6-2

 ノウが魔王と共に山の中腹へと移動したのと同じ時刻に、前線基地の白鷺は持っていたマグカップを壁に叩き付けていた。

「っ――鷲尾と梟谷はすでに着いているはずだ……どうして無線が使えないんだ! 二人をヘリで下ろした瞬間から通じなくなった。衛星の映像が届いているということは、衛星は使えている。だったら、衛星経由で繋げられるはずだろう!」

「無理です、中尉! 上の許可が下りません!」

「ハッキングは!?」

「それも無理です! 締め出されます!」

「くそっ……余程この戦場を仕切られたくないらしいな」

 連絡が取れなくなった第三防衛ラインに向かった者から事情を聴いて隊を送ったのは良いものの、それと同時に無理を言って鷲尾と梟谷を先に送ったペナルティーなのか、白鷺は作戦からの締め出しを食らっていた。おそらくは、軍の上層部も気が付いているのだ。富士山の麓で起こっている戦闘が、最終戦線になる可能性に。

 各基地に衛星に接続できるだけの設備はあるが、第三防衛ラインの設備はなんらかの理由で使用できなくなり、前線基地から一方的に送信だけはできるはずなのに身内で邪魔をされて出来ないでいる。軍事に対して何が正しいのか判断するのは難しいが、この場で、白鷺の下で働いてきた者だけはわかっている。少なくとも軍の上層部は間違っている、と。今、衛星で眺めている戦場をどうにか出来るのは白鷺しかいない。しかし、だからといって独断で命令に違反することは出来ない。それが、軍というものだ。

「何か方法は無いか? なんとかして、こちらの音声を向こうに繋ぐんだ。どんな違法なことでも命令違反でも構わない! 全ての責任は俺が取る!」

 その怒号に、作戦室は静まり返った。誰がどんな責任を取るにしても、方法が少ない上に、この場で白鷺中尉に全ての責任を取ってもらおうと考える者などいない。

 だが、考えていた一人がおずおずと手を挙げて口を開いた。

「……あの、方法が無いことも無いと思います。責任云々は別にしても試してみる価値はあるかもしれません」

「よし、早速やってくれ!」

「え、説明を聞かなくて良いんですか?」

「時間が惜しい。作業しながら説明してくれ」

 発言した一人を除く全員が手を止める中、一人だけキーボードに手を置くと躊躇いながらも口を開いた。

「ええと、ですね……ご存知だとは思いますが現在我々が使っている衛星通信は日本の軍事衛星であり、それも一般には公開されていないものです。ここのシステムはそこから締め出されているわけですが、上空を飛んでいる衛星はそれだけではありません。例えば――アメリカのNASA」

 その言葉を聞いた瞬間に、聞き耳を立てていた他の隊員が一斉に動き出した。

「現在上空にある衛星の軌道を確認します!」

「こちらはNASAへハッキングしてキーの取得を!」

 一人に対して、隣に座るもう一人が援護をする。それがこの作戦部のツーマンセルである。

「……つまり、NASAの衛星通信にタダ乗りしようというわけか」

「いえ、向こうからしてみれば通信泥棒と言ったところでしょうか。回線が違うので、こちらに切り替えれば一時的に向こうの通信は使えなくなりますので」

 とはいえ、NASAの衛星だけでも上空には何十という数がある。その中の一つが使えなくなったところで別の衛星に切り替えるだけで向こうの業務に決定的な被害は出ない。

「上手くいくのか?」

「この場にいる人間にはそれが出来るだけのスキルがあります。但し、いくつもの国際法を含む法律を無視すれば、ですが」

「責任は俺が取るから気にせずやれ! 繋がったらどれくらいの通信が可能だ? 数分か? それとも数秒か?」

「いえ、暗号化システム自体はこちらのほうが上なので、向こうが気が付いた時点で追いかけっこを始めれば数十分は大丈夫なはずです。ただ、衛星を介して出来るのは送信だけなので、向こうからの声はこちらに届きません。一方通行です」

「それで問題ない。周波数は裏チャンネルの七・五〇三だ」

「了解!」

「軌道上にある衛星判明しました! 使えそうなのは三つ、送ります!」

「今から一番古いのに侵入する。目晦ましにダミーウイルスでも流しておけ! 鍵は?」

「取得済みだ!」

 白鷺には言っていることの半分程度しかわからないが、それでもネット上で激しい攻防が行われているのはわかる。

 ただ黙って静観しながら衛星の映像を見ていると、こちらも激しい攻防が映し出されていた。

「……これが、ノウ――別の世界から来た人間か」

 確かにノウについては事前に知っていた上での驚きではあるが、それよりもそのノウに対して同等かそれ以上の力で戦う相手が気掛かりだ。確信こそ無いものの敵であり、そして、この戦争の核である気もしている。規格外であるノウが苦戦しているようでは、自衛隊では到底勝ち目がない。だが――白鷺の部下がいる。正確には元部下だが、誰よりも何よりも信頼している仲間がそこに居る。

「いつまで倒れているんだ……? お前らは、そんなところで終わる奴らじゃねぇだろ!」

 届くはずの無い声に体を震わせて心を奮い立たせたのは、その場でキーボードを叩く今の部下だった。

「っ――中尉! 接続できます! 三秒前――二――一」

 差し出されたマイクに向かって身を屈めると、静かに息を吐いた。

「――烏丸、鳩原、鷲尾、梟谷、聞こえるか? 白鷺だ。残念ながらそちらの声は聞こえないから一方的に話させてもらう。お前らが倒れている今も別の世界から来た少年が戦っている。だから、戦え――とは言わない。動けないなら無理をしろとは言わないし、戦場で重要なのは勝つことよりも生き残ることだとも教えた。だから、好きにすると良い。だが、一つ朗報を伝えておく。お前らが持ち堪えたおかげで陸自の精鋭部隊と海自の精鋭部隊があと十分でそこに着く。お前らを超えていった敵兵も、防衛ラインが機能して抑え込めているから、部隊が到着次第巻き返すだろう。お前らのおかげだ。だから――もう一度言う。好きにしろ。その場にいない俺には何も出来ないが――俺は、お前らを信じている。但し、死ぬことだけは許さん。衛星で見ているからな」

 そう言うと、通信を切るようにジェスチャーをした。

「いいんですか?」

「ああ、もう充分だ。あいつらには伝わったはずだ。あとは――見守るしかない」

 今でこそ作戦室で策を弄する参謀になった白鷺だが、本来は戦場でこそ栄える男だということはこの場にいる全員が知っている。つまり、この場にいることを誰よりも不憫に思い、そして怒りを覚えている。

 だからこそ、静かにエンターキーを押して通信を切断した。白鷺中尉を選んだことならば――と、全員キーボードから手を放し、映し出される映像に視線を送るのだった。

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