ep.11 私がやらずに誰がやる


 窓の外ではカートとローズが口論している様子だった。

 そろそろ出発だというのに。

 メリーは二人の様子をじっと眺めていた。向こうからだと逆光になって、列車の中までは見えないだろう。


「いかがしましたか」


 後ろからウィルが声をかけてくる。


「気になることでも?」


 首を振る。


「うらやましいと思っただけよ」


 たとえケンカしても、そこに相手がいるじゃない。二人とも、本当はお互いのことが大好きなくせに。


「私は、あなたを信用していいの?」


「もちろんです」


 彼ははっきりと返事する。


「彼を救出するのに私以上の適任者がいますか?」


 少し考えて、そうね、と返す。

 かつて、メリーに求婚し、リュミエールとの勝負に敗れ、その道をあきらめた男。そんな男がかつてのライバルを救い出そうというのだ。


「彼は今、あなたを見逃した罪で拘束されています」


 それはそうだろうとメリーは納得する。

 リュミエールはいつもメリーのために自分を犠牲にしてきた。いつもいつも。それが職務だなどと言って、胸を張っていた。思い出して感傷的になって、胸が痛む。だが、ウィルはメリーの様子を気にすることなく説明を続けた。

 列車の使用権を各地で財団が買い取っているという。物流事業に乗り出すため、という風に人々の目に映るだろう。だが、真の目的は別にある。大陸間を自社の買い取った列車で、いつでもどこからでも誰でも何でも高速移動を出来るようにすること。

 そして、今回は貨物列車を装って、帝都に侵入し、かつて帝国の懐刀と呼ばれたロイヤルガードの面々を救い出そうという。

 囚われのロイヤルガードには、あのリュミエールの名もあった。


「残されたロイヤルブルーがいつまでも見つからないことによる恫喝、みたいなものでしょうか。このままいけば過激派の要求が承認され、処刑されます。我々に対しての見せしめといってもいい」


 処刑、という言葉にぶるっと身を震わせる。天誅と叫ばれ、何人の親類が彼らの手によって処刑されてきたか。


「私が帝都に向かっても、ここに来た時ように、臨検が行われたりするんじゃないの?」


「我々にはそれを拒否できる権利が有ります。議会は財団を敵に回したくないのです」


「要は政治的にいろいろ動いているのね。もっと早く言ってほしかったわ。じゃなきゃ、あんなに苦労することはなかった」


「大変申し訳なく思っています。ですが、リュミエール殿の拘束の報せが届き、財団の列車買い取りの話が決まった後は早かった。法の決定と同時に動くことが出来、こうして、殿下のお傍にいられるのです」


「この作戦、勝算はあるの? 協力者はちゃんといるの?」


「もちろんです。帝都にて、大勢の我々の仲間が殿下の到着を心待ちにしております。殿下の名の下に戦えることをうれしく思うものばかりです」


 彼は具体的に貴族や有名な戦士、部隊名をあげた。軍隊の話はさっぱりメリーにはわからないが、貴族の名はわかる。

 顔は思い出せないが、いくつかの名前は記憶にあった。その情報は間違っていないと納得できた。帝都脱出の際、今挙げられた名前の者たちになぜ接触しなかったのか、悔やまれるくらいだ。


「さて」


 咳払いをしながら、ウィルは懐中時計を目を移す。

 出発の時刻が近いのだろう。


「救出作戦オペレーション・スカイブルー、承認してくださいますね?」


 作戦の決裁を求める。まるで指揮官と参謀であった。

 メリーは外を見ていた。

 プラットホームの入り口、構内に比べ、天井が低くなっている。揺らめくガス灯の火。その向こうに現れるはずの影はまだ見えない。


「お姉さまの意見も聞きたい」


「それはけっこうでございますが、出発の時間を変えては作戦の決行ができなくなります」


 メリーは唇を噛む。


「本当に、彼を助けることが出来るの?」


 ウィルを見ずに尋ねた。彼は弁舌が達者で、自信満々なのだ。きっと返ってくる答えも決まっている。そんなウィルを見つめたってなにも変わらない。それよりも、窓の外が気になる。ミストの影でも見逃したくない。もうすぐ帰ってくるはずだ。


「帝国皇女の名を冠した作戦です。その御名にかけて、成功させてみせます」


 ふっとため息をついた。視界の隅に映るあの二人は、まだ口論している。


「カートに出発だって知らせてくるわ」


 振り返ると、ウィルに行く手をふさがれる。


「殿下、それは私どもの仕事です」

「あの二人にいつまでもいちゃいちゃしてるんじゃないって、私が言ってやりたいのよ。どいて」

「いいえ、彼は今となっては私の使用人であります。それでは、失礼します」


 この場で待機するよう念押しし、ウィルはもったいぶった敬礼をして退室した。


「ただの荷物から、飾りのついた置き物に変わっただけじゃない。私の意志なんて関係ないくせに」


 いや、関係ないことはない。そう自分に言い聞かせた。

 だって、これはリュミエールを救う作戦ではないか。

 私が、新しい部下を率いて、彼を、助けに行くのだ。


 ――今度は私があなたを助ける番。


 こんな大切なこと、私の意志なしでどうやって成すのだ。


 ――荷物じゃ、ない。これは私の意志……。


 自分の手をじっと見つめる。

 この手で、一体なにができるだろう。

 ウィルを指揮して、リュミエールを助けることができるのか。


 ――私にだって出来ることは、ある。


 なんでもやってみせる。

 できないだなんて言わせないし、言われたくない。

 彼はメリーを助けるために、いつだって自身を犠牲にしていたじゃないか。

 だったら、どんな手をつかっても、彼を助けるために動かないと。

 そこには誰かの意志なんて関係ない。


 ――私が立ち上がらずに、誰がやるの。


 窓の外を見つめるのを、やめた。

 プラットホームの入り口を見るのをやめた。

 信号が変わり、列車は汽笛を鳴らし、少しずつ、ゆっくりと動き出した。

 テーブルに広げられた、帝都の地図にそっと指を這わせる。


 ――私だって、あなたを助けることぐらい出来るのよ。


 息を切らせてプラットホームに走りこんでくるミストの姿に、メリーは気がつくことが出来なかった。

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