ep.17 これまでとこれから
ファイナリアからの南回りルートは北回りよりも到着が一日早い。メリーやカートの乗った列車が出発してから、すぐに追いかけてきたというから、ぼんやりしているようで行動は素早い。
「こんな風にあちこちに家を借りてるんだ。なにがあっても、暮らしていけるように。ああ、でも、男の人はあんまり来ないから、ちょっと照れくさいかも」
頬を赤らめながらも部屋を案内する。いい部屋でしょ? と三回くらい言って。
「大丈夫なのか?」
「んー、まあ、あたしは追っ手が来ても全部倒せるから、こういうときは堂々としているとなにもしてこない。市場に行っても、お店でロイヤルブルーみたいだねって、買い物客のおばちゃんに声かけられるけど、よく言われるって笑ってごまかせばなんとでもなるよ。こういう生活は帝国があったときからしょっちゅうやってたから、あたしは別になんてことない。ああ、お茶くらい出すよ、座って待ってて。聞きたいことあるし」
買い物袋からパンをちぎって食べ、そのままキッチンに消え、ティーセットを用意したかとおもえば、どこからかクッキーをとりだした。
手際はいい。妹とはやはり違う。
瞬く間にテーブルにお茶とお菓子が用意された。
「……メリーのこと、面倒見てくれてありがとう」
まっすぐな青い瞳。思わず視線を逸らしたくなる。
「俺は俺の仕事をしただけだ、ミストさん。だいたい、今回みたいなことがあるから、あんたは俺をトランスポーターに推薦したんだろ」
ミストはくすっと笑う。
「よくわかってるね。そうだよ、いわば裏口からカート君を合格させた」
「ちっ、だから帝国は滅びるんだよ」
「でも、トランスポーターとして活躍してたみたいじゃん。偉い人が褒めてたよ」
「まあな、夢だったからな。そのことは確かに感謝している。でも、今はそのことより、情報交換だ。まずは俺たちがファイナリアを出た後、なにがあったのか。教えて欲しい」
「あの便が出た後、南回り旅客便で先回りしたって、さっき説明したよね。それともう一つ、ファイナリアでメリーを襲ったロベルトとかいう追っ手なんだけど、諸事情あってファイナリアにいて欲しくないから、あたしがチケット用意して、ローズさんから渡してもらった。彼女を責めないでね。これはローズさんを守るためでもあるんだから。ちなみに諸事情ってのは……」
ミストはファイナリアの事情というのを語る。所々にローズの名前が出てきた。厄介なことになっているようだ。
――あいつはじっとしていられないのか。
心の中で毒づく。
ただ、ロベルトを帝都に送りこむ。いかにもローズのやりそうなことだと考えたことだけは、自分の心に訂正を入れておく。
「わかった。そういうことだったんだな。そして、俺はもうロベルトと会っている」
「もう会ったの? 早いね、どこで」
「駅でな。いきなり殴られたよ」
左頬をさする。まだ口の中が切れているだろう。あの男にはケガをさせられてばかりだ。
「だが、もっと気になることがある。シエロっていう特務のヤバい奴にロベルトからの情報が渡ってる。おそらくあの財団のやつらがやろうとしている救出作戦てのがバレてるだろう」
「ああ、オペレーションスカイブルーってやつでしょ。知り合いの軍人さんが噂してた。帝国軍を再興させようってのが狙いらしいけど、やっぱりメリーが絡んでいるの? 決起日って明日なんだって言ってたけど」
「明日? 早いな。リュミエールってロイヤルガードを救い出す作戦だとか聞いたが」
「まさか。リュミエール一人にそんな価値があるとは思えない。厄介なことにならなきゃいいけど。革命軍は動きそうかな」
「帝国を追い出して、帝都に腰をすえてからは軍の動きは鈍い。しかも、一晩で決着がつくなら、正規軍は出て来ないかもしれない。というより、政府中央や軍部に連絡が届くまでに事が終わるかもしれない」
「そういうもの?」
「ウィリアムって奴はなにも答えなかったが、下っ端は色々教えてくれたな。政治的にも動けない仕組みがあるとか、議会がどうとかって。軍を動かす官僚的システムがどうとか言っていた。俺にはよくわからないが」
「ああ、事務処理上、時間がかかるってことなのかな?」
「そうだと思う。……いや、待てよ。シエロはもっと機動力のある男だ。中央にいる役人的発想がない。独断でも動くかもしれない」
「知ってる人?」
「元々の過激活動家だ。ちょっとした縁で。ローズとも共通の友人だ。ローズからの情報なら、シエロは信用するだろう」
「そっか。軍が動くとなると、やっぱあたしがいかないとダメか」
肩を落としながら。
「あの子の前で暴れるのって、あんまり気が向かないんだけどなあ」
力なく笑う。
「嫌われるって?」
ミストは首を横に振る。
「優しい姉でいたいじゃん」
優しい? いや確かに優しいかもしれないが、とカートの頭にいくつか疑問符が浮かんだ。よくわからない姉妹の仲についてあまり追求せずに、話を変える。
「それと、積み荷だ。列車には最新の銃火機が大量に積んであった。財団っていうのは本気で戦争する気なのか。出荷元がファイナリアの商人だったから、きっと……あの人も絡んでいるんじゃないのか」
職務上、知りえた情報から推測する。
「うん、フィンも絡んでるでしょ。でも、あたしはそこまで聞かされてないからわからない。だから、どうなるかわからない。あたしはメリーの側をうろちょろしてることが多いから、もし、なにかネタがあったら、フィンを訪ねるといいよ」
「あいにくだが、その人を俺は会ったことがない。偉い人なんだろ」
「知ってるくせに何言ってんだか。ほんとに知らないって言うなら、ローズさんが知ってるから聞くといいと思うよ」
どきっとした。
「なんでローズが知ってるんだ」
「あたしが仕事先として紹介した。残念ながら、ロベルトって人の件もあって、二重スパイみたいになってるから、悩んでたけどね」
「あのバカ……」
勝手に言葉が漏れた。
「……さて、せっかくだから、夕飯食べていきなよ。ぜんぜん話し相手がいなくて退屈だったし。もっと打ち合わせしたいし」
夕飯ときいて、急に腹がなりだした。帝都についてからというもの、すっかりまともな食事をとるのを忘れていた。
「しっかし、全然違う姉妹だな」
「よく言われる」
屈託なく笑った顔は年相応の少女のものだった。
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