5-5

 そして――倒れた鷲尾だ。

 殺気をぶつけてくる男の耳の上には二つの反り返った角が生えているのがわかるが、ノウにとってそんなことは重要ではない。醸し出す雰囲気が、漂う空気感が決定的に違うのだ。アンテナが無くともわかる。こいつが――ノウと同じように別の世界から来た者だと。

 穏やかに受けた殺気をそのまま返すノウだが、男は正反対に溢れんばかりの怒りを晒すように食い殺さんとせんばかりの表情を見せていた。

「……初めまして、だと思うんだが――その殺気の理由はなんだ?」

 当然の疑問を口にしたノウに対して、男が思い切り片足を踏み出すと、地面が揺れた。

「貴様は、相も変わらずのようだなッ――ノーウッド・アール!」

 空気を震わせるほどの大声は、男を中心に風を起こした。

 しかし、そんなことはお構いなしに男に向かって構えた剣を振り下ろすと、避けることもなく頭で受け止められ激しい金属音が響いた。

「そっちは俺のことを知っているようだが、生憎こっちは知らねぇ。悪いが――いや、全然悪くねぇが、最初から全力で潰させてもらう!」

 振り下ろす剣戟は全て男に当たるが、わざと避けていないように見える。加えて浮かべる笑みはノウに恐怖を植え付けた。

「っ――『火球』!」

 ほぼ手加減なしの『火球』を零距離で食らわせると、周囲の木々も含めて消し炭になったが、その爆炎の中から出てきた男は無傷であった。

「こんなものか? ノーウッド・アール! こんなものではないだろう!」

「……どこの誰だか知らないが、残念ながら向こうの世界での俺は最弱なもんでね。こんなもんなんだよ。これが、限界だ」

 そう。どれだけこちらの世界で強かろうとも、向こうの世界では戦士の中で最弱レベルのノウは、詰まる所、同じ世界から来た者には決して勝てないということだ。魔物などなら未だしも、人か、もしくは人型の魔物とは対等に戦うことすら許されない。

 変わらず怒りの表情を浮かべている男の握り締めた拳からは軋むような音が聞こえていた。

「いいや、貴様はもっと戦えるはずだ。もっと――もっと――もっとだッ! そうでなければここまで待った意味が無い! 万全の貴様でなければ殺す価値などないのだッ!」

「買い被りが過ぎるな。それに俺はいつだって万全だ。殺す価値なんて……元から無ぇんだよ」

「……今から本気で攻撃する。避けるでも受け止めるでも良い――死んだら、それまでだ」

 向けられる殺気で、肌が刺されるような感覚でビリビリとする。男が握った拳から醸し出される嫌な雰囲気を感じ取ったノウは途端に血の気が引いて、後ろへ飛び退いた。

「避け――られないか。『石壁』!」

 手を合わせれば多少の力量はわかるもので、ただの拳でも避けられないものだと判断した。そして二人の間を隔つようにせり上がってきた三枚の『石壁』の後ろで防御姿勢を取った瞬間、振り抜かれた男の拳から放たれた衝撃波が『石壁』を破壊して、そのままノウの体に直撃した。

「っ――くっそ!」

 踏ん張っているせいか衝撃は体の中で渦を巻いた。内臓が揺れ、骨が軋んで、体は宙を回転するように吹き飛ばされた。

「つ、う……さす、がに……無理か……?」

 体は動くが、すぐに起き上がって交戦できるほどではない。俯せの状態から体を起こして、すぐ横の木に寄り掛かるが握った剣を上げることもできない。

 近付いてくる男に対して行動を起こしたいが、出来ることといえば浅い呼吸を繰り返して体内の魔力を高めながら回復を促すことだけだった。

「死ななかったか。やはり思った通りだったな。貴様はもっと戦えるはずなのに力を抑えている。それとも単なるレベル不足か?」

「ああ……そうだ。俺のレベルは未だ十五以下――まぁ、こっちの世界に来てからは鑑定士がいないものでね……どうだかは知らないが」

 男は座ったまま木に寄り掛かるノウの目の前まで来るとしゃがみ込んで顔を覗き込んだ。

「……場所を移動するか」

 伸ばした手がノウに触れると、途端にその場から姿を消して、次に現れたのは戦場の全てを見渡せる山の中腹だった。そこに置かれていた、まるで王座のような椅子に腰を下ろした男は、変わらぬ体勢で木に寄り掛かるノウを見下ろした。

「移動魔法か……固有魔法、ってわけでも無さそうだな……お前、何者だ?」

 問われた男は徐に脚を組んで、肘掛けに腕を置いてこめかみ辺りに指を立てると、ニヤリと口角を上げた。

「やっと訊いてきたな。我は軍を束ねる長――名は無いが、敬意と畏怖の念を込めてこう呼ばれている。我は――魔王だ」

 息を呑む。事実かどうかの真偽を測ることは出来ないにしても、ノウの頭の中には二つの感情が生まれていた。

「ああ……そりゃあ、勝てないわけだな。つーか、それだとおかしくないか? 魔王であるお前がここにいるのなら、向こうの世界の俺たちはいったい誰と戦っていたんだ?」

「当然、我だ」

「なっ、に……?」

 体を回復させるために話を長引かせようと考えていたのだが、その一言で思考が停止しかけた。魔法というのはなんでも出来る、というほど万能ではないはずだが、男の――魔王の口調からは、それすらも出来てしまうのではないかと思わされる。

 激しく聞こえる戦闘音を聞きながら、ノウと魔王が向かい合う。

 戦士と魔物が出遭ってしまえば、戦闘開始の合図はすでに鳴っている。今から起こるのは決して小休止では無い。最弱と呼ばれた戦士の攻撃なのだ――体の回復を計るための精神的な、口撃戦だ。

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