支線

ep.18-2 号外


 荷役の仕事、というのは単純に肉体労働だった。荷物を運ぶ、仕分ける、検品する、行程ごとに作業することもあれば、一人で何役も担う場合もある。大きな駅になれば、流れ作業だったりするが大量の荷物を時間内に捌くのは段取りよくやらないとなかなかうまくいかない。

 カートはその段取りを組む側の人間であったし、なおかつ、荷役も経験しているから、見知らぬ駅にやってきても、すぐに荷役の仕事は見つかった。

 輸送管理官をやっていたというのは、一部の人間にしか伝えていない。快く思わない人間もいるらしく、トラブルの種をまくべきではないと判断され、一般の荷役には伝えられることはなかった。そのためか、新入りなのに要領がいいと評判であった。

 カートの経歴からすると当たり前の話だが、あえてそれは言わず、荷役の経験があるとごまかした。

 列車が到着する旅に緑のツナギの男たちが降車し、輸送管理官と同じ仕事をする。不慣れなのがよくわかり、荷役のリーダーとよく口論になっているようだ。

 まるで遠い世界のようだ。

 汗水垂らして、コンテナを持ち上げ、タグを確認する。

 輸送管理官の制帽の代わりに買った格子柄のハンチング帽はあっという間に薄汚れた。

 あのとき、一人で深酒をして、知らない間にホテルで寝ていたが、大切な輸送管理官の制帽と制服の上着をどこかにおいてきてしまったらしい。

 最後の勤めで馬鹿をやったと二日酔いの朝は最悪だった。

 ホテル代でほとんどの持ち金が飛び、それこそ、日銭を稼ぐために荷役の門戸を叩いた。

 荷役は日払いで給料がもらえる。たいした金額ではないが、必ず支払いをしてもらえるため、毎日通えば暮らしていける金額になる。下宿先を見つけて、数日通い、初めての贅沢が帽子だった。

 すぐに汗で汚れることになるのだが、荷役の間ではハンチング帽をかぶるのが流行している。吊りズボンと合わせて、人気のスタイルだ。

 夕方の列車が発車し、夜の到着はないということで、引き上げることにした。夕飯をどこの屋台で食うか、飲み屋か、そんな選択に迷う程度の夜がはじまるのだが、この日はいつもと、違った。

 駅前の広場に人だかりができている。

 新聞が風に乗って待っていた。

 一枚ペラの両面刷りの新聞を人だかりの中心部にいる若い男が配っているようだった。


 号外、という言葉が踊っていた。


 なにか大きなニュースがあったというのだろう。

 どこかの誰かが読み捨てた新聞を拾ってみる。

 記事のタイトルを見た瞬間に、目が夢中になって、記事を追った。

 だが、途中まで読んでいて、新聞がひったくられた。

 強い力で、上から引き裂いてくるのだ。突然のことで抵抗も出来ずに、半分に千切れた新聞が相手の手の元にあった。

 目の前には赤い帽子をかぶり、黒いコートで身を包んだ女が立っていた。


「こんなものを読むんじゃない」


 一瞬、ローズと見間違えたが、そうではなかった。

 革命軍の市民憲兵による検閲だ。

 髪の長い、女性隊員だからか、勘違いをしてしまった。市民憲兵にはローズのような女性隊員、女性隊長もいる。

 彼女は他の隊員を指揮して警笛を鳴らし、人だかりに散るよう指示する。新聞を撒いていた男の身柄を確保し、まるで犯罪者のように縄で後ろ手を縛り、連行していく。

 あっという間の出来事であった。手慣れた捕り物劇に仕事終わりの荷役たちは、自分たちは関係ないと彼らとは目を合わせないようにしている。

 カートは女性隊長に待ってくれ、と声かけた。

 彼女は反応してくれた。だが、目つきは厳しい。カートのことを反抗する者として捉えているのはあきらかだった。


「日々のお勤めに感謝します」


 手のひらを隠す敬礼で挨拶する。いつもは帝国式敬礼しかしないカートでも躊躇なく革命式敬礼を真似てみる。

 そうすると、女性隊長は同じように返してきた。


「ひとつ、おききしたいことが」

「あのでたらめな新聞についてなら、答えられない」


 先回りした答えを返してきたが、カートの狙いはそこではなかった。


「市民憲兵として活躍されている方の所在を知りたいのです」

「答えられる範囲ならな。どうしてだ」

「以前に、助けていただいたことがあるため、そのお礼を申し上げたいのです」

「伝えておこう、宛名は」

「ローズさん、と言う方です」


 ああ、と女性隊長はうなずいた。


「知っているよ、ベルクに赴任になったはずだが」

「どうも異動されたようで、いらっしゃいませんでした」

「異動した? そんな話は聞かないぞ」


 カートを訝しげに見つめる意志の強そうな瞳。もっとも気持ちが強くないとこの仕事は出来ないだろう。


「どうして異動したとわかった」

「いえ、いらっしゃなかったので、自分がそう勝手に思っただけです」

「勘違いか……いや、たしかベルクで緊急に欠員補充するとか大尉殿が言っていた、ローズのことだったのかしら?」


 途中から、独り言のようになっていた。


「やはり、いらしゃらないのですか……」


 カートの残念そうな口振りに女性隊長ははっとしていた。


「今のは忘れてくれ。余計なことを口にした。確実なことはわからない。ここの地域にも本部にも彼女はいないだろう。たまたま休暇だったのかもしれない。しばらくしたらまたベルクを訪ねてみればいいだろう」


 ありがとうございます、と丁寧に頭を下げると、会えるといいなと言葉を残し、去っていった。

 本質的には性格の良い人間なのだろう、厳しい仕事をしているだけで。ローズもその一人だというのはよくわかっていた。

 利用してすまない、と女性隊長に向かって心の中で謝る。

 少なくとも、ローズは革命軍に戻って罰を受けたり、原隊に復帰していることはなさそうだった。もしそうであったら、あの女性隊長がなにかしら一言付け加えるだろう。大きなミスをしているローズのことが広まっていないと言うのは、まだ、任務は継続中ということだろうとカートは仮説を立てる。

 その仮説を裏付けるのは、先ほどの没収された新聞記事だ。

 一面に大きく、帝国皇女の電撃作戦が成功、とあった。

 事実はそれほど大した事件じゃない。

 革命政府の庁舎が並ぶ一角で、ゲリラ作戦が開始され、捕縛していたロイヤルガード数人が連れ去れたというニュースだ。そのゲリラ部隊を指揮していたのがメリーである、という話だ。

 おまけのように、ミストが超常的な力で一個中隊を足止めしたとある。

 どれも本当のことだろう。

 オペレーション・スカイブルーとやらは成功した。

 少し、ほっとしたのは事実だ。どこにもメリーが捕まったとか、新世紀財団が後ろで糸をひいているとは書かれていない。

 一方的にやられていた帝国派が一泡吹かせた、というセンセーショナルな内容に、心躍る人たちがいたのかもしれない。だから、号外などと言う形で配られた。

 どこの新聞社かと思えば、三流記事で有名な新聞社であり、大手はそんなうかつなことはどこも書かなかった。その辺の事情をあとで知って、げんなりするが、それほど、革命政府には厄介なニュースだったのだろうとはよくわかった。

 しかし、と思う。

 この件には、ローズは関わっていない、のだろう。

 そうなると、まだファイナリアにいる、その可能性は大いにあった。

 それでいい。

 こっちには戻ってくるな。

 念じるように、何度もつぶやく。

 今日もパブのカウンター席に身をゆだねながら。

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