5-2

 ノウが目の前の光景に唖然とした時より少し遡り――右舷で銃を手に戦う烏丸は突然現れた増援に手を拱いていた。

「数は大した問題ではないのですが……どうやら指揮官が有能なようですね」

 それはノウが観測した三人のうちの一人。兵を引き連れて右舷へ向かった男の手腕だった。兵、一人一人の実力は大したことがなくても捨て身にしながら詰めてくるやり方が上手い。普通の人間なら感情を持ち合わせて自らが考えて動くから、ここが戦場であろうとも死ぬことを恐れて進むことも躊躇うはずなのだが、それが無い。

「まるで将棋の駒を相手にしている感覚ですね。けれど、歩を切り捨てるのは良策とは言えません」

 厄介なのは狙えればどこからでも撃てる那由他の長距離狙撃と違って、烏丸の特殊技能は遮るものが少ない平野のほうが役に立つということだ。混戦はむしろ望むところだが、ここは遮蔽物が多過ぎる。

「とはいえ、戦えないわけでは無いのですが」

 恐れることなく突き進んでくる兵が足元にあるワイヤーに気が付かず引き抜くと、その瞬間に手榴弾と一緒に仕掛けたプラスチック爆弾が爆発して辺りの木々を薙ぎ倒した。烏丸は、事前にノウが作っておいた『石壁』の裏にいたおかげで怪我一つなく銃の弾倉を確認していた。

「さーん、にー、いち」

 弾倉の数とは関係の無い数字をカウントしていると、ゼロになると同時に二回目の爆発が起きて、再び辺りの木々が薙ぎ倒されて『石壁』の背後にはちょっとした平野ができていた。

「さぁ、ようやく私の時間です」

 烏丸は用意していたゴーグルを嵌めると、まるで人が変わったような笑みを浮かべて自分用に改造した二丁の〝FN FNC〟アサルトライフルを構えた。静かに呼吸を繰り返すと、大した決意を固めた様子も無く壁から出て、近付いてくる敵に向かって引鉄を引き始めた。

 一人に対して三発を撃ち込んで確実に殺して次へ。しかし、決して綺麗な姿ではない。むしろ、喜々として人殺しを――いや、銃を撃つことそのものを楽しんでいるように見える。これこそが那由他の言っていた烏丸がヤバい真実だ。烏丸は〝トリガーハッピー〟――つまり〝乱射魔〟だったのだ。

 壁を背にして応戦する烏丸は先に片方の弾倉を空にして、残った銃で撃ちながら慣れた手付きで弾倉を交換し、再び撃つ。その動きを見ただけでも相当手慣れているのがわかる。

「んっ!?」

 敵の陣形に違和感を覚えた烏丸は撃つのを止めて辺りを見回すと、敵の撃ってくる手は止まっていた。銃を構えたまま気配を探っていると、木々の間から近付いてくる複数の人影が見えた。

「ああ――中々良い考えですね」

 向かってくる敵は二人一組で、顔の前で腕を組んだ兵を盾に後ろの兵が銃を構えていた。いわゆる肉の壁というやつだ。撃たれることを前提にした人の盾など、本来なら撃つほうも撃たれるほうも躊躇うものだが――烏丸は違った。

「それが何か? といった感じです」

 一切の躊躇いも無く引鉄を引くと盾にされた兵の脚を銃弾が砕き、倒れ込んだところで銃を構えた兵を撃ち殺す。顔色一つ変えずに十人を撃ったところで、気配を感じて顔を横に反らすと銃弾は壁に減り込んだ。

「山猿のボスが下りてきましたか――ねっ!」

 次々に撃ち込まれる銃弾を避けながら撃ち返すが当たっている感覚は無い。銃撃戦をやりながら森の中へ這入っていくかと思ったが、敵の位置が正面から移動したのを感じて、烏丸は銃で牽制しながら正面に向かって駆け出した。

 ノウのようにアンテナがあるわけでは無いが、戦闘の最中で烏丸も感覚を取り戻しつつあった。周囲を取り囲んでいた敵の数――気配――殺気。それらを総合的に判断して真っ直ぐに進めば敵の戦車があると踏んで、敵兵を撃ち殺しながら進んでいく。

「撃ち合いもいいですが、まずは二台目の戦車を落とさせてもらいます」

 順調に進んでいたが、視界に捉えた戦車の前に並んで銃を構える兵を見て即座に横に飛び跳ね、木の後ろに身を隠した。

「っ……ああ、なるほど。やってくれたな、ボス猿がぁ……ここに来ることまで計算付くってことか」

 まるで人が変わったように雑な言葉遣いで言って吐き捨てた烏丸は口角を上げたまま弾倉を入れ替えて、周囲を探るように瞳だけを動かした。

 ――背後から挟み込まれている気配はないが、左右に展開していて、そのどちらかに指揮を執っているボス猿が居る。

「上~等っ……そっちがその気なら遠慮はしない」

 発煙筒を二つ取り出すと一つを正面に、一つをそれよりも手前に投げると辺りが白煙に包まれた。そんな中で発砲を始めた烏丸も当然、敵と条件は同じだ。しかし、撃った弾が敵に当たるのは経験則によるものだった。言ってしまえば、ただの勘だが、それでも確実に敵を撃ち抜ける勘だ。烏丸の実力が窺い知れる。

 たった一人で五十余人は倒しただろうか。集中力を切らしたわけではないが、つい残っている弾を数え忘れていて弾切れを起こし、一瞬だけ弾倉交換に遅れたところを狙われて肩に銃弾が当たった。

「っ――」

 幸いにも防弾チョッキの上で弾が抜けることは無かったが、軋む感覚から骨にヒビが入ったのだろう。動かすことも引鉄を引くことも可能だが、感覚の鈍りと反応速度の遅れのハンデを負うことになった。

「だからと言って――っ!」

 弾倉を交換した烏丸は変わらずに銃を撃ち続けるが、その衝撃を受ける肩にはジンジンと鈍い痛みが走る。

 次第に煙は晴れていき銃弾も止んだ。そして――倒れた兵の周りには烏丸に銃口を向ける兵が居た。倒れている兵が物語っているように、相当な数を倒したはずだったが、それでもまだ足りなかった。

 仮に煙の幕が無くとも、残っている敵を倒すことは容易い。未だ指揮する男を倒せていないこともわかってはいるが、それよりも問題なのは目の前の戦車の砲筒が極限まで上に向けられていることだ。周りの兵を倒したところで戦車の弾を撃たれてしまっては意味が無い。こうして向かい合っているのに撃たないのは牽制して烏丸を捕虜にし、情報を引き出そうと考えているからだろうが、烏丸にとって問題なのは敵に捕まることでも戦車の弾を基地に撃ち込まれることでもない。重要なのは敵の侵攻を遅らせることだ。つまり、今こうして向かい合ってどちらとも動かないでいるのが最適解だと確信している。が、それがあくまでも理想論でしかない。

「状況から考えて私は不要――相討ちが良いところですかね」

 戦況がわからない以上は捕虜を取るより排除して侵攻するほうが正しい。詰まる所、二台目の戦車を破壊することは適わなかったが、元から言われていた敵兵の三分の一は倒すことができた。ただの一人でそれを行ったのだから上出来と言えよう。

「などと――誰が言うかぁ!」

 左側の兵を狙い撃ちながら他の兵を牽制しつつ蛇行して向かっていくと、倒れかけた一人の襟元を掴んで盾にしながら撃ち返した。予想外の反撃だったはずだが、機械的に烏丸を狙う敵兵は、盾にされているのが味方と知りながらも躊躇うことなく引鉄を引いていた。

「っ――キッツイな」

 構えていた銃の弾倉がもう少しで空になってしまう。撃ち尽くしたらすぐに弾倉を交換して――と、考えていたとき遠くから近付いてくるヘリの音に気が付いた。味方の援軍にしては早すぎる。それなら敵かと思ったが、周りの兵の様子を見るに増援では無いようだ。

 ならば? ――と烏丸が疑問符を浮かべていると、地上ギリギリまで降下したヘリから一人が飛び降りてきた。しかも、それは戦車の真上で――手に持っていた手榴弾を投げ落とした。

「ちょっと待っ――!」

 急いで木の裏へと逃げ込んだ烏丸は間一髪、爆発から逃れた。

 空になった弾倉を入れ替えてから覗き込むと、そこに居たのはショートカットで背の低い、まるで少年のように見える少女だった。背負っているバックパックが全身を覆い隠してしまうほどにアンバランスである。

「にゃっ、はは――爆発は芸術だーってね。久しぶりだね、刹那。ボクに会えなくて寂しかった?」

「モコ!? どうして貴女がここに?」

「そう、梟谷模糊ふくろうだにもこちゃんですよー。白鷺隊長からの命令でね。ボクと鷲尾のおっちゃんだけ先行することになったんだ。向こうはそろそろ室町? 少佐のほうに着いているんじゃない?」

「そうですか、白鷺中尉が……それに鷲尾さんも来ているんですね。形勢逆転とまではいかなくとも、役者は出揃った感じですか」

 しゃがみ込んでいる烏丸に合わせるように身を屈める梟谷はスッと手の中に投げナイフを取り出すと、背後の爆発の中で生き残っていた兵に対して、そのナイフを投げ付けた。するとナイフの刃が突き刺さった瞬間に爆発を起こして体が弾け飛んだ。

「鷲尾のおっちゃんもボクもいまいち今の状況が掴めてないんだよねー。実際どうなの? そのー……ノウさん? って人は」

「ノウさんですか? どう、と言われても困ってしまいますね。推し量れないと言いますか……少なくとも違う世界の人間なので、私たちの尺度で測れる人ではないですよ。というか、モコ。また改良しましたね?」

「にゃっ、はは。やっぱり気が付いた? 指向性を持たせてみたんだよねー。まぁ、他にも色んな種類はあるけど、爆弾には変わりないね。刹那もボクみたいに作りながら戦場に出てればもっと楽しめるのにー」

「良いんですよ、別に私は。研究職もそれなりに楽しんでいましたから――ねっ!」

 炎上する戦車の向こうから姿を現した敵兵に向かって引鉄を引きながら烏丸は確信した。まだ、指揮を執っている男は生きている、と。そうでなければ、目の前で爆発が起きているのだから怯むことなく突っ込んでくることはしないだろう。

「刹那の考えていることはわかるよ。雑魚はボクに任せて、ボスを倒してきなよ。それともボクの爆弾で、この辺り一帯を吹き飛ばそうか?」

「……いえ、私が仕留めます。けれど、この辺りを吹き飛ばすのは良い考えですね。策があります。モコの力を貸してください」

「うん、いいよ。元よりボクはそのために来たんだ」

 こちら側の最重要目的は敵の侵攻を遅らせること、だ。それを念頭に置きながらも、烏丸は不敵な笑みを浮かべて銃を構えるのだった。

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