5-3

 一方その頃の左舷では、まるで中世ヨーロッパのような光景が広がっていた。主に一人の手によって。

「さぁさぁ、楽しみましょうぞ! 血沸き肉躍る戦闘を! 命の灯火をっ!」

 鎧を纏ってハルバードで敵を薙ぎ払う鷲尾の姿は、まったくと言っていいほどに現代の戦い方には見えない。頑強な鎧は敵の銃弾を跳ね返しながら、横薙ぐハルバードは敵の体を真っ二つに分ける。

「……鷲尾、お前本当にこの世界の人間か?」

 同じように敵を斬り裂くノウが問い掛けると、鼻高々と言わんばかりに刃に付いた血を振り払った鷲尾は胸を張って見せた。

「何を言う! むしろ吾輩こそが正しい姿であろう! よもや、刀などの長物が銃などに劣っていると言いたいのか!? そんなはずはない! 戦い方次第でいくらでも最強の矛になり得るのだ!」

「ま、それは否定しないけどな」

 事実、ノウは剣で戦っているわけで。

 現状で確信しているのは鷲尾はこの世界の特異点だということだ。ノウと並び立っても遜色ない戦い方は、向こうの世界に行っても魔物相手で通用するであろうと思ってしまうほどに。

 向かってくる敵を鷲尾に任せたノウは、掌を戦車に向けて翳した。

「厄介なものから片付けよう『火球』!」

 最初ほどではないが多少の加減をした『火球』は戦車と共に周りの木々を吹き飛ばした。

「なんだ、随分と面白い業を持っておるな! ならば吾輩の業も見せてくれよう! 行くぞ――破斬!」

 業、と言えるほどのことも無く。ハルバードの刃を横にして、つまりは刃の腹で敵をただぶん殴るだけの力技だった。しかし、それでも威力は絶大を誇り、食らった者は木に叩き付けられて手足があらぬ方向に曲がっていた。

 その光景も異様ではあったが、周囲を探っていたアンテナも違和感を覚えていた。

「……烏丸のほうに一人――これが梟谷か。いや、それよりも、どこだ――どこに居る?」

 何かを探すノウは、後方から近付いてくる気配に気が付き身構えた。同時に前方の炎上する戦車のほうから銃を構えて向かってくる敵には鷲尾がハルバードで迎え撃った。

 何故か防衛ラインのある方向からやってくる敵は未だに視認できていないが、その手には刀と別の何かを持っているのがわかった。

「フンッ、貴様を殺す前の良い準備運動になった」

 ヘリから降ってきた鷲尾に踏み潰されたはずの男が、そこに居た。ノウの『火球』を食らっても生きていたことを思えば死んでいない可能性は十分に有り得たわけだが――それにしたって早過ぎる。それに加えて――

「まさか、俺を無視して室町を殺りに行くとはな。狙いは俺なんだろ? ちょっと節操が無いんじゃないか?」

「知ったことか! これは殺し合いだ、敵は皆殺す! それが戦争ってものだろうが!」

「良~い事を言った! それこそが吾輩と同じ思考のモノである! むぅ!? もしやその手に持っているのは室町少佐の首ではないか!? くぅうう、先に召されてしまったか……しかし! 戦いの最中で死に逝けるのは軍人としての至高である!」

 敵からの銃弾を弾きながら振り向きつつ拳を握り絞める鷲尾の姿を異様と言わずなんと言うのか。助太刀に来て、セーフゾーンまで下がったはずの室町は男に首を落とされて殺されたのに、それが至高だと宣う。おそらくは――故に、烏丸や那由他をはじめとする白鷺中尉の隊に所属していたのだ。

「人は死ぬ。それについてあれこれ言うつもりは毛頭ないが、それにしたって後退する敵の首を刎ねるってのはどうだかな。俺の居た世界でさえ戦意を失った魔物を背後から殺すことはしない。まぁ、戦意を失った戦士が背後から魔物に襲われることはあるが……」

 言いながら気が付いたように首を傾げたノウは、構えた剣を握る手に力を込めた。

「いいや、それは違うぞ少年。戦争というのは互いの意見の押し付け合いに過ぎないのだ。詰まる所、吾輩が銃を使わずに戦うのと同じように、その男が室町少佐を殺したのはその主義主張によるもの。否定はしても咎めるものではない。だからこそ! 血沸き肉躍るのだ!」

「敵にしては真面なことを言うな。だが、殺す。今、殺す。すぐに殺す。まずは――お前を殺してからだ!」

 室町少佐の首を投げ捨てた男は、刀を構えてノウに斬りかかった。

「――――」

 動かないノウは、細く力強く息を吐いた。

「あ~、忘れていたな」

 呟いたと思った瞬間に、刀を振り上げた男の顔面を鷲掴んで、その腹に目掛けて剣を振り抜くと胴体を真っ二つに斬り裂いた。崩れる下半身とは別に、ノウに掴まれている上半身は宙に残り、切り口から血と臓物を落としながら叫び声一つ上げることなく、目を見開いて振り上げていた刀に力を込めた。

「死ねぇえええ!」

 だが、ノウは。刀が振り落とさせるよりも先に手を放すと、素早い剣技でその上半身をサイコロ状に斬り分けた。ボトボトと地面に落ちる肉片を見ながら、ノウは手を翳した。

「……『火球』、『石壁』――消し炭になれ」

 地面へと向かって『火球』が落ちていくのと同時に、『石壁』で男の肉片を囲むと、作られた箱の中は激しく炎上した。

「ああ、忘れていたよ。これは喧嘩でもないし、殺し合いでもない。ましてや戦争でもないんだ。ただの――狩りだ。一方的で、純粋に向かってくる魔物を殺すだけの狩りだ。楽しむことも無いし、苦しむことも無い。殺すことは普通で、殺されることも普通だ。そこに、意味なんて無いんだよ。……どうしてそんな簡単なことを忘れていたんだかな」

 理由はわかっている。ノウがこちらの世界に来た時にインストールされた記憶のせいだ。こちらの世界と向こうの世界、どちらの秩序も理解したせいで感化されてしまったのだ。

 だから、忘れていた。ノウは最弱の戦士だが、戦士とは――襲ってくる魔物を殺すだけの者のことを言う。街の人間を守るだとか、時間稼ぎとかはおまけに過ぎないのだ。何故なら、戦士たちの目的は魔王を倒すこと。つまり、初めから終わりまで死の中で生きることを宿命付けられていて、殺すことこそが生きること同意義だ。

「……これが別の世界から来た少年か。その言や良し! この戦場が片付き次第、吾輩とも一戦交えようぞ!」

「お断りだ、戦闘狂。今はこの場の敵をどう押し留めるのか考えろ」

「なぁに、簡単なことだ! 作戦番号37564――皆殺しだ!」

「……ま、そんなところか。俺たちの役目はお前たちの援軍が来るまで敵の侵攻を遅らせることだ。つまり、向かってくる奴らは全員――殺すだけだ」

 剣を手に、どこからか湧き出してくる敵は当初想定していた百五十人を超えたが、戦わないという選択肢は存在しないのだ。

 向かって来た一人を斬り裂いた時、感じた違和感に動きを止めるとこめかみに一発の銃弾が当たって体を仰け反らせた。

「っ――違う、これは――鷲尾!」

 振り向き際に横を吹き飛んでいき、突き当たった木を倒したのは鎧姿のままの鷲尾だった。ノウを撃って近付いてきた敵を斬り裂いてから駆け寄ろうとしたとき、アンテナが反応した。

「なっ、めるなっ!」

 背後から敵が殴り掛かってくることに気が付くと、剣を構えることも無く避ける素振りも見せずに、真正面からその拳を額に受けた。すると、被っていたキャップとフードが外れてアンテナが晒された。

「んんっ?」

 それを見た敵が後ろに跳び退くと、ノウを下から上へと舐めるように視線を送ると気が付いたように顔の半分を使うような笑みを浮かべた。

 そして、その敵を見たノウは眉間に皺を寄せて剣を握る手に力を込めると、ギチリと歯を噛み締めた。

「ああ……お前か」

 気が付いたような呟きは穏やかであったが、ノウの醸し出す雰囲気は、周囲を取り囲んでいた敵でさえ背筋を震わせて銃を手落とすほどだった。

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