009→【昔の自分に、会いに行く】
●○◎○●
「いいかいちーちゃん。僕はタイムカプセルのプロだからわかるんだが、これには未来の自分に届けたい、今の自分が一番大切にしているものを詰めるんだ。そうだね、時を超えることで今には無い価値が付与されるものならばなおいい。今は当たり前でも、時間が経つことで別の意味を持つもの。今持っているもので、何かあるかな?」
「急に難しいことを言わないでください。これだからせんせー以外の大人は。しかしそうですね、未来の自分、今大切にしているもの、時間の経過で別の意味を持つもの……むむむ……あ、閃きました」
ぽん、と手を打ち、
「私が使用している学校指定の水着はどうでしょう。水泳こそ千波岬の支柱であり、未来に送る過去の気持ちの証明で、そして、その時にはきっと着られなくなっているでしょうから、実用性に代わる何か別の意味が付与されるかと。しかもちょうど今持ち合わせています。少々お待ちください、そこの木陰で脱いでまいりますので、」
「超正解。天才だな君、人の夢を叶えるプロか」
「はーい馬鹿の口車に乗っちゃ駄目だぞ千波?」
「え……せんせーは、わたしが水着脱ぐところ、見たくないんですか……?」
「なんか変な具合に話をこじらせるのもやめようなー?」
平和以外に表現しようのない会話が繰り広げられるここは、向井小学校裏手にある雑木林。
四季の花咲く遊歩道として近所の皆様に愛される散歩コースにもなっているこの場所の奥に、二台の木製ブランコが慎ましやかに揺れるちょっとした広場がある。
目的地は、そこから歩いて三十歩ほど。
明治の文献にも雄姿が残るそれは立派な
「あー、あーあーあー……うん、なんか覚えあるわこれ……」
ぼんやりとしていた記憶が、現物を見ることで急速に中身を伴っていく。
「ちなみに、これによると発案者はおまえだぞ、杜夫」
「へ? マジですか?」
「まったく、悪知恵が効くというか、ずる賢いというか。よく考え付くよ、こんなこと」
「さすがは僕の相棒にして悪友」
けたけたと笑う山田、
「タイムカプセルを埋めた場所の目印兼、偶然でも無関係なヤツに掘り起こさせない為の虫除けに、神仏まで利用するなんてさ」
どこで小耳に挟んだんだったか。
ある田舎の町が度々やってくるゴミの不法投棄に困っていて、いくら見張りを立てても警告の看板を立ててもまったく被害が止まなかったが、そこに小さな鳥居を建て、御地蔵様を置いた途端、ゴミはぴたりと捨てられないようになったとか。
かつての俺が企てたらしいのも、つまりはそういう文法だ。
人の裁きを避けるなら、隠れてやってそこから逃げればそれでいいが。
自分の悪行は、お天道様が見張っているし何処までだってついてくる。
「じゃあ、どかしちまいますけれど。……バチとか当たんないですよね?」
「そりゃすごい。単なるマーカーとしてクラスで作った、ご神体も何もないただの模型にそんな力が宿ったのなら、それこそ偉業だぞ、杜夫」
「他人事みたいに言うよなタケセン……。俺らで用意した偽物でも、知らない人から見たらホンモノだと思うようにマネしたわけだろ? なら、俺らの知らないところで手とか合わせられて、中には神様がいるって思われて、そんで、本来あるはずもないなんかが宿ったりしたっていうのもアリじゃない?」
「ふぅん。ちょっと合わない間に随分と信心深くなったな。何か信じている宗派とか、神様でもあるのか?」
「いやまあ」
信じてるというか。
ちょうど今そういう類の知り合いがいるというか。
「ほれ」
ぽい、とタケセンに投げ渡される工具セット。
そして、物々しいショベル。
「おまえの仕事だろう。なら、やるのはおまえだ。当然だ。何、傍にはいてやるから、終わったら呼べ」
「うぐぐ……っは、そ、そうだ、山田!」
「さ、それじゃあ僕らは彼の邪魔にならないようにあっちのほうで、中に何を入れるのか考えよっか。いいの決まった、ちーちゃん?」
「思いつきました。私、あなたが急に大事になったので、是非埋まってくれません? 私が成人になる日まで」
「うーん、ロマンチックでタイヘンよろしいけどそれ遠回しに死ねってことだよねー!」
悪い友と書いて悪友と読む。
ブランコ位置まで退避、どっから調達してきたのだかレジャーシートを展開し、お菓子とジュースでピクニックと洒落込み始める山田たち。
ああでもないこうでもない、とちーちゃんタイムカプセル中身会議が、俺を抜きに盛り上がっていく。
雑木林の中は、外よりかは幾分涼しい。大欅が枝を広げる下は気持ちのいい木陰で、ふと気を抜けば、今すぐ草の海に倒れ込んで目を閉じたいという誘惑に駆られる。
――ああ、そういえば。
ここ九日ほど、ご無沙汰だが。
確か、
最初の一回目は、
まだ、今日が終わりと知らない日は。
夏休み突入初日を、気楽に、ダラダラ、気持ち良く――無軌道に、適当に過ごしていたんだった。
「――――んじゃ、やるかい」
保健室から持ってきた、真新しい濡れタオルで汗を拭く。
今の俺は、この時間は、決して休み時間でなく。
“探す”為の、そういう猶予だ。
新しいこと。溢れ出たもの。取りこぼしを拾う旅。
立ち止まる場所を、決める為の散歩道。
決して無限でも、永遠でも、無制限でもない、夏休みの端っこ。
「くっそ、案外、っく、んくっ、っが、ガッチリ固定してやがる、小学生時代に作った癖に……ああいや、だからこそ加減も知らんのか。ええい、これ、どのドライバーで外すんだ……!?」
まったくこの場にいたならば、一言文句を言ってやりたい。
よりにもよってなんでこんなに、防犯・目印の為なのはわかったが、取り出し難い作りにしたのか。未来のことを考えろ。
「本当、昔の自分ってのは――ともすりゃあ、今とは別人なんだなあ、ったく」
心地よい冷房の代わりに、振る蝉の声を浴びる。亀みたいに身を屈めて、ハリボテの祠を、端っこから解体していく、
気付く。
「……おい、ちょっと、ちょっと待った、もしかしてこれ、……タケセーーーーンっ!」
「なんだーっ!?」
「も、も、もしかして、この祠、一旦バラしてどかしたら、」
「勿論、タイムカプセルからおまえの分だけ取り出したら、ちゃんと元に戻すんだぞー! 他の奴らの分は、ちゃんとまた、同じところに埋め直すんだからなーーーーっ!」
顔が引きつる。
こめかみから頬、頬から顎、顎から垂れて地図のコピー……に併記された、『タイムカプセルみまもりキット』の説明書および解体手引きに、大粒の汗が落ちて弾ける。
ふは、と腹の底から空気が漏れた。
「ああ、もう、ちくしょう。ちゃんと死ぬのって、こんなにもしんどいのかっ!」
聞こえぬように、悪態をつく。
そして、さもそれを聞いていたように、抜群のタイミングで風が吹く。
揺れてこすれる葉の音が、まるで笑い声のように聞こえる。
まるで、木の陰に隠れて小学生の俺がこの苦労を楽しんでいるようで、是が非でもそいつの恥ずかしい文を見てやらにゃならんと、逆に、無性に気合が入った。
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