#3 Love Letter

支線

ep.21 手紙


 ――ねえ、世界は変わった?

 ――帝国は倒れ、歴史は変革の時代を迎えた。


 手紙を書こうと思った。

 いざ書き出すと、過去の思い出が言葉として溢れてくる。

 年表か、あるいは歴史の教科書のように。

 たった一行で一連の事件をまとめてしまうことに抵抗を感じつつも、集大成として、次の言葉を紡ぎ出す。


 ――そう、わたしたちが世界を変えた。

 ――わたしたちは歴史の証人。


 ちらりと横目で、ベッド脇のテーブルを見る。

 そこには、美しい筆記で書かれた手紙が置いてあった。

 ローズとはまるで真反対の環境で育った少女の手紙。

 育った環境が違うから、わたしはあんなに美しい字は書けないけれど、と独り言をこぼす。

 はたして環境のせいかな、カートなら、そう言いそうだなと勝手に想像する。

 手紙の書き出しすら可愛らしい挨拶に出来ないのも、それもまた自分らしいと自分勝手に納得する。

 この手紙の主と唯一同じなのは、自らの気持ちを文字に委ねることだ。

 皇女といえど、彼女も人間なのだ。

 口には出しにくいこと、離れていては伝えられないこと、それらを素直な言葉を文字として伝える。

 いい方法だと思った。

 思わず筆を執ってしまった。

 顔を合わせれば、どうせ口喧嘩になってしまう。

 だったら、手紙に託せばいい。


 ――わたしたちの革命で、帝政は倒れた。これから新しい世界になるって二人で話したよね。


 ある時、新しい世界とはなんだ、と彼はつぶやいた。批判的な言い回しではなかった。単なる素朴な疑問なのだろう。ただ、当時の自分はどうだったろう。言葉尻に不満を感じて、すぐ喧嘩になった。

 信頼有る同志諸氏の指導に不満があるならわたしが代わって教育する。我々の歴史は必ずや我々の行動を肯定する、と意気込んでいた。

 そのときを思い出すと、思わず赤面してしまう。

 恥ずかしい。

 指導部の受け売りじゃないか。

 新しい世界なんて、想像できるわけがなかった。

 新しい考え方、新しい価値観、新しい技術、新しい生き方。わかるわけがなかった。現状を変えたいという気持ちだけが先走って、新しい世界がどういうものかなんてわからないのだ。カートには素朴な疑問があったのだろう。これからどうなるかがわからないことを、わかっていたのだろうか。


 ――わたしは意見を持っていなかった。組織に身を委ねていた。それでわたしは生きる勇気を得ていたのかもしれない。でも、わたしが革命運動にのめりこむほど、あなたはわたしを煙たがった。


 マーカスの仕事で見聞きした世界は、鉄道で変わった社会だ。帝国軍人を辞めて農夫になったものもいた。誰もが今のようなことになるなんて想像できなかった。帝国軍人から農業を勤しみ、それでファイナリアの独立を後押しという、ローズから見れば支離滅裂的な行動である。

 きっとあの人たちは社会の変わりようにいち早く気づき、そこで暮らしていく――自分たちの幸せをつかむためのあり方を見つけたのではないか。あるいは生計を立てるため、商売を成功させるために。

 そういうものなのだろうか。

 立派な教育を受けていたのならともかく、読み書きと数学を少しかじった程度のアタマに社会の変革が自分の生活にどう関わってくるのか、なにもわかっていなかった。

 でも、なにもわからなくたって、社会に適応し、新たな人生を歩むものもいた。そういう人たちは自分にはなにが必要か見えていたのだろう。


 ――でも、わたしは革命運動に参加したことを、後悔していない。


 仲間とともに、帝政を打倒し、抑圧されない社会をつくろうと地下運動に躍起になっていたのも一年も前じゃない。

 あの運動はたくさんの人々を巻き込み、やがてクーデターが起こり、帝政が打倒された。


 ――あなたはわたしが変わったと言うけれど、わたしは本当に変わった?


 帝都に始めてやってきたころ、最初はカートのお母さんに救われたのだ。なんの当てもなく田舎から飛び出してきたローズに手をさしのべてくれた中年女性。それがカートの母だった。

 頼るところもなく、荷物やお金は強盗に奪われ、無一文になっていた。成功を信じて上京してきたのにも関わらず、あっという間に財産を失い、今夜のパンや寝床も考えられなかった。ただひたすらショックだった。

 自分の見通しが甘かったという反省ももちろんあったが、それにしても、都会とはこうも人に冷たく、生きにくいところだったのか。

 うつろな表情で、ふらふらと橋を渡っていたところで声をかけられた。川に飛び込むと思われたらしい。

 つらつらとそのときの気持ちを便せんに書き連ねていく。


 ――カートは弱っていたわたしをぶっきらぼうに励ましてくれた。赤の他人なのに。


 それからずっと一緒にいた。


 ――お母さんが亡くなったとき、わたしは実の親が亡くなったみたいに泣いた。とても優しい方だった。


 カートのお父さんは知らないけれど、カートが目標にするくらいだから、かっこいい人だったに違いないと思っていると続ける。

 革命運動に参加したのはその後だ。象徴的だったのは赤い帽子。


 ――赤の帽子がよく似合うって、カートが言ってくれたのがきっかけ。


 カートの言葉の意味もよく分からず、その世界に飛び込み、友達もできた。

 空っぽの自分にやりがいのある目標を提示され、それを目指した。


 ――昔話をしちゃったね。最近のことも書くね。


 ファイナリアにきてから、マーカスという偉い人の下で働いていたことを書いた。フレアのことも。

 そして、旧友であるシエロの言葉。誘い。

 リュミエールの間抜けっぷり。

 そして、最大のお節介も。


 ――きっと言葉ではなかなか言えないかもしれない。


 これからの私の行動にあなたは反対するでしょう。でも、わたしはやってみたい。やりとげてみせる。


 ――だから、この手紙に託します。

 

 わたしを信じてほしい。

 社会がどんなに変わっても、あなたの味方だから。

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