こうで一泊します。ホテルも先方に用意していただいております」
前を歩く背広姿の初老の男に声を掛ける。
閣下と呼ばれた男はステッキをくるくると回しながら、振り返った。背は男性の割に低く、女性にしては背が高いローズと並ぶとほとんど同じくらいだ。
「列車の旅かい」
男は帽子の下でお茶目に目を見開く。
「いえ、お仕事です」
やれやれと男は肩をすくませる。
「とはいえ、先方から一等車の予約を承っていますので、個室でくつろげます」
安堵のため息。
「それを聞いて安心したよ。君の取る二等車のチケットでは肩が凝るのでね。それにな、ローズ君。君はもっと柔らかい服を着たまえ。まじめなのはわかるが、明るい色や女性らしい服をだな……」
今日の、というより、いつもローズは白いシャツに赤いタイにタイトスカート。時々パンツにしたり、プリーツスカートのときもあるが、色合いがいつも濃い系の色で同じだ。トレンチコートで身を包み、オシャレをするというよりは堅苦しい印象があふれ出る。
「閣下は一度引退した身ですから、経費には限りがあるのはご存じのはず。かつてファイナリアを一手に引き受けていたマーカス=フレッチャー総督とはいえ、今はどこの組織にも所属していない隠居のご老人に違い有りません。経費を絞れるところは絞らないと。それに、わたしの給料も確保できませんし。ああ、それと、わたしは秘書という立ち位置ですから、服装もしっかりしなくてはなりません」
きっぱりと言い切る。
「……まったく、そういうところは先代フレア=ランスと変わらんな。いや、服のセンスは先代の方が良かったが」
初老の男マーカス=フレッチャーは闊達に笑った。
逆にローズは不機嫌そうに黙る。
「まあそれはそれ。ローズ君、君はよく働いている。このマーカスも恐れ入る」
「恐縮です。ですが、今はわたしを褒めることよりも、今夜の講演内容を組み立てるのが先かと。どのようなお話をされるおつもりでしょうか」
「まるで本当にフレアだ。彼女も無駄口を許さない。君は完全にフレアに成りきっているよ」
ローズの言動に感心したようでうんうんと頷いている。
逆にローズは少しうつむいて、ファイナリアの旧市街区へ歩みを進める
「……いえ、フレアさんと私は違います……あの人は……」
服のセンスはともかく、フレアと自分は圧倒的に違う。
ファイナリア総督マーカス=フレッチャーと、その秘書フレア=ランス。
現在ではマーカスはファイナリアの総督ではないが、その秘書は同じフレアの名前で通っている。
二代目フレア=ランス。なんでこのようなことをしたのか、よくわからないが、色々と便利らしい。初代の活躍に比べれば、ローズは単なる新人秘書なのだが、あまり新人のような扱いではないところが不思議だ。
――わたしはただの秘書だけど、あの人はもっと大物な感じ。未来に設計図を書ける人。秘書だけど、秘書ではなく、もっと大きな存在。
マーカスが話しかけてこないことをいいことに、考えごとをしながら歩みを進める。ごつごつした石畳を踏みしめると、やがて背の高い城壁そびえ立つ。旧市街区だ。
今でこそ門や仕切り、関所のようなものはなくなっているが、旧王国時代には武器を構えた兵士が警邏していた。
今はもうその物々しい兵士の姿はなく、城壁もここから旧市街区という単なる印でしかない。
旧市街区に入るとすぐに花屋がある。恰幅のいい中年女性が笑顔振りまいて接客をしていた。人気があるようだ。
しばらく歩くと、噂の店にたどり着く。
屋根から猫の看板が突き出ていた。
道を覚えてしまえば、駅からだってそれほど時間はかからないが、ちょっと見ただけでは何のお店かよくわからない。慣れ親しんだ今でも同じ印象だ。常連にとってはそれが居心地の良さなのだと言うが、ローズにはそれがよくわからないでいた。
相変わらず、わかりにくい……などと一人つぶやく。
「今日はここでランチにしよう」
雇い主の提案に適当にうなずきながらも、汽車の時間を確認した。
まだ時間はあるようだ。
ローズが初めて赤猫亭の敷居を跨いだのは三ヶ月前だった。
あれはちょうど、輸送管理官制度が廃止され、カートが最後の仕事として旧帝都行きの便に乗った時のことだ。仕事の引き継ぎと称して、皇女メリーや新世紀財団たちと出発してしまった。
あの時、カートが咄嗟にフレアを頼れと叫んでいた。
任務を果たせず、行く宛もないことを考えてのことだろうと察しはつくが、ローズとしては見ず知らずの人だ。頼れと言われても、困ってしまった。
必ず帰る、というカートの言葉は信じてみたいと思った。
いや、信じたかった。
それに、あの人にはいつぞやの礼も言わなくてはいけない。
状況から考えても、見知らぬ土地で一人ぼっち、住む家もなく、仕事もなく、人脈もなく、金だけは少しだけ持ち合わせがあるものの、ホテル暮らしなんて出来る余裕はない。選択肢はないも同然だ。
そのお金さえ、綺麗さっぱり盗まれてしまったのが、カートと出会った頃のローズであった。なにも知らない田舎娘がはりきって都会に出来てきたのはいいが、早々に全財産を失うという最悪の事態が襲った。
あの頃を思い出す。
自暴自棄になって橋の欄干から飛び降りようとしていたところにカートが偶然通りかかったのが、そもそものはじまりだ。
貧乏だけど、カートは夢を持ち、希望の光を瞳に灯し、輝いていた。
一時期、ローズの心は折れていた。
彼のおかげで、その後、持ち直すことができた。
今では強くなったと言われる始末。相手にしてくれない。
革命運動に参加して、自分たちが世界を変えたことに自信を持てたことは大きい。
では今、そこからはみ出した自分というのはなんなのか。
気分転換に服を何着か買わせてもらったが、気づけば憲兵時代と変わらないようなスーツスタイルかトレンチコート。
改めて思い出す、フレアという女性を頼れと話だ。
ファイナリアには観光で一度だけ来たことはあっても、旧市街の商店街事情などわかるわけがない。
先日訪れた、街角の花屋の女亭主に思い切って尋ねてみた。
朗らかな声で対応してくれるが、ローズの身なりが地元らしくない、ぱりっとしたスーツスタイルのため、怪訝な目つきで身構えているのがありありとわかる。
「フレア? ああ、何でも屋みたいなことされているのさ。誰に聞いたんだい?」
値踏みされている……。
街角の花屋が知るほどの知名度とは、どういう扱いか。
考えれば考えるほど、次の言葉が出てこない。
そして、迷子の女を装うには、やや立派すぎる態度と服装は女亭主の訝し気な目つきを和らげることは出来なかった。
「この前、人探しを手伝ってもらって……」
メリー探しの時のことを、当たって砕けろで伝えてみる。
「ああ、あの時。そういえば、あんた一緒にいたね。覚えてるよ、そういう格好する人あまり見ないからね」
「……え、ええ」
なんとも言えず、しどろもどろに答える。
「捕り物があったんだってね。見たかったよ。ああ、それで、フレアさんにねえ、赤猫亭というお店をやってるのよ」
身振り手振りで丁寧に道を教えてくれる。
道を覚えようと今度こそ迷子の観光客を装った。
「ありがとう、助かるわ」
今度は素直にお礼が言えた。相手の表情も少し和らいだ。
「困ってる時はお互い様さ。まけとくよ、ひとつどうだい?」
一輪の花。乳白色の花弁、縁が赤く彩られている。可愛いらしく咲く名も知らぬ花を受け取り、ローズは苦笑いしながら、女亭主に硬貨を渡した。
「あんた、これ、統一硬貨じゃないか」
「え?」
統一硬貨は革命政府が指定した国際通貨だ。
歴代の皇帝の名前や顔が彫られた硬貨を革命政府が許すはずもなく、新たに設けられたのが統一硬貨だ。
経済上の混乱を避けるため、旧帝国硬貨と統一通貨は同じ価値と再設定された。革命政府に協力的な国であれば使えるという話だが、この花屋の女亭主は困った顔をした。
「あんた、やっぱり帝国の方から来たんだねえ。身なりがそれっぽいからそうだと思ったけど……あたしゃ、通貨レートなんてわかんないし、これのお釣りも出せないから、記念にさ、このコイン貰ってもいいかい?」
詳しいレートは確かにローズだってわからない。無意識にいつものコインを差し出しただけだ。色々と面倒になって、さしあげるわなんて見栄を張って、のちのちに後悔した。
実際には五倍以上の差があった。
赤猫亭は狭い。
路地の一角に小さな看板が掛かっている。
地味な玄関ドアを開けると、コーヒー豆の香りが漂う。
コーヒーは贅沢品だ、海の向こうの大陸から船で運ばれてくる。帝都以外の一般家庭ではそう簡単に手に入らない。それが惜しげもなく並べられている。豊かなコネと財政事情がない限りは種類を集められない……と、ローズはそう教えられたのを思い出す。とはいえ、どんな理由を探してきてもカフェの魅力にはあらがえないのもわかっていた。
教育と現実的な好みは違うのよね、と一人で言い訳して、芳醇な香りが敵対的な気持ちを消した。
L字型のハイカウンターに脚の長いイスが十個ほど並んでいる。席と席の間にゆとりはなく、びっしり座ればかなりぎゅうぎゅうだ。
先客は一人だった。初老の紳士。カウンターに上品なシルクハットを置き、コーヒー片手に新聞を読んでいた。
目を引いたのは、
「いらっしゃいませ」
と声をかけてきた店員だ。
バーテンダーのような着こなしで蝶ネクタイ。背が高く、腰まで届く赤い髪。意志の強そうな瞳の女。客であるローズに優しく微笑む。
「どうぞ、こちらへ」
赤い髪の女性の正面を案内され、自然に従った。
この前の人だ――と確信するも、向こうは覚えていないのか一人のお客さんとして扱ってくる。
荷物を隣の席に置こうとして、先ほどの花屋で買わされた一輪の花の置き場所にもたもたしてしまう。
「あら、それは?」
「え、ええ、ここに来る途中、花屋さんで。道を聞いたので、買わ、き、記念に……」
「ふふ、買わされたのね。アンナも相変わらずね」
「もしよければさしあげるわ。今の私に……」
「花の色は赤なのね?」
「え、ええ。どうして?」
「私をお探しかしら」
どきりとした。暗号の意味も兼ねていたのかと花を睨む。
「フレア=ランス。この喫茶店のオーナーよ」
フレアは愛想よく、にっこりと笑った。
まずはコーヒーで温まってはいかが? とチャーミングの問いかけに、ローズは渋い表情を崩さずにはいられない。
気になるのは兵士を率いていた彼女の姿だ。喫茶店のオーナーの仕事ではない。
「こ、この前はありがとう」
やりとりを思い出して、礼を述べる。
「この前? ああ、あの時の」
メリーを探し、フレアと彼女の元に集う兵士に保護された。
しかし、あの刺客の男はローズに仲間意識を示していた。
それを、かばってくれた。
カートが隣にいたこともあっただろう。
フレアの気持ち一つで、刺客の一味とみなすことができたのに、しなかった。
――どうして?
目を合わせることができないほど、緊張していた。
来るんじゃなかった。
そう思いながらも、差し出されたコーヒーを口に含んだ。芳醇な香りが鼻孔を刺激し、口にふくんだ苦みが余計な気持ちを消してくれた。
「あなたは観光でファイナリアに来たとは、とても思えない」
コーヒーを吹きそうになるくらい、フレアは唐突に本質へ迫ってきた。
「さしずめ、革命政府の人、あるいは軍関係。でも、敵意はなさそうだっ
た。カート君と言うのよね、彼の大切な人という風には感じたけど。間違っている?」
首を振った。
「きっと、私のところに来たということは、他に行く宛がないのだろうと予想するけれど、それはどう?」
この店には人生の迷子がよく辿り着くのよ、と彼女は笑って話す。
「国に帰りたいなら、その手続きを手伝うけど。もちろん、正規の手順でね」
いや、それはダメ、と口ごもりながら否定する。
「訳あり? 彼との関係」
「待っててくれとは言ってたけど」
ぽつりとこぼして、顔をおさえる。
職務の関係で、とは言えない。言いたくない。
「アパートを手配するわ。仕事しながら、少し生活しては?」
その素早い提案に驚いた。そんな簡単に出来るものかと。
「訳ありで一部屋空くのよ。そこに一時的でもいいから住むのはどう。快適な部屋よ」
チャーミングに微笑むフレアの表情。それに比べてローズは冴えない顔しか返すことができなった。
「アパートを借りても、支払うお金がない……いえ仕事が」
仕事を途中で抜けてきた。給料だって払い込まれる銀行はここにはない。いや支店があったとしても、そこから足がついて、私はまた絶望に追い込まれると暗い考えが浮かび上がる。
八方塞がりの状況であった。手を差し伸べてくれているのに、それすらつかめないのか。
沈黙が痛々しく続く。
思い切って手を伸ばすにはあと一つ、足りない。
結局、何も変えることができないのか、俯いた。
その時、新聞を畳む音がやおら響いた。常連客であろう初老の紳士が咳払いをして、発言のアピールをしてきた。
「君、読み書きは達者かね?」
いきなりの渋い声。
「……え。ええ。まあ人並み程度に」
「そうか。実は私は一度は引退した身だが、また必要としてくれてる人がいてな。現場に戻らなくてはならぬ。だが……」
「秘書がいない」
フレアが涼しい顔で続く。
「そうだ。前任者は喫茶店に落ち着いて、手伝おうとしない」
「あら、その話、初耳だわ」
「いや、それはだな、わははは」
旧知の仲らしいが、置いてけぼりの会話についていけない。
「一言もそんな話は聞いていないのに手伝おうとしないはひどいわ」
「とにかくだ、秘書を募集しているのだが、君、やる気はあるかね?」
ムリヤリ話をローズに振ってくる。
「もちろん、今すぐ答えを出せとは言わぬ」
「いえ、私でよければお手伝いいたします」
即決した。
新しい世界に入っていくのに、時間があけば戸惑うだけだ。
革命運動の世界はひとまず休憩と勝手に見切りをつける。そうでも考えないと、失敗続きの自分がひどくみじめになる。
「おおう、すばらしい返事だ。見よ、誠実であれば結果は出るのだ」
「勝手なこと言って」
フレアは男の言い分にあきれている。
「ローズさん、紹介するわ。この方はマーカス=フレッチャーといって、旧帝国のファイナリア総督だった人よ」
どきっとする肩書きだ。
教科書に出てくるような人物に思わず「ウソ……」と言葉が漏れた。
マーカスから握手を求めてくる。
皺の多い、くたびれたその手を両手に握って、目を見る。
優しい瞳をしている。
「ローズ=ホーリックスといいます。よろしくお願いします」
それくらいしか言葉が出なかった。
フレアの淹れてくれたコーヒーの味がさっぱりわからないくらいにアタマが混乱していた。
だから、マーカスを前にして初めて名乗ったにも関わらず、フレアが自分の名前を知っていたことにすら気づいていなかった。
あれから三か月。
マーカスの仕事に手応えを感じた。
今日もいつも通り、赤猫亭でランチだ。
フレアがパンとゆで卵とサラダを用意してくれた。赤猫亭に寄ると告げていないにも関わらず用意してあるのだ。マーカスの予定をフレアが知っている証拠だった。予定を握っているのはローズなのに、大概のことをフレアが把握している。マーカスから逐一伝えているわけでもなさそうだ。
怖いくらいに鋭い。
本人曰く、端々の情報で予想がつく、だそうだ。
まったくかなう気がしない。
そして、不思議とお金には困っていないようで、マーカスの政治活動の支援と称してお代はとらない。
実は資産家なのだろうと勘ぐった。身なりはもちろん、仕草も上品、知的で行動的。上流階級にも通じている。楽器も弾けると以前に聞いた。
何者なのだろう。
落ち着いた気持ちになると、フレアの出身が気になって仕方ない。いつだったかのメリーを探す時は兵隊を従えていた。
じっとフレアを見つめていると、彼女の赤い瞳がローズの視線に気づく。
「マーカス=フレッチャーといえば、伝説的な人物として教育されたわ」
そういえば、と話題を変えるために本人を前にして、思わず教科書通りの評を並べる。
「併合されたファイナリアで帝国の意向に反して、旧王国軍の一派と結び、無血開城して独立をうちたてた。もはや革命が起きたと言っても過言じゃない。開城の演説では、この国の繁栄を導くのはこの国で働く人間だって言ったと私たちは習った。私たちも彼を見習って働く人々にとって、抑圧されない素晴らしい国をつくろうって」
ふむ、とマーカスは頭をひねる。
開城の演説、と聞いて、フレアがくすくすと笑う。
「あの演説の……原稿はだな……」
マーカスは言葉を詰まらせながら、フレアに目配せする。
当のフレアは咳払いをしながら、黙って皿を拭いている。
「いや、なんでもない」
察しろと言うことらしい……。どうやら裏話があるらしい。気にせず、ローズは話を続けた。
「マーカス総督はすぐに表舞台から姿を消してしまったけど、その余波はすぐに革命軍にやってきた。幹部が血気盛んに革命を声高に叫び始め、やがて……」
「帝政は打倒された」
フレアが相槌を打つ。
「そう、具体的な行動に移されたの。でも、それはマーカス総督のやり方とはまったく逆の行動で」
「クーデターじみた、一気呵成の攻撃的なやり方らしいじゃないか」
「そう。私はそこまで血が流れるなんて、思わなかった。でも、間違っていると思わなかったし、みんなとの一体感、熱狂と言ってもいい。それについていくのも悪くなかった」
ローズはひとつひとつ思い出しながら、俯き加減に答える。
ロイヤルブルーの公開処刑だって、今考えるとあそこまでする必要があったのか。
でも、間違っているとは思いたくない。
「君は、世界が変わったと思うかね?」
パンをかじりながら、マーカスが問う。
「世界は変わったわ。でも……」
カートの顔が浮かんだ。
望んでいたのはなんだったろうか。
なぜ彼は荷物を運んだのだろうか。本当に仕事だから?
――世界が変わって、なにが変わった?
革命政府グランドユニオンの市民憲兵という地位でなにをしていたのだろうか。取り締まりや指導? それは仕事だから? 理想を実現するために?
疑問を晴らす、明確な答えが見つからない。
あえていうなら、なにも変わっていないんじゃないかということだ。
「閣下はファイナリアから、今度はなにを発信されるのですか。世界にまた新たな変革をもたらすお考えですか?」
ファイナリアの独立は帝国に革命をもたらした。またファイナリアで大きな動きがあれば、世界はそれに応えるのだろうか。
「先代はどう思うかね?」
先代、というのは先代の秘書と言う意味だろう。もうマーカスの中ではローズの地位が固まっているようだ。
「私のシナリオはもう終わったわ」
フレアが意味深に答える。
「二代目に残す言葉は?」
「自分の信じる道を進むのが後悔がないと思うけれど」
ローズはゆで卵と一緒にフレアの言葉を飲み込むと、すぐに咽せた。
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