010→【タイム・カプセル/Ⅰ】



    ●○◎○●



 苦難、工夫、迂回、痛快。

 一つでも順を間違えば解けないパズルを、ヒントを頼りに越えていく。

 手がしびれる頭が茹だる、あれほど鬱陶しかった蝉の声さえ聞こえない、


 集中、

 集中、

 集中、

 集中、


「はい」

「あひぃぇんっ!?」


 反射で跳ねた。

 まったくの不意打ち、突然にきた頬の冷たさに、恥ずかしいぐらいのリアクションをする。


「きゃっ!」


 体勢を崩して転び、後ろから仕掛けてきた相手を巻き込む。

 攻撃を受け弾けて返す、まるで人間リアクティブアーマーの如し、

 ではなくて、


「――――へんたい。やっぱり、なんぱ男の仲間は、同じ穴のムジナですか」

「ちゃうんよ」


 これは不可抗力なんよ。

 そりゃあ自分も予期せぬ形で、その太腿に後頭部をセットさせて頂く形にこそなりましたけれども、あくまでもこの状況は偶然の事故でありまして。


「誤解だちーちゃん。俺にそういう趣味は無い」

「こういう時の言葉ほど無力なものはありませんよね」


 さもありなん。

 急いで起き上がり向き直り頭を下げる、折角の親切を仇で返された怒りに唇を尖らせる小学生に、その機嫌を直して貰う為のフォローをひとつ、


「よし、迷惑料代わりにレビューするけどすっげえ柔らかかった。鍛えてるっつーからどんなもんかと思ったけど、ちゃあんと女の子だったし、中学になったら絶対モテまくるぜ! 太腿見せびらかして生きていこうな!」

「何も『よし』じゃありませんしどうしてそんなダメにんげんに育ってしまったんですか?」


 答えようがないこと聞いてくるね?


「あー、なんでだろなー。俺も小学生の頃は、なんか、結構色々夢見てた気もするけどなー」


 未だにその手に持ったままだったラムネの瓶を受け取る。

 蓋を突き入れビー玉を落とせば、小気味良い音と共に泡が吹き出す。乾いたら手がさぞかしベタベタになるだろうが、今はこの冷たさが心地良い。


「成り行きっつーのが一番的確かね。なるようになる、出来ることが出来る、何気なく無理なく競わず争わず、ただただ気楽に好き勝手に――みたいな生き方をしてたらば、多分俺みたいなのが出来上がるんじゃねえかなあ」

「つまり、適当に生きてきたんですね、あなたって」

「あーあーそういう言い方するー? 困るなあ、いちいち正解するんだもんなーちーちゃんってばー」

「ちーちゃんはやめてください」

「なんか、嫌なことでも思い出す?」

「いい人を思い出すから、辛いんです」

「それは、」


 まあ。

 誰かなんて勿論今更考えるまでもなく、


「ちーちゃんに泳ぎをくれた従兄弟さん?」

「……せんせーに聞いたんですか?」

「さぁてねえ。年を取るってことは、いろんなところからいろんなことを知れるようになるってことだからねえ」


 目をやってみる。

 成程、作業に集中してて気付かなかったが、タケセンと山田はレジャーシートに横になり、お昼寝の真っ最中のようだ。無理もない。タケセンはタケセンで、今朝から仕事に追われた身体と心の疲れがどっと出たのだろうし、山田はありゃ暇さえあれば猫みたいに寝るからないっつも。


 こんないい陽だ。

 ゆっくり眼でも閉じたくなるさ。


「しかし、感服いたします」

「お?」

「違いました。よくやるなあ、と呆れます」

「っしし。どうもどうも、ところで全体なんのこと? なんで俺褒められたと思ったらけなされてんだっけ?」

「タイムカプセル」


 まだ折り返しにもいかない作業。

 傍らに置かれたショベルは、この後に積み重なった苦労ノルマの証。


「こんなに手間をかけてまで取り出さなければならないほど、大切なものを埋めたんですか?」

「うんにゃ?」

「は?」

「正直、わっかんねー。何分ガキん頃の話だからなー。まあ、ガキの頃の俺なんざ絶対ろくでもないだろうしおよそ大したもんじゃあないことだけは確信してんだけど、労力と獲得のバランスだけを論じるんならば、絶対、完璧、百パー釣り合いとれねーぜ」

「――――――――」


 わぁおいやったー。

 理解不能な正体不明を見るまなざしを小学生にされてる俺ー。


「――そこまでわかっていて、どうしてこんな無駄なことを? こんな、汗だくになってまで?」

「ところがどっこい、まったく無駄とは言い切れなくてな」


 ちーちゃん、答えを待つ気配。顔を覗かす期待感、杜夫くん笑顔で答えて曰く、


「馬鹿を見かねた優しい少女がラムネを持ってきてくれた。こいつぁたまらん成果だろう」

「うわあ。やっぱり、なんぱだ」


『では失礼』と立ち上がろうとするところを『ままま』と引き留める。


「要するにだな、最初から期待してたこととは別に【収穫】ってのはあるし、どっからどういうふうに来るかもわかんないってことさ。寄り道、脇道、回り道、時間も手間もかかっても、出逢うと予想もしていなかった、そこにしかない花もある――ってね」

「結果ではなく行為自体が、一つの娯楽になっている、と?」

「言ってみりゃあな」


 好奇心なんて一言で言ってしまえば、いかにも味気ないが。

 気になることを知ろうとすることほど、強い原動力は無い。


 その果てにあるのが期待外れ、単なる徒労の積み重ねでも。

 その目的に至るまで、歩いた道の風景はきっと、大体、捨てたもんじゃない。


「そこに甲斐を求めようとする限り、意味も、『よかった』も、『今考えてみれば楽しかった』も、後からいくらだって、心持ちひとつで付け足せる。付け足していい。誰が認めなかろうと、どうしようもない大馬鹿だと、指を差してけなそうと、大満足だって言い張れる」


 つまり、最初から勝っている。

 俺がこの半日かけた発掘で、どんなに肩透かしを食らおうと。


 母校で恩師に再会して。

 生意気な後輩に憎まれ口を叩かれながら差し入れを貰い。

 一人黙々と、晴れた夏の日、昔に埋めた思い出を、掘り出す為に汗を流す。


 そういうのがもう、

 たまらなく面白い。


「余分を楽しむ、無意味に笑う――生きてるだけで丸もうけ。人生ってのは、そもそも、丸ごとそういうもんだろう?」

「――知りません。わかりません。しっくりきません、あなたの言葉。人生は有限で、全部をやることは出来なくて、そうなればなおのこと、望むものは選ぶべきじゃあないのですか? 楽しくもない、釣り合いも見合いもしないことなんて、やっている暇はないんじゃあないですか?」

「夏休みはダラダラ過ごしちゃ勿体ない、つーことね」

「ええ。半日ぐらいなら、サボって問題ないなんて――それこそ、とんだ怠惰です」

「ごもっとも」


 いやまったく。

 半日で人生の結論を出さなきゃならん身の上として、実に実に耳が痛い。


「じゃあさ」

「はい?」

「ちーちゃんは、その貴重な時間を使って、どうしてこんなことに付き合ってくれてるわけ?」


 大人げない物言いをしてるなあと思う。

 意地悪問題に返答が淀む。


「――――決まっています、」


 絞り出すような声、


「せんせーが。『おまえもやってみるといい』って、言ったから。わたしは、せんせーに感謝してて、大好きで、だから、」

「質問を変えよう」


 嫌だなあ。

 心苦しいなあ。

 年下の女の子にこんなこと言うのは――言わなくちゃあなんないのは。


「君、恩人に勧められたぐらいで、【未来の自分に贈りたいもの】なんて、思いつくの?」


 呼吸のリズムが崩れるのを見る。

 かろうじて嫌悪止まりだった目の色が、不快と憎悪に揺らいでいた――



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