ep.20 安全な場所


 レコンキスタメンバーズの記念式典にて、乱入した刺客が皇女を刺殺せしめんとした。

 メンバーズ幹部で構成された委員会はこの事態を重く受け止め、代表の居場所を秘匿すると決定した。

 その決定をウィルから伝えられたとき、メリーは首をひねった。


「私に選択権はないの?」


 代表の体を心配している、と言うが、メリーは反論する。


「気持ちはうれしいけれど、大将がこそこそしていたら、士気が下がるって聞いたことあるわ。そういうものじゃないの?」

「我々の組織が安定するまではご辛抱願いたいと、委員会は申しております」

「まあいいわ、私になにかあると、リュミエールが可哀想だものね。毎回盾になってたんじゃ傷だらけになってしまうわ。それはそうと、ウィル、あのときはありがとう。よくやってくれたわ」


 式典でのことだ。乱入してきた男はファイナリアで出会った刺客ロベルトに間違いなかった。ウィルは落ち着いて引き金を引き、ロベルトを一撃で倒したのだ。


「どこで式典のことを聞きつけてきたのかしらね」

「彼はグランドユニオンの特務機関の手の者のようです。単独であのような真似をする敵を前に、公の場に出るのは危険です。しばらく御身を隠していただきたいのです」

「……わかったわ。どこに行けばいいの」


 聞いたこともないような地名であった。

 列車で三日、馬車で半日。

 とんでもない田舎だ。

 向かった先には古城があった。

 小高い丘の上に建てられた石造りの年季の入った建物だ。尖塔が空に向かって伸びている。

 青空の下、緑の山が映え、麓にはのどかな牧場が広がる。

この光景は心休まるものではあったが、他になにもない。

 隣にいたリュミエールもさすがに驚いていた。

 迎えにあがった初老の執事は帽子を取り、深々とお辞儀をする。

 今日から殿下の身の回りのお世話をするものです。

 そう言って、メイドが何人も紹介された。若い娘から、いかにもな雰囲気をかもし出すベテランまで。一通り揃っているのは心強かった。


「それで、私の部屋は?」


 ご案内いたします。

 そうして、メリーは尖塔の頂上に案内された。


 一ヶ月が過ぎた。

 さわやかな朝日が射し込む窓。この窓が格子窓なのが残念でならない。遠くをみれば、麓の町で炊事の煙があがっている。いつも通りの平和な光景であった。

 ベッドから起きあがり、伝声管に向かって起床したことを伝え、朝食の手配をする。ただの金属のパイプなのだが、声を発すると響いて下の階にとどくという仕掛けがある。これで、地上八階分の階段を往復しなくてすむ。どうせ、塔の下まで降りたところで、鍵がかかっているため、外に出ることは出来ない。まるで、牢屋であった。

 鏡をのぞきこみながら、櫛で髪を梳く。朝は誰も手伝ってくれないから、自分でやるしかない。

せめて朝食までにボサボサぐらいは直しておきたい。

 やがて、ノックの音が響く。

 リュミエールだった。彼はどんなに朝が早くても身なりがしっかりしている。


「姫様、お食事をお持ちしました」

「今日も早いのね」

「一緒に食事をしようと思いまして」

「ふふ、ありがとう」


 パンをかじりながら、メリーは尋ねる。


「お姉さまから連絡はあった?」


 リュミエールは首を横に振る。


「そっか」


 わずかな期待。毎日崩される、わずかな期待。


「ここでは、情報は入ってきません……」


 もしも、情報を手に入れたいのであれば、何日もかけて移動しなくてはいけない。

 しかも、ここでは、それが出来るのはリュミエールだけ。


「私に一人でここにいろっていうの? そんなの……いやよ……絶対。リュミエールがいるから、私は耐えられる。毎日一緒に居られるのよ、それはそれでいいことだわ。退屈だけど、使用人は丁寧で、安全で食事もおいしい……」


 そう言いつつ、涙がこぼれてくる。


「利用されるのはわかってた、わかってたけど!! この仕打ちはあんまりだわ!」

 声をあげて泣いた。

 安全な場所として、この古城へ案内されてからというものの、メンバーズの人間は一人も訪れなかった。

 確かにその方が間違いなく安全だ。しかし、完全に公に登場しない、名前だけの代表と化していた。

 何のために代表就任の話を受けたのか、これでは、意味が無い。意味が無いどころか、利用されただけだった。

 リュミエールに背中をさすられて、落ち着く。

 二人だけの世界と言えば、聞こえはいいが、こんな結果は望んでいなかった。だが、どうしたらいいか。

 メリーはリュミエールを抱きしめて、一つの決断をする。


「……私、我慢する。我慢するから、外の世界を見てきて。必ずお姉さまは生きてるわ。だから、お姉さまに、私がここで待ってるって、伝えてきて。お願い、お願い……」


 悲痛な叫び。


「きっと、ファイナリアに手がかりはあるわ。私知ってるの、お姉さまの住所。だから、そこに行けば……」


 手元にあった本の一ページを切り取り、番地を書く。

 カートが持っていた名簿にあった住所だ。メリーはたどり着けなかったが、リュミエールなら。


「私は、大丈夫だから。まずはこのお部屋をぴかぴかにお掃除するのよ。メイドの子に編み物を教わったから、それをやってみようとも思ってる。やることはいっぱいあるわ」


 作り笑顔で、断言する。


「お掃除ですか?」

「できないと思ってるでしょ。列車に乗ってるときにパステルおばさんって人に習ったわ。あとカートにもね。私だってそれくらいできるのよ」


 バケツにバカにされたけど、とは言わなかった。


「……姫様。よろしいのですか」

「うん。でも、必ず帰ってきて」

「……わかりました。お心のままに」


 素直な返事に、さびしさを感じたが、彼もそうすることでしか解決できないと思っていたのだろう。自分から言いださないところがいかにもリュミエールらしい。

 メリーは涙を拭いて、笑顔で送り出した。

 これで絶望的な日々を乗り越える糧はなくなった。


 ――自分で言ったじゃない。私だって、なんでもできるのよ。これくらいの……ことでめげたりなんか……。


 まずは水拭き掃除をして、元気を出そう。

 今度は失敗しない。

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