ep.18 救出作戦


 怖いほど、順調に進んでいった。

 メリーはごくりと生唾を飲み込む。

 目の前にそびえる赤レンガで組まれた五階建ての建物。

 旧・帝国ホテルのホールにはよく招かれたものだ。華やかな社交界でよく使われていたこのホテルも、今や革命軍が接収し、臨時の基地になっている。

 特徴的なアーチ型の窓から明かりが漏れているが、分厚いカーテンに阻まれ、建物内の様子はわからない。車寄せが設けられたエントランスには重武装の警備兵が立ち、周囲を威嚇する。

 日が沈むまでホテルの向かいのアパートに隠れていた。

 灯りを点けずに息を潜め、その光景を眺める。暗くてよく見えないが、ホテルの壁に沿って、帝国派の人員が配置されていた。人数は少なくても、侵入する躊躇しない構えだ。

 このホテルはウィルもメリーも舞踏会やパーティで馴染み深い。見知った建物だけに、見取り図に描かれた進入路と逃走ルートがすぐに頭に入った。


「どうしても、参りますか?」


「当たり前じゃない、こんなところで指をくわえて待っていろって言うの」


 メリーの決意は固い。

 危ないから、安全なところで待機してほしいとウィルは提案したが、メリーはきっぱりと断った。


「この街に私が安全にいられるところなんてないわ。だったら、ウィルと一緒の方がまだ安全じゃない」


 ウィルは腹をくくったらしく、メリーに護身用のナイフを持たせた。


「あくまで護身用ね、よかったわ。拳銃でなくて。私ならあさっての方向へ撃ってしまいそう」


 軽口を叩くが、ナイフをいざ持って、抜き身にしてみると、体が震えた。果物ナイフとは明らかに異なる鋭利な刃先。自分の身に危険を感じたとき、これで戦えというのか。


「これが必要な場面が来なければいいけど」

「それはもちろんです。さて、行きましょうか」


 相変わらずのキャプテンハットだが、彼の腰回りは武装だらけになっていた。刃物と銃と、メリーにはわからない、たくさんの戦いの道具に彩られている。さらにコートを着て、内ポケットにも武器を仕込む。


「ずいぶんあるのね」

「私は形から入るタイプなんですよ、備えあれば憂いなしです」


 特にかける言葉もなく、メリーはウィルの掌を両手で握った。気持ちは昂ぶっているが、手がひとりでに震えるのだ。ウィルの手は温かい。そして、汗をかいているようだった。


「……あなたも緊張しているのね」

「そろそろ、行きましょう」


 あくまで自然な動作でメリーの手を振り払い、ウィルは新型のライフル銃を肩からかけ、階下へ降りていった。

 一度、深呼吸して、メリーも後を追う。


 ――私にだって出来るはず。


 そう、自分に言い聞かせて。




 表門の強行的突破グループを囮に、裏から潜り込むのが主な侵入ルートであった。

 このホテルは中央棟、東棟、西棟の三ブロックで成り立ち、左右対称的な建物である。中央棟の奥に大きなホールがある。ウィルとメリーのグループは東棟の裏口からと決めていた。

 東棟の裏門を手際よく制圧し、敷地内に侵入する。

 屋内の廊下は暗かった。


「何事だ!」

「侵入者だ!」

「これは訓練じゃないぞ!」


 警備兵の荒々しい声が響くも、駆け足は中央棟に向かっていた。

 ホテルとしての機能は失われていて、備品が無造作に置かれた倉庫となっていた一室に、メリーたちは一時的に身を隠した。


「表門から火炎瓶だ! 気をつけろ、奴ら、銃を持っているぞ」


 廊下を走る警備兵たちの会話から、表門の戦いに気を取られていることが伺い知れた。


「三階までどうやってあがるの?」

「精鋭が壁を登り、先行します。我々はここで待機しましょう」


 暗がりでじっと身を潜める。

 窓の外で腕を振る男がいた。

 事前に決めたサインが見てとれた。


「発見」


 ウィルがサインの意味を簡潔につぶやく。

 その言葉が耳に入った瞬間、心拍数があがった。

 胸に手をあてて、静めようとする。


「表門交戦中。予定通り。鍵開かず、館内捜索の必要アリ」


 ちっ、とウィルは舌打ちした。

 そして、一度メリーを見て、さっと目をそらした。

 すぐにどういう意味かわかった。

 足手まといなのだ。


「私は……い、行くわよ」


 メリーは自ら立ち上がった。


「何人かついてきて。ほら、ウィルも」


 無理矢理まじめな顔をつくって、恐怖や不安といった気持ちを抑え込んだ。ウィルの腕を掴むが、彼は立ち上がらない。


「ご無理をなさらずに」

「行くのよ、私たちで助けるって決めたんでしょ!」


 西棟の方からも銃声が聞こえるようになってきた。

 表玄関方面からは激しい銃声と怒号が響く。

 その音を聞くたびに身をすくめる。

 だが、毅然とした態度を見せなければと勇気を振り絞る。


「ウィルが行かないなら、わ、私が行くわ。あなたとあなたとあなたでいいわ」


 言葉を震わせながら、ウィルの後ろで待機するメンバーを指名する。


「わかりました、一気に階段を駆け上がりましょう」


 備品倉庫から出ても、廊下には誰もいなかった。二階の階段へ向けてウィルを先頭に縦列で進む。

 東棟の階段にたどり着き、一気に駆け上がる。驚くほど、人の気配がない。

 リュミエールがいるのはどの部屋なのか、さっぱり検討がつかない。 

 元々ホテルだけあって、廊下に面した部屋はすべて同じ作りだ。


「なにか手がかりはないの?」

「三階です。壁を登った者たちは三階の窓から侵入し、ロイヤルガードらしき人物を数名発見したようです」


 見取り図を思い出し、該当する部屋を割り出す。

 三階までたどり着いて、すぐにわかった。

 部屋の前に警備兵が集まっている。わかりやすい。あそこに囚われているのだろう。


「強行突破します!」


 ウィルが先頭を切って、姿をさらし、敵に向かって球状のものを投げた。

 それはすぐに破裂し、もうもうと白い煙があがる。


「今だ、撃て!」


 一斉射撃。

 撃つ瞬間に耳をふさくが、ものすごい爆音が鼓膜に響く。

 敵兵の悲鳴も聞こえた。

 煙が晴れた。もう一射。

 一撃目を避けた敵兵をすべて薙ぎ倒す。


「進路クリア、突撃だ。殿下、参りましょう!」


 ウィルは警備兵の死体から鍵を奪う。


「どの部屋だ」


 適当に扉を開けたら、警備兵が待機していたなどというオチはごめんだった。


「待って、一つ案があるわ」


 メリーの提案にウィルは怪訝な顔で振り向く。


「失敗したら、ごめんね」


 ウィルの返事を待たず、メリーは深呼吸する。

 すぅっと、大きく、息を吸い込んで。


「リュミエ――――――ル! 私の声が、聞こえたら、返事を、しなさ―――――い!」


 ものすごい声で叫んだ。

 気恥ずかしさで頬が真っ赤になる。


「なんという……」


 ウィルはやや呆れた声を出す。

 だが、効果はすぐに現れた。

 奥の部屋からドンドンドンドンと乱暴に扉を叩く音が聞こえる。

 その反応に、メリーは涙ぐむ。


「行け、あそこだ。鍵はあるか、あるか! よし!」


 ウィルがその鍵をひったくって、無造作に扉を開ける。

 どさっと体が落ちてきた。

 金髪の青年。手は縛られていたが、表情は明るい。


「どうして、ここに、姫様が……」


 きょとんとしている。


「バカね。助けに来たに決まっているじゃない」


 金髪の頭を抱きしめた。

 泣かないと決めていた。

 笑顔で再会しようと決めていたのに、それはどうしてもできなかった。



 ロイヤルガードを五人救出した。

 ここにはそれしかいないようだ。その五人の内訳にリュミエールはもちろん、他にミストのロイヤルガードも含まれていた。体が自由になれば、彼らの身体能力は高く、即戦力として、警備兵を退かすのに一仕事する。


「うちの姫さん、いないようだな」

「いろいろあるんだよ、ぜいたく言うな」


 ミストのロイヤルガードであるヒートとソルティーも、解放された途端、活気を取り戻した。


「退き時です」


 ウィルの手引きで撤退する。

 ホテルから脱出して、裏路地を駆け抜ける。

 本隊とは別ルートで逃走する手はずだ。メリーたちのグループは馬車が待機しているところまで自力でたどり着き、馬車で隣町まで行き、そこから船。海に出てしまえばこちらのものだった。

 その馬車が待機している待ち合わせ場所までの逃走ルートで、一度だけ、裏路地から、目抜き通りに顔を出さなければいけないところがあった。

 そこに差し掛かった、先頭をいくウィルの足が止まる。

 盾を構えた革命政府の戦闘部隊が、行進していた。

 正規軍だろう。規律正しい動きと特徴的な赤い帽子。


「これは……まずい」


 敵の数が多い。多すぎる。


「軍が動き出すのが早すぎる。バカな、議会側はなにをやっているんだ」


 一人で憤っていたが、ロイヤルガードの面々から頭が高いぞと注意され、慌てて姿勢を低くした


「ウィル、落ち着いて。ここに伏せていれば」


 見つからないと、言おうとしたときだった。

 風が急に冷えてきた。

 気温が急激に下がる。

 肩を抱いてぶるっと震える。


「な、なんなの……」


 異変を察知したのか、軍隊の行進が止まった。


「来たか」

「まったく、さすがというか」


 後ろで姉のロイヤルガードであるヒートとソルティーが事を察したような言い方をする。

 まさか、と思った。

 軍隊の先頭に、一人で立ち向かおうとする影があった。

 月明かりに照らされ、青い髪の少女の姿が浮かび上がる。

 ミストだった。

 メリーは思わず身を乗り出していた。


「のこのこでてきたか、特務の情報通りだな。さあ……潔く投降しろ!」


 敵の指揮官が叫ぶが、彼女は微動だにしない。


「我々の社会にロイヤルブルーは必要ない!」


 盾を構えた先頭の部隊が前進する。


「お姉さまっ!」


 メリーは声をあげたが、それ以上にミストの変化にみな釘付けになっていた。

 ミストの胸元から、光が溢れていていた。

 上空で渦巻いた風が凝固し、矢のような氷柱となり、地上に降り注ぐ。

 兵隊たちは盾を構えようとするが、突然の攻撃に防御も間に合わない。


「な、なんだこれはっ!」


 人知を越えた力に、隊列は乱れ、隊員たちは混乱した。

 ミストを中心に放射状に地面が凍り、兵隊たちの靴が少しで触れれば、彼らは身動きがとれなくなる。

 焦った兵隊たちはメリーを気づくことは無かった。


「今のうちだ、リュミエール、姫さんをよろしくな」

「私たちはミストを補佐する」


 ミストのロイヤルガード二人はその場に残った。メリーたちを別ルートへ送り出す。


「お姉さまを置いていくつもり!」


 メリーはリュミエールに抗議の声をあげる。


「おそらく、ミスト様は時間稼ぎをされているはずです。お気持ちを無駄には出来ません」

「でも……!?」

「殿下、お急ぎください!」


 ウィルは無理矢理メリーの腕を引っ張った。


「痛い! やめて!」

「失礼します」

「きゃっ」


 リュミエールの腕に足をさらわれた。ふわりと浮き、頭が彼の肩の高さにあった。抱きかかえられていた。


「ちょっと!!」


 抗議の声をあげるが、じたばたと動くと落ちそうになる。金髪の頭に近づくように首にしがみついた。

 やがて、ミストの戦場は見えなくなっていった。だが、銃声だけは聞こえてくる。

 メリーはその方向を黙って見つめていた。

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