6-4
音が消え、風が無くなり、漸く意識がはっきりとして爆発が起きたことを把握した烏丸は、鷲尾を梟谷に任せて、元来た道へと駆け出した。
山荘の屋上で意識を引き戻した那由他はスコープで覗いた先の光景に愕然として眉を顰めた。
「……これは――何が起きたんだ?」
すでに戦闘中であった陸海の精鋭部隊も、前線でストライクパッケージを飛ばしていた航空自衛隊も、前線基地の作戦室で衛星からの映像を眺めていた白鷺でさえも、目の前で起きた光景を理解するには数秒の時間を要した。
「おっ――オォオオオ!」
それは勝鬨にも似た叫び声だった。
隊員たちの前で銃を構えていた敵は、まるで錆びた鉄が崩れるようにグシャリと地面に潰れた。理由はわからないし、こんなのは人ですらも無いだろうが、それでも今のこの戦場の勝利には変わりが無く、作戦室で全ての戦場を見ていた白鷺たちからすれば長きに渡る戦争の終結を意味していた。
もちろん、戦場に赴いていた隊員や前線の基地内部の隊員たちは歓喜の声を上げるが、それだけではない。安全な会議室からコーヒーを飲みながら戦場を覗いていた軍の上層部の人間や、武器開発をしていた人間など、詰まる所、戦争で稼ぐ人間たちは何が起きたのかを理解したときには皆が一様にテーブルに拳を振り下ろしていた。
そして――烏丸は。
勝鬨が聞こえてはいるものの何が起きているのかわからないせいもあり、息を切らせながら拳銃を片手に窪みの中へと入っていくと、徐に空を見上げた。
「……ノウさん……ノウ、さんっ――ノーウッド・R――さん!」
名前を呼んだところで返事は無い。
空から舞い落ちてくるのは、何かよくわからない黒い灰のような物だけで、そもそもそれが人の残骸なのかどうかすらもわからない。だが、一つだけ間違いなくわかるのは、もうここにノウはいないということだ。
那由他の覗くスコープの先にも、衛星から届く戦場の映像の中にも――この世界のどこからもノウの姿は無くなっていた。
「…………」
白衣を着た京が血で汚れた手袋を外しながら山荘が出てくると、周りで勝鬨を上げながら笑顔で抱擁し合う隊員たちを横目に雲一つない空を見上げて、静かに息を吐き出した。
「終わった……んですね。何があったのかなんて、私にはわかりませんが……でも、もう二度と、ノウさんには会えない気がします。……どっち、なんですか? ノウさんがいなくなって戦争が終わったことを喜ぶべきですか? それとも――」
答えなんて出ているはずだ。それなのに、京の頬を涙が伝っていく。それがどちらの涙なのかは本人にもわからないが――その涙が告げていた。
戦争は終わったのだ、と。
ただ一人の別の世界から来た少年によって、終わらせられたのだ。
そうして、日本は一先ずの安息を手に入れた。
約四年間に及ぶ戦争で失ったモノは、そう多くないのかもしれない。当然、命は失われた――隊員の命に、国民の命。だが、戦争においてはおそらく過去に類を見ないほどの被害だっただろう。少ないから美談にする――というわけでは無いが、その功績を称えられる者がいるとすれば白鷺中尉だ。
その采配を、その策を、その英断を出来たのは白鷺だからだろう。だから――故に、彼は戦争が終わった後、最終的な階級は大佐にまで上がったがその直後に軍を辞めた。
同様に烏丸は中尉から少佐に、那由他は軍曹から中尉に、鷲尾と梟谷は共に少尉から大尉へと昇格した。だが、怪我の後遺症を患った鷲尾以外の三人は戦争の後も軍に残ることを決めた。理由はそれぞれにあるのだろう――烏丸はその責任感の強さから白鷺の後任として残り、那由他は自らの性分がスナイパーとして軍に残るのが合っていると判断し、梟谷は〝爆発は芸術だ〟が座右の銘というだけあって好きに爆弾を弄れる軍に残ったのだろう。
戦火の炎が鎮火して、東側へと移住していた国民が西へと戻るのに凡そ一年が掛かり、貿易と国政が戻るのにそれから約二年が掛かった。
軍を辞めた白鷺も顧問的な立場として復興に関わりもしたが、それは娘の京のためでもあった。軍事に就き、敵を倒した――人を殺した父親では無く、国民を救う、人を助ける父親として誇ってもらうために。
だが、そんなことをせずとも京は、父親が人を救うために戦場にいることを知っていた。具体的に何をしているのか知らなくとも、たまに聞く父の声色から優しさを感じ取り――だからこそ、自らも人を救える人になろうと病院の手伝いをしていたのだ。
娘と共に過ごすために軍を辞めた白鷺だったが、それから三年が経ち――京は海外の戦場に居た。戦地で、ボランティアとして怪我人の手当てをしているのだ。
皮肉な話ではある。父に守られ、隊員に守られ、仲間に守られ――そして、別の世界から来た年もそう離れていない少年にも助けられ、何者からも戦地で銃と硝煙から引き離されていた少女が、今は誰よりも近くにいる。
――死が怖く無いわけでは無い。けれど、別の世界から来たあの少年の顔を頭に浮かべると何故だか銃弾の横でも臆せずに歩くことが出来る。気がするだけ怖いものは怖いが、勇気は間違いなく貰っている。
「……聞きました。〝大地に向かって叫べ〟と。どんな時でも諦めて天を仰ぐより、大地に向かって突き進め――でも、空には貴方が居る気がするから……だから、偶には許してください」
戦争が終わってから、数年しか経っていないが少年に関わった者の全てが少年の名前を忘れ、存在すらもあやふやになっていた。おそらく、はっきりと顔を思い出せるのは京だけだろう。何故、彼女だけが憶えているのか理由はわからないが、戦争の終結が別の世界から来た少年によって齎された、など世界の歴史として残すわけにはいかないから好都合ではあるのだろう。確かに円滑に事が運んでいるのは事実だが、それでも――少年と共に戦った四人と京には微かな違和感が残っていた。
そんなときには――空を見上げる。
「さて……仕事の時間ですよっ、ノウさん」
同じ空の下にはいない少年のことを思い浮かべながら、彼女は――白鷺京は、今日も戦場を歩いていく。
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