ep.02 厄介な荷物

 輸送管理官には列車内に休息のための部屋が設けられている。普通は旅客用の寝台車と同じ板張りの二段ベッドの車両だが、今回の編成は違った。

 安宿の簡素なベッドと一卓二椅子に鏡台とクローゼット付きの個室だ。

 その車両編成を聞かされた時、なにかあるなと感じたカートの勘は間違っていなかった。

 キャプテンから、肩を叩かれ、内密な話があると呼び出された時には確信に変わった。

 それが――この少女。


「ちょっとぉー、どういうこと!

 なんで私の着替えが一着しかないの!」


 男の前で着替えられるかと、個室の部屋を占拠し、カートは廊下に追い出された。用件がある時だけ、首だけ扉からのぞかせ、悪態をつきながら、好き勝手なことを言う。


「もう、お姫様じゃないってことだ。我慢してくれ。俺だってそのスーツケースを持ち込むのがやっとだったんだ」


 信じられない! と叫びながら、彼女は乱暴に扉を閉める。

 カートはふう、と息をつく。

 いつもの仕事の心配事よりも疲労が溜まりそうだ。


「もう疲れたかね」


 キャプテンがそんな肩を落としたカートの様子を見て、声を掛けてきた。三部屋あるうちの先頭からキャプテン、空室、カートの部屋という割り当てだった。あえて空室のしたのはもちろん、彼女がそこにおさまるためでもある。


「厄介な荷物、そう思う気持ちはよくわかる。しかし、あの方もまた、生命の危機を感じていらっしゃるのだ。くれぐれもよろしく頼んだぞ」

「俺の仕事は荷物を届けることですよ」

「ああ、そうだな。君は生粋のトランスポーターだ。だがしかし、それはいいことでも悪いことでもある。ここはこの年寄りに免じて、つきあってやってくれ」


 カートは黙って、帝国式敬礼で返す。

 今度こそ、キャプテンも同じ帝国式だった。

 キャプテンが去って、タイミングを見計らったようにがちゃりと目の前の扉が開く。


「そういえば、名前を聞いてなかったわ」


 青い髪、青い瞳の少女がまた首だけ出している。


「カートだ。鉄道輸送管理官のカート=シーリアス」

「あらそう。トランスポーターのカートさん、早速だけど、冷たいお水を汲んできてちょうだい。さっきの桶は体を拭くのに使ってしまったし、のどが渇いているのをこれ以上我慢できそうにないの」


 荷物を運ぶ仕事ではあるが、初めて会った年下の少女に使い走りをしろと言われて黙っていられるカートではなかった。


「お名前をお聞きしていなかったですね、皇女殿下」


 帝国を支配した皇室の一員、それが彼女の正体。

 しかし、カートの態度に少女はムッとして、にらんでくる。


「なに、ロイヤルブルーの名も忘れたの。それでも帝国陸運の一員?」


 帝国陸上貨物運送部、通称、帝国陸運。

 ロイヤルブルーと呼ばれた青い髪と青い瞳の一族がつくりあげた物流の原点。創始者たちの名を知らぬ職員など、いるはずがなかった。

 だがしかし、今は違う。


「……もうないんだ、帝国も、陸運も。かつてのロイヤルブルーでも、今は厄介な荷物の一つだ。お客様じゃないんだ、自覚してくれ」


 淡々とカートは事実だけを告げた。


「メリーよ」


 それだけ口にして、メリーが扉を乱暴に閉めた。すぐに泣き声が聞こえた。

 そっと、カートはその場を離れる。

 食堂車は何号車だっけと独り言をつぶやきながら。




 鉄道は森の静寂をやぶりながら、疾走を続けていた。

 景色はもう見慣れたものだ。大陸西部を繋ぐ路線は未開の地が多く、街と街が離れているため、駅間が長い。ましてや今回の終点、ファイナリアシティは細い谷を通っていかなければならず、このルートは補給ポイントもわずかだ。数少ない駅だけでは乗務員の腹ごしらえはできず、こういった長距離列車には寝台車と併せて食堂車が設けられていた。簡単なキッチンと、四人掛けのテーブルが並んでいる。駅の周りになにもない地域では輸送管理官をはじめ、機関士や様々なトランスポーターたちの大事な憩いの場である。補給駅に到着するごとに、出発時間ギリギリまで腹を空かせた駅の係員が入り浸っている。

 棚にはいつでも自由に持っていける携行食が並んでいるが、乾物ばかりで味には飽きやすい。

 乗務員としてはなじみ深いものではあるが、カートは今回ばかりは乾物を手に取らない。コップ付きの空の水筒を二つ手に取った。

 キッチンで野菜を切り刻み、仕込みをしているのはエプロンをかけた中年の女性。カートはできるだけさりげなく、声をかけた。


「パステルさん、サンドイッチを二つほど頼めるか、具はなんでもいい」


 注文を受けたパステルとよばれた中年の女性はいつまで? と聞いてきた。


「今すぐほしい」


 時間差で頼み、昼食や夕食を事前に予約することもできるから、昼食をすませた直後に今すぐは常識的におかしい。しまったなと思わず苦笑いする。


「食べたばっかりじゃない。いいわ、それより水筒を二つも持って行くの?」

「ああ、貨物室が蒸しちゃってな」

「そうねえ、今日暑いものね」


 空の水筒にタンクから水を落とす。さりげなく、お茶のタンクからも、もう一つの水筒へ補充する。


「珍しいね。いつも硬い黒パンばっかりかじってるのに、今日はサンドイッチかい。ピクニックにでも行くの?」

「気まぐれだよ」


 タンクから給水を止め、満タンな水筒を二つぶらさげる。

 手際のいいパステルはもうほとんど調理が終わっていた。まるでピクニックに行くようなバスケットに入れて用意してくれた。


「なんだい、怖い顔して。思い当たる節でもあるのかい? 女の子のためにとか。デザートも必要かしら?」


 返事をしないで、カートはバスケットを受け取る。


「で、誰を匿っているんだい?」


 興味津々に身を乗り出して、尋ねてくる。


「俺がそんなことをするようにみえるか? 密入車で国外逃亡となれば、重罪だ。キャプテンが許すわけがない」

「でも、キャプテンも重役もみんなグルだったら?」

「パステルさんの言いたいこともわかる。今の情勢、なにがおこるかわからないからな。旧帝国陸運の人間なら帝国の肩入れをする可能性は高い。まして、ここには革命政府の妨害も入りにくいしな」


「ええ、そうよ、でも、彼らは列車を止める方法を見つけた」


 カートの眉がぴくりと動く。


「ファイナリアとの玄関口、ベルクの駅で臨検してるって噂を聞いたわ」


 ベルクの駅は旧帝国領とファイナリア領の境にほど近く、これより先は海岸線と谷を抜けない限り、街はない。革命政府の管轄外であり、越えられない一線であった。ベルクが国境の最後の関門だ。

 貨物列車は両方の土地に入っていける。

 高速で移動でき、妨害もなくという、亡命するにはいいことづくめ。

 しかし、それを防ぐための手段があった。


「臨検か」


 理由があれば列車を止めて、車内を検分できるという政府の権利。実力行使ともいう。


「本当なのか?」

「あくまで噂よ、気になる?」


 核心をついたとおばさんはチャーミングにほほえむ。


「……あいつが市民憲兵としてベルクに赴任してるはずだ」


 あいつ、といってもおばさんには通じた。


「ああ、彼女元気?」

「……別れたよ」


 あらやだとおばさんは口を閉じた。

 場の逃げ方としては苦しいが、効果はあったようだ。

 声をかけてこないのをいいことに、カートはバスケットと水筒を持って、寝台車へ足早に向かった。




 日はとっくに沈んでいた。車窓から望む延々と続く農園は薄闇に支配されて、その全容を知ることはできなかった。静寂の闇をやぶり、轟音をとどろかせながら、線路を走っていた。

 寝台車の二番個室、予定通りメリーにあてがわれた部屋にふと小さな明かりが灯った。ノックをしても返事がないので、勝手に室内に入ってランプに火をいれたのだ。室内は芳しい香りに満ちていた。婦人用に常備されている芳香器をどこから見つけてきたのだろう。その陶器に見覚えがあった。簡易的なものとはいえ、なぜか決まりでは個室には一つずつ用意することになっている。

 嗅ぎ慣れない香りに戸惑いつつ、足下の散乱したスーツケースの中身をよけて、ベッドまでたどり着く。当の本人、青い髪のお姫様は枕を抱きながらうつ伏せになって、寝息を立てていた。頬にはうっすらと涙の筋が残っている。

 サンドイッチ入りのバスケットと、寝顔を見比べて、やれやれと息をつき、一人でテーブルに掛けた。

 ついでに持ってきた読みかけの新聞を広げて、しばらく時間つぶしだ。

 一面記事に帝国主義からの新たな解放と題して、社会の仕組みや制度が変わったことが書いてあった。タイトルを見ただけで、読みたかった新聞ではないものを持ってきてしまったことに気づいた。

 舌打ちしながら丸めると、ふと囲み記事が目に入る。

 ロイヤルブルーを逃してはいけない、と題してあった。帝国主義の象徴であるロイヤルブルーが存在する限り、革命は成功したとは言えない、と語る。

 皇族の通称はロイヤルブルーと呼ばれた。その青い髪、青い瞳はきわめて貴重である。だからこそ、青を継ぐものだけが皇位継承権を持つ。

 ちらりとベッドで横たわった少女に目を移すと、たしかに青い髪。その鮮やかさが目に染みる。

 新聞によると、ロイヤルブルーの男たちは全員処刑になったという。公開ギロチンはセンセーショナルだったらしい。カートが仕事で地方都市に出かけていたときのことなので、どれだけ盛り上がったかはわからない。

 その騒乱の中に、女が一人、赤い帽子をかぶって理想を説き、先頭に立って群衆を率いていたはずだ。


 ――あいつも元気になったんだな。それはそれでいいんだが。


 帝国時代に革命運動家が公開処刑された時は、二度と見たくないと言っていたが、今はそうでもないのかもしれない。


 ――気持ちは変わるもの、か。


 なんだか妙に感心して、新聞に戻る。

 記事には、ロイヤルブルーの姫君が数人いると書かれている。その行方は不明。当局が全力で探しているとのことだ。


「……ここに一人いるな」


 他人事のようにつぶやいた。

 そんな独り言に気づいたのか、メリーはカートを見つけて、むっくりと起きあがった。


「ちょっとぉ、勝手に入らないでくれない~」


 目をこすりながら、抗議した。

 そんな言い分を無視して、カートは新聞を脇に置き、水筒から携帯マグに冷たい茶を注ぐ。バスケットの蓋も開け、色鮮やかなサンドイッチを見せる。


「朝から食べてないだろ」


 その言葉に反応するようにメリーのお腹がなった。


「……あ、ありがとう。気が利くのね」


 裸足でカートと対面に座り、カップを一口に飲み干す。

 黙って、カートが注いだ。


「なんで、わかったの」


 サンドイッチを口にくわえて、メリーが問うてくる。


「なにがだ」

「私がなにも食べてないってこと」

「簡単だ。あんな粗末な箱に押し込めるような策をとった連中が、満足な食事を用意するとは思えない」


 カートの推理は当たっているが、それがわかるからこそ、メリーは頬を膨らませる。


「あんたんとこの重役よ、こうしろっていったの」

「知ってる。もしも、このことが露見しても、シラをきれるようにな」

「どういうこと? あいつの指示で私はこうしたのよ」

「その気になれば、専用列車を用意できた。でもしなかった、組織的に関わり、それが公になれば重役たちに責任が及ぶからだ。ロイヤルブルーをかばいだてする帝国シンパだということで財産没収どころじゃない。それこそ、命の危険だ」

「そう。じゃあ、箱には私が自分から入ってったことにしたかったのね。そうすれば、重役たちに責任はないってわけ。むしろ被害者? 私たちは政府に協力したかったんですけど、騙されたんですとかと言って?」

「そうだな」

「はあ~あ。悲しいわね。ついこの間まで散々おべっかつかってきたくせに、自分が危なくなるとすぐこれだもん」


 首に手をあてて斬られるポーズ、例えの使い方が違うとは言わず、カートは淡々と相槌を打つ。


「時代の流れってやつか」

「知った風な口を利くわね。人の心の移りようって、立場が変われば訳ないのね……悲しいわ、こういうの」


 サンドイッチをたいらげて、マグを突き出す。注げということらしい。その指示には無言で従った。


「で、あなたはどうなの? 私のことが嫌い? 憎い? 贅沢をしてきたロイヤルブルーなんて滅んでしまえばよいと思ってる?」


 新聞の記事を思い出す。一般的にはその風潮が強いのだろう。だから、メリーも問いかけてくる。


「俺か。俺は」


 カートの答えは決まっていた。


「俺は俺の仕事をするだけだ。厄介な荷物だろうと、目的地まで届ける。これだけは間違いない」


 その宣言に、メリーは手を止めてカートをじっと見ていた。

 瞳の奥底にある、なにか、を探すように、真剣な瞳がカートを捉えていた。


「真面目ね。真面目な男の人は好きよ、信用に足りるもの。あなた名前は?」

「カートだ。さっき名乗っただろ……」


 一言多い!

 思わずメリーは声を張り上げる。


「そうだったわね、その口うるさいとこは嫌いだけど。カートよね、覚えておくわ。私のことはメリーって呼んでいいわよ、特別に許してあげる。だからこれで、私のことを荷物って呼んだら容赦しないから、それだけは覚えておきなさい!」


 はいはい、とカートは適当に頷いた。

 その様子に余計に頭にきたのか、高い声をあげて頭ごなしにカートを否定しだしたが、ノックの音がメリーの悪態を止めた。

 メリーは思わず口を手のひらで押さえていた。

 まずいというのは自覚していたようだった。それもそのはず、彼女の存在は秘匿で、誰かにバレてはいけない。しかも、この部屋は誰も使っていないとことになっている。

 カートは淡々と扉に向かい、鍵を外して、扉をすこしだけ開けた。

 廊下には笑顔の中年女性が布をかぶせたバスケットを持って立っていた。食堂車のパステルおばさんだ。


「カート、手をあげて」


 布をかぶせたバスケットには長方形の包みのものがはいっていた。

 想像するに拳銃の形。

 しかめっつらでカートはゆっくり手をあげる。


「冗談はよせ」


 あくまで強気で。


「いるんでしょ」

「なんのことだ」

「もう、怖い顔しないでってば」


 ぷっとパステルおばさんは吹き出してしまう。


「冗談よ、なに本気になってるの、ウソつけないヒトね」


 半分笑いながら、指で作った銃の形でバンとふざけて言い、バスケットにあったものを広げた。


「あたしも協力するわ。お姫様なんでしょ。食堂車で一人お手伝いを雇ったことにすればいいわ。このエプロン、似合うといいんだけど」


 二手先を読んだように、話しを進めていた。


「さっきも言ったでしょ、ベルクの駅で臨検あるって。間違いなく、この列車も対象にされるわ。だからね、あたし、考えたのよ。明日、サウスポートの駅で燃料補給するでしょ、そこで現地採用したことにしちゃえばいいのよ」


 カートは頭を抱える。


「ねえ、私のいないところで勝手に話しを進めないでくれる?」


 振り返れば、腕を組んで仁王立ちしているメリーがそこにいた。

 荷物番には選択肢がないようだ。


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