「よく頑張ったね。おやすみ」

「よく頑張ったね。おやすみ」

　彼女は風呂上がりにコーヒー牛乳を必ず飲みながら、化粧水を使って、肌に潤いを与えるのだ。それは波が満ち引きするように、日が昇って沈むように、当たり前の習慣だった。

　肌にぱたぱたと手を当てながら、鏡の中の自分に微笑んでいた。薄っすらとコーヒー牛乳の香りがする口元を僕へ向けて、「士朗も飲む？」と差し出してきた。その香りはどこか平凡で――それでいて、ほんのりと甘くてくすぐったい。

　メイクを落としたままの素顔を晒しながら、テレビの前で横になっている彼女。そんな中、ぽつぽつと言葉を零し始めて、その日あった出来事を語り出した。

　僕はそんな彼女に相槌を打ちながら、グラスにコーヒー牛乳を注いで、ほんの少し口に含んでみた。すると、どこか甘ったるい髪の香りと、コーヒー牛乳の香りが溶け合い、僕をしばらく和ませた。

　無防備なその背中が本当に好きだと感じられた。肩の重みから解放されて、晴れ晴れとわずかな休息の一時を過ごす彼女を見ていると、その背中をいつまでも眺めていたい、と思えた。

　そこには平穏があり、その細い背中には、「一日の疲れ」という頑張った証が刻まれていた。その「証」を誇らしげに見つめながら、もう一口コーヒー牛乳を飲む僕。やがて彼女はドライヤーで髪を乾かし始めて、夏の夜の残り香のように匂いを消し去ってしまう。

　最後に、彼女の肩にカーディガンを掛けてあげて、微かな寝息を聞きながら、囁いてあげた。

「よく頑張ったね……おやすみ」

　了