6-3

 烏丸は耳に嵌めていたイヤリングから、鳩原は首に掛けていたネックレスから、鷲尾と梟谷はそれぞれ耳に嵌めていた小型無線機から聞こえてきた白鷺の声に耳を傾け、そして溜め息を吐いた。

「まったく、相も変わらず性格が悪いですね、白鷺中尉は。……私たちに選択肢なんて無いじゃないですか」

 怪我をした腕に止血のために布を巻いた烏丸は、手が動くことを確かめると、両手に拳銃を握り締めて立ち上がった。

「気合とか根性とかって、ボクの専門じゃないんだけどさ。でも――やっぱりちょっと、お返しはしなくちゃだよね」

 殴られた影響で脳が揺れてまともに立ち上がることも難しかった梟谷だったが、時間が経ったのと体に感じる痛みで意識を残していた。立ち上がるとまだ影響が残っているのか立ち眩みを起こしたがなんとか踏み止まって口の中に溜まっていた血を吐き出した。

「いやはや全く……あのお方の言葉はいつも吾輩の糧になる。この鷲尾塵、いつだって魂は貴方と共に――仲間と共にある!」

 おそらくは四人の中で最もダメージを受けている鷲尾だが、体を包む鎧が自らを軍人だと奮い立たせる。見た目だけで言えば、むしろ戦士のようだが――それでも彼は、軍人なのだ。

「あたしは別に動けなくとも関係ねぇが、妙に発破をかけるのが上手ぇおっさんだな。はっ――スナイパーのやることなんて決まってるだろうが」

 新しく組み立てた巨大なライフルで戦場を覗き込む那由他は、今まさに戦闘中であるノウを見ながら舌なめずりをした。

 三方向に分かれたスコープが映し出すのは動き出した烏丸と梟谷、鷲尾がノウに向かって駆け出した姿だった。三人と違い那由他は動くことができない代わりに、徐に口を開いた。

「……おい、聞えているんだろ? 役立つかは知らねぇが教えといてやる。お前の剣とか魔法だとかを受けているそいつな、銃弾だけは一度も食らってねぇぞ。どんな理由があるのかは知らないが、不意打ちは何としてでも避ける、って感じか?」

 あくまでも那由他が観察していた上での感覚だ。

 那由他が口を閉じた直後、タイミングを見計らったかのように山の中腹に向かって足を進める烏丸が口を開いた。

「その男は直接爆弾を食らっても無事でした。爆煙の中で銃弾を撃ち込んでみましたが当たった感触は無く、気配もほとんどありません。おそらくはノウさんと同じ別の世界から来た人だと思いますが、そもそもこちらの攻撃が当たりませんでした。それが私の受けた印象です」

 正反対と言わないまでも、那由他とはまた違う報告だった。事実、梟谷による初撃を受けて爆弾を食らったものの無傷で、その上で銃弾の当たった感触が無かったのだから当然の感覚だろう。

 だが、その二つの異なる意見を聞いたノウは確信を持ったように両腕の籠手で連打をかけていた。

 対する魔王は、今度は受けることなく握り締めた拳をノウの拳を弾くように合わせていた。

「そうだッ! 力落ちの感はあるが、これこそが貴様との戦いだッ! だが、しかし――弱いッ! 弱過ぎるッ!」

 防御の姿勢を取ったにも関わらず腕の間からすり抜けた拳を腹に喰らったノウは吹き飛ばされて地面に片膝を着いた。

「っ……ああ、そうだ。俺は弱い。だから、一人では戦いたくないし、元の世界でお前を倒した時の俺も一人では無かったはずだ。今だって――一人で戦っているつもりではない!」

 言い放った直後、ノウの背後から放たれた銃弾は魔王に当たるが魔法防壁によって弾かれた。二丁の拳銃で魔王を牽制する烏丸はノウを通り過ぎて撃ち続ける。

「やぁ、君が噂のノウくんか。よろしく。ま、この先も仲良く出来るのかはこの戦場を生きて帰れるかどうかだけれどね」

「……梟谷か」

「そうそう。梟谷模糊ちゃんだよ~、好きに呼んでくれていいよ。座右の銘は〝爆発は芸術だ〟ってね。――避けろ、刹那!」

 弾が切れたのと同時に烏丸が横にずれると、梟谷の飛ばしたナイフが魔王に刺さる前に、上半身を爆発に巻き込んだ。

「当たったところで手応えありませんね……無事ですか? ノウさん」

「そりゃあ、こっちの台詞だ。俺なんかよりもそっちのほうが重傷だろう」

「心配はありません。この程度の怪我なら何度か経験済みです。それよりも……倒す算段はあるんですか? どう考えてもこちらが殺される可能性のほうが高いのですが」

「まぁ……否定はできないな」

 話している間に爆煙が晴れた魔王は固まる三人を視認すると、拳を握り締めた。魔法の発動と共に地面を殴ろうとした時、横から近付いてくる気配に気が付いた。

「ぬぅううん! お待たせしたな!」

 肩を出して突進した鷲尾は魔王を吹き飛ばして木に叩き付けた。

「これで揃ったな。烏丸、鷲尾、梟谷、数分――いや、二分だ。二分で良い。時間を稼いでくれ。そうしたら、俺と奴から距離を取れ。……頼んだ」

 鷲尾と梟谷からすればついさっき会った相手に、しかも少年に命令されるのは心中穏やかではない。烏丸も似たようなものだ。付き合いはこの数日だけで、指図される関係でもない。

 けれど、三人ともが気が付いている。今、この場で化物のような強さを誇る魔王に勝つためにはノウに縋るしかない。いや、より明確に言うのであれば、勝つためでは無く生き残るためには、ノウの指示に従うのが正しいことだと本能が言っている。そして、何よりも白鷺中尉の言葉だ。戦場で戦うこの少年のことを白鷺が信頼している――それだけで、充分なのだ。

「ほう――二分か。ただの人間共が我を相手にどれだけ持つのか見ものだな」

「っ――『石壁』!」

 すぐ背後に姿を現した魔王に気が付いたノウは二分間の少しだけでも時間稼ぎになればと四枚の『石壁』で四方を塞ぐと、三人は壁から距離を取り、ノウはそれよりも離れたところで魔力を高めながらブツブツと呟き始めた。

「モコ、一発お見舞してやりなさい」

「だったらボクの失敗作をプレゼントしよう。指向性が無い代わりに膨大な熱量を持つ爆弾だ」

 そう言ってバッグの中から取り出した掌大の黒い球を壁に投げ付けると、まるでスライムのようにグシャリと広がった。

 そして、内側から壁にひびが入った瞬間――その衝撃が広がった黒いスライムに伝わり渦を巻くような炎が上がった。距離を取っていても肌がヒリヒリと熱に当てられるが、魔王は笑みを浮かべたまま炎の中から姿を現した。

「さァ――始めようッ!」

 構えることすらしない魔王に、烏丸が銃口を向けて引鉄を引くと、銃弾に対して拳を合わせて弾くようにしながら進み出した。同じように梟谷から投げられたナイフも弾くが、その度に小規模の爆発が起きる。しかし――物ともせず進んでくる。

「さすがに拳銃の威力では足りませんか」

「厄介なのは貴様だな、銃の女。我が傀儡を何体も殺してくれた礼をしなければ、なッ!」

 踏み込むように速度を増した魔王に対して烏丸が撃ち続けていると、横から鷲尾を殴り掛かりに行った。

「また貴様か、鎧の。確かにこちらの世界ではそこそこやるようだが、弱いことには変わりないッ!」

 拳を受け止められて脇腹に蹴りを食らうと吹き飛ぶことはしなかったものの、衝撃で鎧にヒビが入った。

「っ――やらせはせんっ!」

 食って掛かる鷲尾と殴り合いをする魔王に向かって引鉄を引くが、どれだけ良いタイミングだと思っても全て避けられてしまう。いや、鷲尾に当たらないように計算して撃っているから軌道を読まれているのは理解できるが、その上でタイミングを計っているのだ。にも拘らず避けられてしまう。

「やはり、羽虫がうるさいなァ」

「どこを見ているのだ!」

「貴様は邪魔だッ!」

 ほぼ零距離で魔王の『水球』を受けた鷲尾は吹き飛ばされるのと同時に、胴回りの鎧が砕け散った。その姿を確認すらしない魔王は空になった弾倉を入れ替えようとする烏丸に向かって駆け出した。

「させないよ!」

 烏丸に向かって腕を振り被った魔王との間に梟谷が這入り込むと、コースターのような物を両手で構えた。

「貴様も邪魔だッア!」

 魔王の拳にコースターを合わせると、その瞬間に受けた衝撃を倍以上の爆発で返した。これこそ指向性爆弾だが、その反動で梟谷の肩が外れかけて全身に衝撃を受けた。

「っ~……さすがに新作は――がっ!」

 爆発の中から伸びてきた脚が梟谷のこめかみを直撃して吹き飛ばされた。が、その瞬間に、八本のナイフを脚に突き刺して爆発させた。

「何をしたところで貴様らに勝ち目はない。あと一人――残り時間は一分くらいか? 残念だったな。もう終わりだ」

「いえ、残り五十三秒です。二人が稼いだ時間を――私が無駄にするわけにいかないんだよ!」

 確実に頭だけを狙って銃弾を撃ち込むが、全て弾かれる。それでも懲りずにひたすら撃ち込むがそれでもダメージは無く、魔王が目の前に来た時に弾切れになった。

 カチリッ、カチリッと虚しい空音だけが響く中で烏丸は時間を数えていた。残りは三十秒――弾倉はまだあるが交換するだけの余裕は無い。何故なら、今まさに目の前に腕を振り上げた魔王がいるからだ。

「悲しい、なッ」

 振り下ろされた拳を片腕で防いでみたものの意味はなく、後方に吹き飛ばされただけでなく防いだ腕は派手な音を立てて折れていた。

「弱者が何人集まろうとも雑魚は雑魚。さァ――メインディッシュの時間だ。ノーウッド・アァアアアル」

 ノウに向かって進み出そうとした時、背中に刺さったナイフが爆発を起こして足を止めた。その行為に対して深い溜め息を吐いた魔王だったが、相手にすることなく進もうとすると、今度はすでに鎧が砕けて体を晒している鷲尾が倒れた木を抱えて魔王に向かって突っ込んできた。

 しかし、その木が魔王によって破壊されるのを予想していた鷲尾は直接殴りにいくが、避けられ殴り返された。そこに再び梟谷のナイフが刺さり爆発すると、残った片腕で何とか弾倉を入れ替えた烏丸の銃弾が頭に当たった。

「ッ……このッ――クソ雑魚共がァアア!」

 怒りに任せた咆哮は周辺の木々を震わせて微かな地震を起こしていた。

 青筋を立てていた魔王が、いい加減に殺そうと拳を握り締めて周囲を見回すと、そこに三人の姿は無くなっていた。

 つまり――二分だ。

「よくやってくれた、三人とも。無駄にはしないぞ」

 ノウの周りと頭上にポツポツと大量の小さな粒が浮かんでいるのを見た魔王は、ぶちりっと筋を切った。

「ノーウッド・アァアアアル!」

「もう黙れよ。そんで、沈め――『火球』!」

 その声に呼応するように周囲に浮かんでいた粒は掌大の『火球』へと形を変えて、魔王を囲むようにして一斉に降り注いでいった。

 一つ一つが小さいとはいえ桁外れの威力を持つ『火球』は魔王を中心の辺りの木々をその火力と熱で消し去り、山を抉り出していった。

「っ…………」

 更地となった窪みの中で巻き上がる爆炎を眺めながら、ノウは下唇を噛み締めて苦しい顔をした。仮に炎で包まれていたとしても、その中で何が起きているのかはアンテナでわかってしまっているのだ。

 故に、籠手を嵌めた腕で拳を握り締めながら窪みに入り爆炎へと進んでいった。

 炎の中に見える人影を見据えながら停まることなく進み、拳を振り被ったその瞬間――魔王は視線をノウに向けた。

「何故ッ、学習しないのだッ!」

 ノウの拳は当たることなく空を切り、代わりに振り下ろされた魔王の拳によって地面に叩き付けられた。

「っそ……やっぱりノーダメージか。だが、漸く確信したよ。お前が多用する魔法防壁は、発動中は攻撃が出来ない。違うか? だから、お前から攻撃を仕掛けようとしたときに、不意を突かれて撃たれた銃弾は避けるしかないんだ」

「その通りだ。我の魔法『大胆不敵』はどんな攻撃も跳ね返す無敵の防御魔法。そのためのリスクなど無いに等しいが――今更気が付いたところで意味が無い」

 止めを刺そうと魔力を集めた掌をノウに向けた魔王だったが、ノウは地面に伏せたまま体を震わせ始めた。

「はっ……はははっ――なるほど。だとしたら、元の世界でお前を倒したのは俺じゃないな。俺たち、だ。一人じゃあどう足掻いても勝てるはずが無い。はっは……」

「……何を言っている? 確かに、あの時も貴様以外の羽虫が居た気もするが、我が貴様に殺された事実は変わらない。何を言ったところで、他の三人が居たところで――貴様は今、ここで死ぬんだッ!」

「俺は一人じゃあお前に勝てない。だがな――三人じゃねぇ。四人だ」

「よに――ッ!」

 その瞬間、魔王の腹部を一発の銃弾が突き抜けた。直後響いた音で狙撃されたことに気が付いたが、あまりの衝撃に動けないでいた。

 そして、離れた山荘の屋上でスコープを覗く那由他も、その衝撃的な光景に動けないでいた。

「……いや、マジか? 対物ライフルを受けて原形を留めているだけでも意味がわからねぇのに、立っているとか化物かよ。けど、まぁ――役割は果たしただろ、ノウ」

 念のためにと次弾を装填してスコープで覗く先には、ふら付きながらも拳を地面に着いて立ち上がるノウの姿があった。

「全ての攻撃を弾くなら、攻撃する時を狙って不意を突くしかない。それも気が付かれない距離から――成功したな」

 魔王を突き抜けた弾丸は地面に大きな窪みを作るほどの威力だったが、その弾丸を受けた本人は苦しい顔を見せるものの直立不動のままノウに殺気を飛ばしていた。

「だから何だと言うのだッ! 我が受けたのはたったの一撃、それに引き換え貴様らはすでに虫の息だ。次の銃弾も受けることは無い。どちらにしても結末は変わらないッ!」

「かもな。だが、お前の魔法防壁は体を包むものであって傷口まではカバーしない。そうだろう?」

「それでも貴様を殺せばそれで終わりだ。だが、参考までに訊いておこう。何故そう思った?」

 今にも攻撃魔法を放とうと魔力を溜める魔王は目の前で今にも倒れそうなノウに視線を送る。だが、ノウはそんな視線を意にも介していないように大きく息を吸い込んだ。

「っ――そうでなければ、八年後だろうと今だろうと俺がお前に勝つことなど有り得ないからだ!」

 言いながら突き上げるように腕を振り上げると、その拳は魔王の腹部に開いた風穴へと減り込んだ。

「ッ……だから、どうしたというのだ? これで漸く我の願いが果たされる」

 落ち着いた口調で魔王が笑みを浮かべると、ノウがそれを不思議に思った次の瞬間、胸に衝撃が走った。

 視線を下げてみれば、そこには自らの胸に突き刺さった魔王の腕があった。

「なる、ほどな……なら、相討ちってことで手を打とうか」

 残った腕で突き刺さっている魔王の腕を掴んだノウはこれまで以上に力を入れた。

「なにッ――抜けなッ」

「どれだけ魔法防壁を張ろうとも、内側からなら意味は無い。ずっと溜めていた『火球』だ――正直、威力は……知ったことか」

 投げ遣りに言い放ちながら魔王の腹の中で籠手を開くと、小さな『火球』の熱が膨れ上がっていった。

「ッソ――放せッ、このッ――ノーウッド・アァアアアル!」

 二人の中で唯一残っている魔王の腕がノウを殴るが放して堪るかと、より力を込めたせいでメキメキと骨の折れる音が鳴った。。

「テメェは――ここで死ぬんだよ!」

 殺気を孕んだその怒号が辺りに響き渡ると、鷲尾の肩を左右から支える梟谷と烏丸まで届き身震いをして立ち止まった。

 もう一人、隙を窺ってもう一発を撃ち込もうとしていた那由他も、スコープ越しに殺気を感じ取り引鉄に掛けていた指が震えて荒くなった呼吸を抑えようと唾を呑み込んでいた。

「放せェエエエエ!」

「はな、すかぁあああ!」

 ただの力のやり取りに魔力のぶつかり合いが加わっているせいもあり、周囲の空気を丸ごと包み込んで大きな渦を描いている。

「ッ――」

 腹の中で膨れ上がる『火球』をさすがに抑え切れなくなったのか魔王が一瞬だけ息継ぎをすると、その間に一気に魔力が膨れ上がった。

「消し飛べっ!」

 まさに満身創痍――最後の力を振り絞ると、途端に抵抗することを止めた魔王の掌がノウの頭に置かれた。

 それは瞬間よりも短い刹那。移動魔法によって一緒に飛ばされたと気が付いた時には地上から約五千メートル上空の雲の真横に居た。

 不可解な移動にノウが魔王の顔に視線を送ると、諦めたような清々しい表情を見せていた。

「やはり、勝てぬのか。わかっていた――これが運命だ。どう足掻いたところで我は貴様には勝てん。だが、今回は貴様も殺すッ、一緒に殺すッ、それだけで――ッ!」

 話している最中の魔王に頭突きをかまして黙らせたノウは、血を溢す口元で笑みを浮かべながら静かに目を閉じた。

「…………知るか」

 呟いた直後、周りに浮かんでいた雲を掻き消し、地上にいる者たちの五感を失わせるほどの爆発が辺りを包み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る