006→【強襲! ゴリラも驚くチョコレート・レディ!】



    ●○◎○●



「どうも~~~~! ご無沙汰してます、武中先生~~~~! 山田です~~~~~!」

「杜夫です~~~~! 相変わらずド迫力の三白眼に磨きがかかっておりますね~~~~!」


 訪れますは向井小学校、正門。

 出迎えに現れた赤ジャージ先生は、予期しない突風がいきなり顔に叩き付けた時と同じ顔をかつての教え子相手にする。

 気持ちはわかるんだけどあんまりじゃない?


「いいか。あらかじめ釘を刺しておくが、卒業生とはいえ、おまえらは部外者なのだという意識を持てよ? 在学中と同じノリで妙な真似をしでかしたら、私は擁護しきれないし、いっそむしろこれ幸いとするからな?」

「うわあ~~~~! 相変わらずジョークも冴え渡っていらっしゃいますな~~~~!」

「よっ! 向井小学校が誇る爆笑王ッ! 愛され系名物鬼教師ッ!」

「おお……久々だこの感覚……言語が通用しない、未来の邪悪と相対する感触は……」


「まあまあまあセンセ、邪険にしないで! 本日はちゃんと許可も取ってきたんですから!」

「そうですそうです! 何も無許可でプールに侵入したなんてわけでもあるまいし!」

「そんな真似したらそれこそノータイムノーチャンスで警察沙汰だぞ?」


 心臓破りの勾配を乗り越えてやってきたかつての教え子二人に、容赦なき塩対応。さすがわかってらっしゃる、やっぱり夏の発汗には塩分が無くっちゃネ!


「で、なんだ。今日の来校目的は、」

「はい。三年の時、クラスで埋めました、タイムカプセルのことについて。」

「……それなんだがな、杜夫。ごく個人的に、自分の分の中身だけを見ることは、私の同伴があればということで許可は出せたんだが」


 珍しい。いつも強気な武中先生が、ばつが悪そうに眉を寄せ、


「すまないが、今少し立て込んでいる。そちらが一区切りつくまで待ってくれないか」

「……武中先生。もしかして、それって」

「たけちゃーーーーん!」


 校舎左側、保健室の窓から顔を出して叫んだのは、武中先生の幼馴染である絵に描いたようなメガネ白衣消毒液の匂いフェチな保険医紙谷かみや先生で、


「ご、ご、ごめんなさーーーーい! ちょっとね、書類、整理して、家に連絡してた隙にっ! 気を付けてぇッ! 、そっち、行ったーーーーーーーーっ!」


 目の色が変わる。

 対卒業生用形態、懐かしさと呆れを混ぜた、それなりに柔らかな態度だったタケセンが、腰を落とし、重心を整えた。


「逃げろ」

「はい?」

「いいから私から離れていろ、山田、杜夫ッ! ここにいるなら辺りを見張れッ!」


 余裕が無い。手で払いのけるように俺たちを引かせてから、激しく周囲を警戒し始める。


「うまくいったつもりだった! 裏口から塀を越えて、昨日のうちからあらかじめ開けていたらしい窓から入ろうとしていたところを、すんでのところで発見した時にはな! しかし深く恥じ入ったよ、ウチの学校の生徒に、たかが自分の受け持つクラスではないという程度のことでそのSOSに気付けなかった自分自身を! そして誓った、力になると、味方になると、笑顔でこの学校を卒業させる為になんだって私が手伝うとッ!」


 事情が掴めない。いや、多分、混乱気味のタケセン本人が思っているよりかは、多分、伝わっている――のではなく、俺は勝手に自前の知識で察してはいるんだが、


「わかってはいたはずなんだがなぁっ! 彼女にはこれまで、打ち明けられる相手というのが決定的にいなかった! そんな時に得た理解者は――どんなに嬉しかっただろうと!」

「おかしいなー。どうやらいい話があったように聞こえるんですけど、なんだか態度と一致してなくありません、武中先生?」


 呑気こいて首を傾げる山田に、苦渋の表情を浮かべながら答える、


「ああくそ、不機嫌だったんだよ実を言うなら! おまえらが来ると聞いて、目に見えて臍を曲げたッ! 甘えてきた、いかないでと袖を引かれた、縋りついてこられたんだ全力で! いくら小六、十二歳とはいえ、|ジュニアオリンピックカップ競泳競技出場選手JOCアスリートの性能をフルに使った、愛情表現の機会が無さ過ぎて加減も知らん至近距離全力の体当たりタックルなぞ、もう攻撃と呼べる威力だぞ! 最初の一撃はモロに背後から食らって、恥ずかしながら一回転して尻餅ついたわ!」


 やけっぱち気味な笑い。周囲を確認するタケセンに冗談や遊びの雰囲気は無く、一人の大人が、本気で何処から飛び込んでくるかわからない子供を警戒をしていることが伺い知れた。


「わははは先生面白いですね写メっていいですか」とスマホを出す山田、「ふざけとる場合じゃないんだマジに!」と吠えるタケセン、一方俺は『やたら日焼けしてるし運動系のクラブかに入ってんだろなー』と思っていたのがナルホドそういうわけだったのね、と密かに納得し、


 ――傍観していたからこそ。

 頭上で聞こえた、窓の開く音に、いち早く気が付いた。


「山田、上ぇぇぇえッ!」


 もう遅い。警告を飛ばされた山田が反応するより早く、その影は二階の窓から木に飛び移り、


「やめろ」


 襲い掛かる方が、早かった。

 落下、強襲。見惚れるほどにしなやかな、小麦色の足刀が、山田が突き出して持っていたスマートフォンを、鮮やかに蹴り上げる。青空に舞う長方形は、さながら飛び立つ鳥のように美しく、そして、一秒後の末路を予感することはなはだ儚く、


「あぁぁあああぁあうおおおおぉおおおおぉ僕の美少女名鑑ッッッッッッッ!!!!」


 その悲しみの未来を防ぐべく走った。山田は走った。おそらくは奴の人生で一番ひたむきに、がむしゃらに、心の底から本気の愛で。


「っつぁぁぁぁあああうッ!!!!」


 こんなところではなく甲子園球場で披露されるべきヘッドスライディング。

 スタンドと観客があれば満場一致のファインプレーが今、向井小学校昇降口前で炸裂し、


「ふん」

「あああああああああヤダァァアァァアアアアアアアッ!!!!」


 無慈悲、おかわり。

 容赦なき追撃の踏み付けが、山田のスマートフォン(美女データ収集専用端末)を粉砕、封じられし無数の美少女たちの無念を蒼穹に解き放った。


「せーんーせーーーーーーーーっ!!!!」


 焼けるアスファルトに手を付きながら本気の涙で慟哭する山田を尻目に、小麦色の弾丸は反転、闘牛ショーさながらに赤ジャージの腹へ吶喊した。


「うぼぅッ!」

「ねー! 危なかったねせんせー! もう大丈夫だよ! あのとーさつまのヘンタイは私がこらしめたから! 昔の生徒だかなんだか知らないけど、こんなヘンタイたちはさっさとケーサツに突き出しちゃえばいいんだよ! だから、ねっ! せんせーせんせー私と遊ぼー! そうだ、プール! プールにいこうよ! せんせーは投げたり叩いたりは得意だけど、泳ぐのはできないんだよね!? だからだからだからせんせー、私が水泳教えてあげる! 水の中ってね、最初はちょっと怖いけど、ちゃんと慣れるとすっごくふわふわで楽しいんだよー!」


「…………え、えーっと。はじめまして、確か、千波岬ちゃん、だよね」

「誰が勝手に呼んでいいって言いましたか」


 ヒェッ。

 なにその一秒前と別人の目。


「もしかしてですか。やめてください気持ち悪い。私の味方はせんせーです。大好きなのはせんせーだけです。防犯ブザー鳴らしますよ」


 自分の悩みに気付いてくれた、愛する恩師に抱き着きながらの、真っ直ぐ敵意。

 その頭上、褐色少女の死角では、赤ジャージ先生が申し訳なさそうに手を合わせている。


 うーん。

 すっげぇな、この子、こういうふうになんのか。



    ●○◎○●


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