6-1
魔王の噂はよく聞いていた。
使える魔法は千を超えて、不死者ではあるが、死んだことは無いという矛盾、加えて出自が不明だと。魔王が魔物を造っているのならば、魔王はどうやって生まれたのか。それがわからない以上は、魔王が一人だけだと決めてかかるのも間違っているのかもしれない。
「つまり……なんだ。魔王が魔王を造り、その一人をこっちの世界に送り込んだということか? もしくは、その逆か」
「思考停止せずに答える、それこそが貴様の強さの証だ。だが、違う。我は唯一無二。だから至高であり、最強であり――最凶である」
だとするならば、ここにいる魔王と向こうの世界で戦っている魔王は同じということになる。いや、そもそもがおかしな話だ。俺は最初の街でウジクに殺されている。向こうの世界であっても魔王に会うことなど有り得ない。同じ時間に別の場所に存在するためには、そのための魔法が必要なのは言うまでもないが、魔王の言葉を信じるのなら、分身を造ったりはしていないはずだ。そうじゃなければ唯一無二では無い。つまり、考えられる可能性は――
「時間軸が違う、のか? それなら、お前はいつの時代の魔王なんだ?」
「明察。我はストラ歴四十五年から、四年前にこちらの世界に来た」
四十五年ということは俺が居た頃より八年後だ。となれば、余計に意味がわからなくなった。八年後の世界から四年前のこの世界に飛んできたこと自体は、異世界間の魔法の効果を考えれば大した問題では無い。
「わからないのは、八年後の世界から来たはずのお前がどうして俺のことを――いや、違うのか。俺が元の世界に戻って――んん?」
俺が元の世界に戻るには、この世界で起きている戦争の発端である魔王を倒さなければならない。倒せるとは思わないが、仮に倒して元の世界に戻ったとして向こうにいる魔王は? 今ここで俺に魔王を倒せたとすれば、向こうの魔王がその後八年も生きているのはおかしい。
こちらの世界で言うところのパラドックスというやつだな。向こうの世界では聞き慣れないパラレルワールドという言葉があるように、俺が来た時間軸と、魔王が来た時間軸は違うのかもしれない。しかし、そうなると自称・神の存在意義が無くなる。
「四年前、我は向こうの世界で殺された。相手は誰か――貴様だ。ノーウッド・R。我は貴様に殺されて、死に際の魔法でこの世界へと飛んできた。わかるか? ここで再び貴様と会い、そして殺せる高揚を!」
「知ったことか。だが、変だろ。俺はウジクに殺されたんだ。なら、元いた世界でも会うことは無かったはずだ。何故、俺のことを知っている?」
「簡単な話だ。我と貴様が相対した時には、ウジクをそこに行かせてはいなかった。貴様を殺すためだけに四天王の一人を動かしたのだ。感謝するんだな」
「ちょっと待て。元の世界と連絡を取る手段などないはずだ。魔法だとしても前提が破綻していれば有り得ない。そんなことが出来るのは――出来るのは……あいつの仕業か」
どちらの世界にも干渉できる存在は、一人しか思い浮かばない。十中八九、神を自称しているあいつに違いない。
「つまり、だ。本来なら俺は元の世界で戦士として力を付けて八年後には魔王であるお前を倒していたわけか。だが、魔法でこっちの世界に来たお前は、こちらでも世界を壊そうとしたところに神が現れて諭された。俺に復讐させてやる、とかそんな感じか?」
「またも明察。その通りだ。我は貴様を殺すことと引き換えに、この世界を壊さないでいたわけだ。そして貴様は今、ここに居る。あとは本気の貴様を殺して、この世界を破壊するだけだ」
「さぁて、どうだかな」
……まぁ、考えようによっては理に適っていないことも無い。強くなる前の俺をこちらの世界で殺すことも、向こうの世界で最初の街にウジクを放ったことも、その時の強い戦士は殺さずに、仮にその場に居合わせた戦士のほとんどが殺されたとしても、次に続く戦士が途絶えるわけでは無く、八年後の俺が魔王を倒せるだけの力を付けているのかは別にしても、向こうの魔王は別の戦士が倒すことになるだろうから、概ね正しい判断だと言える。
だが、自称・神の考えが甘いところは、こちらの世界を救うために、向こうの被害を最小限に抑えて俺をこっちに呼んだところで勝てるはずがないということだ。自慢じゃないが、今の俺は最弱も良いところ。魔王の一撃を食らって姿形を留めていることも奇跡に近い。これでも一応はアンテナ持ちだ。衝撃を受けた場所と、守った場所が良かったというだけのこと。
さて――ここで魔王を倒せば元の世界に戻れるし、元の世界で八年間経験値を積めば向こうの魔王にも勝てることはわかった。どうにも雲行きが怪しいけれど、一つの疑問にも似た確信を持った。
「お前、世界を滅ぼす気なんて無いだろ。それだけの力があれば人類を滅ぼすことなんて容易なはずだ。なのに、元の世界も、こっちの世界も滅ぼしていないのは、初めからそのつもりが無いからだ。理由は……大き過ぎる力、か?」
「戯言を。こんなのはただの戯れに過ぎない。何事も壊すのは簡単なのだ。それまでの過程を楽しむことが出来るのは強き者の特権だ」
「……それで俺に倒されてりゃあ世話無いな。じゃあ、例えばの話だが……俺の命を差し出すから、この世界での戦争を止めてくれ、と言ったら聞いてくれるか?」
「無理だ。この世界は滅ぼす。そうしたら再び魔法で別の世界へ行き、その世界でも充分に楽しんだ後、滅ぼす。永遠の時を生きる我にとってはそれこそが生き甲斐なのだ。……どうする? 我を殺すか? 貴様如きが――我を殺すのかッ!?」
発する言葉と笑顔の表情が見事なまでに一致していない。魔王からしてみれば、こちらの世界に来てからの四年間、俺を殺すために準備をしてきたのかもしれないが――いや、そもそも、俺が八年後に魔王に勝てるという想像もつかないのだが――ここに居るのはすでに瀕死の戦士だ。もしかしたら、同姓同名の別人なんじゃないかという疑惑すらある。
とはいえ、ここに居るのは俺だけで、おそらくは俺以外には魔王に勝つ確率は一パーセントも無い。ま、俺でも一パーセントあるかどうか、だが。
「そもそも、選択肢が無ぇんだよな……俺はお前と戦って、死ぬか殺すしかないわけだ」
「そうだ。我と戦え。そして、殺されろ」
「……やるだけやるか」
魔力は充分にある。鑑定をしなくてもレベルが上がっているなら魔法の威力も上がる。しかし、例えばサイズを大きく出来たり数を増やすことが出来ても決定的な能力は変わらない。
心配なのはむしろ体のほうだが――回復したのは六割程度か。万全とは程遠いものの、それを弱いながらにカバーしてきたのが俺だ。こんなのは――いつも通りだな。
「どうやら、こちらの兵も動き出したようだな。これで貴様のお仲間も仕舞いだ」
「ああ、なんだ。お前は自分の兵の位置がわかるんだな」
「当然だ。奴らは我の魔法で造った自我を持つ傀儡よ。どこでどのように戦い、死んでいるのかは手に取るようにわかっている」
「……悪趣味、だが……それなら都合が良い。断言してやる。仮に俺がお前に負けたとしても、他の戦場はこちら側が勝利を収める。どうしてだかわかるか? 造り物が、本物に勝てるはずがないからだ!」
体を持ち上げて剣を構えれば、漸くこの時が来たかと笑顔のまま目を見開いた魔王は椅子から立ち上がり、何も無い空中に手を入れて禍々しい造形の剣を取り出した。
「こちらの世界にもそれなりに戦える者がいることは知っている。三年前だったか……この国の侵略を始めたときに馬鹿みたいに強い小隊があったな。楽しむためには邪魔だったが、折角の駒が減るのは惜しかったので精神干渉の魔法でバラけさせたが――そうか。さっき伸してきたのはその時の奴らか。確かに、それなら傀儡兵では勝てないかもしれないな。しかし、問題は無い。我が貴様を殺した後に、残りの者どもも殺せばいいだけのことよ」
道理で違和感があったわけだ。戦争の真っ只中で、強い部隊を解散させるわけがない。にも拘らず、それでも生かしておいたのは確実に魔王だけが楽しむためだ。だが、それも俺が現れたことで間を繋ぐためだけの戦争は終わる。もちろん、どんな結果かはわからないが。
「お前が言うくらいなら相当強いんだろうな、あいつらは。向こうは任せるとして――」
どうやら相手の戦い方に合わせて戦闘スタイルを変える、という噂は本当だったらしい。剣士には剣で、魔法主戦の戦士には魔法で、と。こちらの得意分野で相手をしてくれるなら有り難いと思うのが普通かもしれないが、俺からすれば性格の悪さしか見えない。詰まる所、相手の得意分野で完膚なきまでに叩き潰してやろう、という魂胆なのだ。
とはいえ、そんな腐った性根にも勝てないのが事実なのだが。
「さぁ――さぁ、さぁ! 早く我に殺されろッ!」
飛んできた殺気を受けて、つい体が動いてしまった。
踏み出すのと同時に振り下ろした剣は当然のように防がれると、甲高い音と同時に衝撃波が周囲に広がって辺りの木の葉を落とした。
「……なんだ?」
魔王から距離を取れば、感じた違和感を無視することが出来なかった。この感覚に憶えがないわけでは無い。まるで一気にレベルが上がったときのような感じだ。レベルが一桁台の時にはあるが、一定のレベルを超えれば一ずつしか上がらないから基本的に気が付くことは無いが、突然、力や速度が増して体が軽くなる――言ってしまえば無敵感、だ。
そうなった原因があるとすれば……魔王の攻撃を二度も受けたことくらいか。レベルが上がるのと一緒に体の傷も治れば有り難いが、そうも言っていられない。仮にレベルが上がったとしても、力の差は相も変わらず歴然だ。さて……こちらの武器は?
「物は試しだ――『石壁』!」
魔王を囲むように四枚の『石壁』を出すと、ウジクのときと同じように壁の上から手を翳した。
「『火球』!」
あの時との違いがあるとすれば『火球』の威力だ。こちらの世界は魔力の巡りが良過ぎるのか向こうの世界の何倍もの魔法が使える。加えてレベルも上がっているとなれば、ウジクの時とは比較にならないはずだ。
燃え上がる壁を眺めていると、なんの脈絡も無く剣が突き抜けてきてそのまま『石壁』をバラバラに斬り裂いた。
「そう、これだよこれ。火の魔法だったな。我と殺り合ったときとは比較にならないほどには弱いが、やはり貴様だな。ノーウッド・R」
「無傷かよ。まぁ、意外でもないが」
どう足掻いても相手は魔王だ。そもそも魔法自体が効かない可能性もある。
「そう、貴様は『火』だ。ならば我は『水』を使おう。『水球』」
飛んできた掌大の水の球を剣で受けると、全身に衝撃が走った。
「重っ――」
「『水球』、『水球』、『水球』」
「『火球』! ――『火球』! 『火球』!」
水に火を当てて相殺すると、その瞬間に爆発的に白煙が広がって視界を遮った。だが、アンテナ持ちの俺には関係ない。呼吸を止め、最小限の動きで魔王の背後に回り込んで、剣を振り下ろすのではなく――突き刺す!
「ん? ――ああ、なんだ。羽虫に刺されたのかと思ったぞ」
ダメージを与えられないどころか刺さりすらしない、だと? これは硬さじゃない。堅さでも無いが――だとしたら、なんだ? おそらくは魔法防壁の類だろう。
「だとっ、すれば! 『火球』!」
零距離『火球』から絶え間なく剣を振り下ろし突き刺して斬り上げる。隙を与えることなく斬り付けているが、全て弾かれてしまう。魔法とはいえ万能ではない。必ず綻びが出るはずだが、その切っ掛けがわからない。そもそも魔王に弱点などあれば、とうの昔に倒されていておかしくないのだ。
気の緩みでは無く剣を振る手を停めて、次の一撃へと力を込めた一瞬のことだった。
「っ――!」
脇腹目掛けて振られた魔王の剣に気が付き、剣を立てて受けると、その衝撃に体が吹き飛ばさせるのと同時に、こちらの剣が刀身の真ん中あたりから真っ二つに折れてしまった。
「ほう、さすがはノーウッド・Rだ。今のも殺すつもりだったのだが死ななかったな」
「っそ……こっちは受けるので精一杯だってのに。なんなんだ、この馬鹿みたいな力の差は」
語るまでも無く、最強である魔王と、戦士の中で底辺の実力差だ。
得物を失って戦えなくなるなら良かったが、生憎俺には固有魔法がある。どれだけ剣を折られようも必ず直せるという魔法が――いや、この感覚は……そうか、レベルが上がったから固有魔法のレベルも上がったということか。
「ノーウッド・アァアアアル! 貴様ァ! 本気で守っているが、本気で攻めてはいないな? どういうつもりか知らないが、そんなことをしても死を先延ばしにするだけだぞ」
むしろ、こちらがどういうつもりか訊きたいくらいだ。これでも本気も本気なのだが――確かに、レベルが上がったことに気が付いていなかった分だけ本気では無かったとも言える。折れた剣と、折られた半分を手に取った。
「『鉄錬金』」
すると、それぞれの破片が元の剣の形に戻っていった。双剣というやつだな。二刀流など知らないが、さすがは固有魔法だ。戦い方が頭の中に流れ込んでくる。シンプルな話――手数は二倍で、速度も二倍だ。
「そうだッ! 殺す気で来いッ!」
「元からそのつもりだよ!」
体が慣れていないとはいえ、こちらは二本で、向こうは一本なのにまったく当たる気配が無い。どう考えても物理的に一撃か二撃は喰らわせていておかしくないのに――いや、違うのか。仮に当たっていたとしても魔法防壁によって防がれていれば無意味だ。そして、魔法防壁ならば確実に耐久性があるはずだ。それが物理か魔法かはわからないし、どれほどのものかもわからないが、地道に削るしかない。
「っ――『石壁』!」
固有魔法のレベルが上がったように他の魔法の威力も増すが、どうやら『石壁』は地面に手を着かずとも体の一部が地面に接していれば発動できるようになったらしい。魔王の背後に『石壁』を出現させてから、追い詰めるように剣戟の速度を増し、壁に近付いたところで片方の剣の柄を口に銜えた。
「『火球』!」
わからない以上は物理攻撃と共に魔法攻撃を繰り返すしかない――のだが。
「いい加減に学習しないものか。貴様の火力では温いくらいだ」
また無傷とは。こりゃあどうにも……一パーセントも有りそうに無いな。
「――?」
広域に張り巡らせていたアンテナが一斉に動き出した三人の姿を感じ取った。そして、その中の一人と、離れたところにいる一人の声が聞こえてくる。
「……なるほどな。大体わかった。試す価値はありそうだ」
「なんだ? 何がわかったというのだ?」
「なんでも無ぇよ。お前は黙って俺を殺すことだけ考えてろ。四年越しの恨みなんだろ? 随分とねちっこいことだ。しつこい奴は嫌われると聞くが……どうやら本当のようだな。俺はお前が心底嫌いだよ。って、お互い様か。クソ野郎」
「……わかりやすい挑発だが、貴様がその気なら乗ってやろう。望み通りに殺してやるッ!」
「初めからそのつもりだろうが。『鉄錬金』!」
二本の剣を持ったまま魔法を発動すれば、双剣は形を変えて両腕を包む籠手になった。
「そうだッ! 我はそれに殺されたッ! 漸く本気になったか、ノーウッド・アァアアアル!」
腕を振り被った俺に対して、魔王は剣を捨てると同じように拳を振り上げた。
――――。
交わった拳は激しい音を立てて、辺りに衝撃波を飛ばした。倒せるのならそれでいい。だが、今は――耐えるんだ。
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