ep.19 代表就任
潮風が肌を撫でる。
岬に建てられたウィルの私邸は最高の眺望ポイントだ。
眼下に広がる一面の青い海、無制限の空。地上を見下ろせば、湾に面する港町の全域を望める。
帝都から列車で一日半、ポート・リファールは帝国領というより、海上貿易の拠点であり、海の王者サドラー海運の本拠地であった。
港には三本マストの帆船が多数停泊している。
最新型の蒸気船はまだまだ数が少なく、なかなかお目にかかれない。昔ながらの船乗りにとっては船といえば帆船というのがまだまだ常識であった。
この屋敷からだと、港で船乗りが働いているのがよくわかる。砂粒以下の大きさだが、たくさんの人が動きまわる様子が見てとれた。
潮風を浴びながら、午後の日差しに身を任せ、メリーは港湾で働く人々を見守っていた。
昼食を済ませ、厄介なお客も帰った。
緊張も解けて、腕を伸ばして、ノビをしながら、あくびをする。
眠くなってきた。
カモメの声が聞こえる。
空を自由に飛ぶというのは気持ちがいいものなのだろうかとぼんやりと考える。
「こちらにいらっしゃいましたか」
金髪の青年がやってきて、脇にひざまずく。
「……そんなにかしこまらなくてもいいわよ。リラックスよ、リラックス。いっつも堅いんだから」
「面目ない」
笑いながら、彼は謝った。
「ウィルは?」
「溜まった執務があると」
「あ、そ……大変ね」
欠片も同情していないような口振りで返事をする。
「……どう思う、さっきの話」
「総裁の提案でしょうか」
「そうよ」
昼食会と称して、財団の総裁と食事をした。
黒髪に丸顔で丸い体型の老年の紳士だった。
大物実業家として有名だったが、メリーは会ったことがなかった。
会って見れば、マナーも言葉遣いもよく、話せる人間であった。
「自分には判断できません」
「またそうやって……」
重要な決断のヒントになるようなことは一切言わない。
「自分は姫様の決断に従うのみです」
リュミエールの場合は徹底していた。どんなに反対意見があっても、主の決断を指示する。
「そういう言い方をする場合のリュミエールは、あまりよいイメージをもっていないことが多いわね」
「……でしょうか」
「賛成意見の時はもっと柔らかい物言いをするわ。お心のままに、とかね。そっか、リュミエールは反対か」
「いえ、けっしてそのようなことは」
「じゃあ、賛成してくれる? レコンキスタ・メンバーズの初代代表に就任って話」
リュミエールはコホンと咳払いした。
「おさらいしましょう。財団が出資し、サドラー海運と旧帝国軍が母体となってつくる新組織レコンキスタ・メンバーズ。革命によって奪われた帝都をグランドユニオンの手から政治的、軍事的に取り戻す組織。そのトップにロイヤルブルーである姫様が就任される。つまり、それによって、旧帝国軍に一本の筋が通り、まさに帝国軍が再結成されるわけです。戦う下地をつくり、海上を支配するサドラー海運との共同作戦で海と陸から帝都を包囲し、財団はグランドユニオンの議会に議員を送り込み、政治の場にも橋頭堡をつくる」
メリーはじっくりと耳を傾ける。
「問題は?」
「現戦力差ですが、これは姫様が代表に就任された後に一挙に優勢になると思われます」
「そんなに変わるの? 私がいるだけで」
「帝国シンパは多いのです、それはお忘れなきよう。ただ、残念なことに、ロイヤルブルーに匹敵する指導者が立ちあがろうとしないことです」
それはメリーも感じていた。有力者たちがもっともっと力を合わせれば、巨大な組織になる。
「悲しいことに、商売人に転じた貴族は多いのです」
「自分さえよければいいということね。よく分かる話だわ」
「姫様、自分が思うに、ロイヤルブルーは姫様とミスト様しか残っていません」
薄々感づいていたが、はっきり口にされると悲しくなる。家族は全員死んだと宣言されるようなものだ。
「まだ、お姉さまは見つかっていないわ」
あの、救出作戦の際、風のように現れたミストは革命軍と交戦し、どうなったか。情報がなかった。革命軍は散々な目にあったと噂に聞いた。だが、対峙したミストのその後をなぜか誰も知らない。
「あの方の場合、知らせがないのはお元気だという気がします」
「まあ、変人だからね……」
自分で変人呼ばわりしておいて後悔する。
「またそのような事を……」
「うるさいわね、もう悪く言わないわよ! 私だって生きているって思ってるわ! もう、当たり前じゃない……それより、私はお姉さまに相談したかった。もし、この場にいたら、なんて言うと思う」
「反対されます」
「そうよね、そして私は意地になって、賛成して、意見を無理矢理押し通す。そうでしょ?」
笑いながら、同意を求めても、リュミエールは返事に困っていた。
「もう、なんとか言いなさいよ」
「……おっしゃるとおりだと思います」
「バカ、はっきりいいすぎよ」
「申し訳ありません」
「いちいち謝らないでよ」
「申し訳ありません」
「あー、もう」
おもむろに立ち上がり、リュミエールの袖をつかむ。
「ね、これからもずっと一緒にいてくれる?」
肩を抱きしめる。
「ええ、どんなことがあっても」
「ありがとう……」
背伸びをして、そっとキスをした。
「私たちが居場所を作りましょう。私とあなたとお姉さまが、安心して一緒にいられる世界を」
快晴の青空の下、その名前を冠した姫君が声を張り上げていた。
「私は再び帝都に凱旋するその日まで、決して倒れることなく歩み続けることをここに宣言しよう! レコンキスタ・メンバーズの代表として!!」
特設会場にあふれんばかりに集まった聴衆はメリーの宣言に力強い声で賛同した。地鳴りのような大音響に、メリーの足は震えっぱなしだった。演台があるおかげで、緊張している有様を誰にも見られないのが救いだ。
ウィルの用意した原稿をまじめに読み、それ以外の時は笑顔で手を振った。
久々のドレス姿。髪もしっかりと手入れをしてもらい、化粧にも気合いを入れた。
堂々とした立ち居振る舞いはまさに皇女のそれだった。
かつての自分を取り戻した感覚に不思議と自信が湧く。
どんなに人が多くても、物怖じせずに言葉を発することが出来る。
だが、この歓喜の声に対しては耐性がなかった。
国を失った悲しみをともにし、再起を誓う。体の内側から溢れるような熱い想い。
自然と体が火照ってくる、喜びが伝染する。
皇女は彼らを言葉で慰めた。励ました。希望を与えた。
彼らの喜びは熱き声となって、メリーの不安を取り除く。
何度でも手を振った。
彼らが掲げるプラカードには帝国万歳だとかロイヤルブルーを讃える言葉がこれでもかと並べられていた。
――どこまでもいける。この人たちと。
ステージ下から手を伸ばす聴衆たち。メリーは歩み寄り、一人ひとりの手を次々と握り返した。
自分を支持してくれる人々に夢中で接していた。
だから、メリーは気づかなかった。
舞台袖から不審な男が飛び出したことに。
彼の手に鋭利なナイフが握られていることも。
メリーのすぐ後ろで控えていたリュミエールはすぐに異変に気がついた。
「姫様!!」
と声をかけても、メリーには届かない。
隣にいたウィルにアイコンタクトを送る。
彼はすぐにうなずき、手元の拳銃を素早い動作で構えた。
男はメリーに一直線に向かっていた。警備員が男を追うも、捕らえることができない。
「死ねええええぇぇぇ!!」
異様な声に、メリーはようやく気づいた。
この男は。
メリーの頭に危険信号が溢れた。
だが、一歩も動くことは出来ない。頭で危険を認識しても、体は少しも動いてくれない。一瞬が長い時間のように流れた。
――私はここで死ぬの……?
次の瞬間、リュミエールの体がメリーに覆い被さる。
彼の体に遮られ、限られた視界で見たものは、銃弾を頭に受け、ステージ下に落ちていくロベルトの姿だった。
会場には悲鳴が響いた。
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