ep.12 スカウト
ファイナリアシティを出発して一日。
最初の夜はなにも考えることが出来ず、すぐに眠りについてしまった。
翌朝、目を覚ますと、補給のために聞いたこともない駅に停車していた。プラットホームもない、本当に補給用のちいさな駅だった。峠の頂きに設置されているらしく、見晴らしがよい。
昇りかけのお日様を眺めながら、峠の風を感じ、朝食をすませた。
その後、すぐに発車した。
午後からウィリアムが作戦会議を行うというので同席したメリーだが、長時間におよんだ議論、専門用語が飛び交い、細かい部隊編成や兵站に話が移るともうわけが分からなくなって、頭を冷やしてくると言い残し、会議室から逃げ出した。眠くてたまらないが、うとうとと居眠りでもしたら沽券に関わる。
カートが使っていた部屋はウィリアムの部屋兼作戦会議室になっていた。
会議室から出て、大あくびをしつつ、割り当てられた自分の部屋に戻る。メリーの使っていた部屋はそのままなので、リラックスしてベッドに転がった。
列車は小刻みに揺れている。
枕を抱えながら、頭の中を少し整理する
はたして作戦はうまくいくのだろうか。
狙いは、戦略的重要人物の救出。そこにリュミエールが含まれている。
重要人物とされたロイヤルガードは、常に皇族の側を離れない存在だった。そのため、皇室と親しかった有力者をよく知っている。ロイヤルブルー亡き今、そのコネクションには価値があった。
つまり、ウィルたち財団派は皇族派を取り込みたいのである。
錦の御旗である皇族はほとんどが死亡または行方不明となっていた。それこそ、メリーがウィルが出会ったのは幸運の産物にすぎない。
メリーにだって、それくらいはわかっている。
金だけ持っていたって人は言うことを聞かない。統率する者が必要だ。
それを革命政府に倒された皇族に求めるのだから、財団は革命政府との対立を望んでいるに違いなかった。
世界が欲しいのだろうか。
直接聞いても、はぐらかすに決まっている。
――でも、あなたはその器じゃないのよ。
求婚した当時はメリーに対する情熱が感じられた。でも、今は?
この作戦はなんと言ったか、リュミエールを助けましょう、だ。
この作戦を機に、情勢が一挙に加速し、考え方が違う大きな組織同士が睨み合うことになり、いずれ全面戦争へ発展するかもしれない。
戦争へのきっかけとする気なのか。
――その決断を私に。
帝国再建のために一戦交えなければなりません、力をお貸しください、みなのカタキを討ちましょう。とでも言えばまた印象が違うのにそうは言わなかった。
昔のウィルなら、大層な理想をぶちあげて、世界の流れを変えると豪語しただろう。
作戦名にスカイブルーの名を冠し、まさにメリーを中心とした作戦のように見せる。
――私の気を引く為なのね。
そういえば、求婚してきたときも船の名前にメリーの名を冠して、贈ろうとした。
その時の言葉はなんだったか。
世界を結ぶ大海原、すべてあなたのものだ。殿下は、海の女王となる。
あれをウィルらしいとするならば、今回はどうか。なにかが違う。
ウィルが主体で動いていない? 誰かが背後にいる? 例えば財団とか……とも考えた。
だが、たとえ彼の提案が姑息だとしても、背後の人物がどんな人間であろうと、メリーは嫌とは言えない。言えるはずがなかった。
救出対象はロイヤルガードだけでなく、帝国軍を支えた名参謀たちも含まれている。彼らは帝国軍の戦いを近代化させ、最新兵器をもってして帝国領土拡大を推し進めてきた帝国の頭脳であった。
そんな名参謀たちも一瞬のスキを突かれ、民衆を扇動した革命軍の戦い方に敗北した。それは参謀が口を挟むような立派な戦いではないのだが、軍事行動を阻止できなかったと面では致命的な敗北だった。だが、たとえそのような最初にして最大の傷がつく経歴を持っていようと、まともな軍事行動する際には優れた手腕を発揮するのは誰の目にも明らかだった。
メリーは会議中に気づいたことがあった。
部隊編成の人事をめぐって、言い争う風景を目にして、人材が不足していることを感じた。
ロイヤルガードと旧軍の参謀。大陸に覇を唱え続けていた帝国の首脳部ともあらば、のどから手が出るほど欲しい人材に違いない。
同時に革命政府も戦力として組み入れたいと画策しているだろう。だが、彼らは一向になびく気配が無い。ならば、敵の手に落ちる前に消した方がましだ。きっとそう考えるのだろう。
くだらない。
そんなことのために、リュミエールが殺されてたまるか。
怒りがふつふつとわいてくる。
たとえウィルの思惑がどうであろうとこの作戦は成功させなくてはいけない。
「私が彼らを率いるのよ」
言葉にすると、やけに重たい。
戦いになる。
傷つくものもあれば、きっと命を落とす者もあらわれるだろう。
でも、ここで退くわけにはいかない。
別の方法はないのだろうか。考えださなければならない。
このままでは、本当に全面戦争だ。
しかし、作戦を放棄することはできない。
考えすぎて頭が少し疲れているようだった。
リズミカルな列車の振動に身を任せ、眠ることにした。
目覚めたときには外は薄暗くなっていた。
ファイナリアの国境付近だろうか、わずかに窓の外に映る遠景には、地肌をさらした丘陵。やがて、緑の葉を茂らせた木々が豊かに立ち並ぶ森が目に入った。
南廻りは麦畑が一様に広がっているが、北部は山岳地帯だと以前にカートが教えてくれた。そして、山越えに時間がかかることも。
この様子では北回りなのだろう。
南回りルートに比べ、時間のロスになる。だが、人口の少ない地域である。駅があるといっても補給用の人員が配置されているだけで、メリーが人目に晒される危険が少ない。革命軍の支配が影響が少ない地域でもあった。侵入ルートとしては南回りルートよりは安全に思えた。
メリーはふと気がついた。
そうだ、たしかカートも乗り込んでいるはずだ。
じっとしているよりはいいと、カートがいるであろう、貨物車に向かった。
案の定、彼は貨物車にいた。荷物の確認作業を新しい乗務員に教えている。制帽に制服はしっかりと着用し、新入りに教え込む先輩そのものだ。テキパキと指示しながら、自らも忙しく立ち回る様子が扉の窓越しによくわかる。じっと見つめていると、カートが気づいて、連結部までやってくる。表情はいたって真面目に。
「なんだ? 見ての通り、仕事中なんだが」
いつも通りの口調だ。
「……どうするつもり?」
「なんのことだ?」
声を小さくして、耳元でつぶやく。
「なにか企んでいるんじゃないの?」
「いや、なにも」
返ってきたのは短い返事。
「なんで乗り込んできたの?」
「仕事をするためだ」
「本当に?」
「本当だ」
「私を運ぶ仕事は?」
その問いに彼は仏頂面で黙った。
「お姉さまの元に連れて行ってくれるんじゃなかったの? もう引き渡したから、あとは私の責任ってこと?」
返事はない。
車輪の回る音だけが響いていく。
「おまえはこいつらについてきたことを後悔してるのか?」
「私の質問に答えて」
また沈黙。カートは答えない。
メリーはふぅとため息をつき、次の案を出す。
「ウィルの作戦は人手不足らしいわ。もし、その気があったら、手を貸し……」
「俺は俺の仕事をするだけだ」
メリーの提案を遮るように言い、カートは制帽をかぶりなおした。また貨物車に戻ってゆく。
「なによ……!」
素っ気ない態度につい腹がたって、乱暴に扉を閉める。自分でも驚くほどの大きな音がした。
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