5-1

 あと十数分で日の出となる。今のところアンテナで把握している限りでは武装兵が広域に散布して潜んでいるのと、戦車が八台ほど配置されている。

 これだけの数がどこから――というのは愚問だな。

 今、この国と戦争している相手が俺と同じように別の世界からきた奴なら、離れた場所に人や物を送るような類の魔法を使ったのだろう。とはいえ、それを伝えたところで意味は無い。結局のところは敵のボスを倒すことができるのは俺だけなんだろうから、どうにかして引き摺り出したところを叩くしかない。

「……烏丸。今更の確認だが、お前戦えるのか?」

「ええ、ノウさんが思っている以上にはそれなりに。念のため、戦闘が始まったら私の近くにはいないほうが良いと思います」

「そうか。心掛ける」

 烏丸は二丁のアサルトライフルを用意して服の至る所に弾倉を詰めていた。その手慣れた手際と、醸し出される雰囲気から確かに戦闘経験があるように思える。そして室町は、その二つ名の通りスティンガーと呼ばれるロケットランチャーを傍らに置いて、グレネードランチャーという銃も準備していた。どうやら、ランチャーと名の付く武器が好きらしい。

「二人とも、開戦の合図はわかっているな? 俺はアンテナがあるから全体の動きを把握できるが、お前らはどう動く?」

「私と室町少佐で左右に分かれながら向かってくる敵を片付けます。ノウさんは?」

「俺は厄介そうな戦車を引き受けよう。敵の火力を潰せば侵攻も遅れるはずだ。一応は夜のうちに至る所に壁を作っておいたから好きに使え。だが、過信はするなよ。たかが壁だ」

「よぉおおし、久方振りの戦闘だ。血沸くじゃねぇか。なぁ?」

 室町は俺の話を無視するように言葉を続けるが、別にそれでも構わない。こっちの世界ではどうか知らないが、向こうの世界では我を通す奴が意外と戦えたりするからな。

「日の出の時間も迫っています。そろそろ予定した配置に向かいましょう」

 そう言って烏丸は右へ、室町は左後方へと歩き出した。

 どうやら敵も動き出した。装備は烏丸とは違うアサルトライフル一丁か。あの程度なら当たったところで問題は無い。しかし、相手も魔法を使えることを前提に考えておいたほうが良い。

「ま、これまで魔法を使わなかったことを思えば微妙なところではあるが……さて、大戦だ」

 向こうの世界では時代そのものが大戦みたいなものだからな。こうやって大勢を相手にするのは初めてだが、戦い方は心得ている。どうとでもなるだろう。問題は昨夜、状況確認にやって来た援軍が、ちゃんと増援を呼んでくれているかどうかだ。敵は潜んでいることがバレていないと考えて、来て戻るヘリを撃ち落とすことはしなかったが、あとは前線にいる京の父親に任せるしかない。

 それはそれとして――日の出だ。

 辺りに日差しが降り注ぐと同時に、敵は開戦の狼煙を上げた。だが、その煙が空高くまで届くよりも先に、山荘の屋上で構えていた鳩原はライフルの引鉄を引いた。響く銃声と同時に左右に分かれた烏丸と室町は行動を始めた。

 広がる爆発音と反響する銃声。場が荒れれば荒れるほどに俺は動き易くなる。とりあえずは手近な戦車を潰しに行くか。

 正面、八百メートル先に砲筒を稼働させている戦車が一台。派手に壊せば、今よりも警戒させることになる。魔法は無しだ。聞いた話では、戦車はヘリコプターよりも頑強に造られているから俺の剣でも切れるかどうか怪しいらしい。そんなのはやってみなければわからない。

「見つっ、けた!」

 戦車の周りを警護するように立っていた敵を斬り裂いて、流れるように砲筒を斬り落とした。ここが斬れるってことは、本体も斬れるってことだ。とはいえ、いくら俺でも斬撃を飛ばしたりは出来ない。剣の長さも変えられないのなら――削ぎ落とすしかない。

 グッ、と力を込めて踏み込みながら剣を振り下ろして、まずは正面右の側面、次に正面左の側面を削ぎ落として、同じ要領で繰り返す。だが、それと同時に戦車の中にある弾頭や、爆発しそうな物は傷付けない。

「っ――しょっ、と。こんなものか」

 中に居たらしい二人もバラバラに解体してしまったが、爆発しなかっただけ良しとしよう。

 しかし、さすがに数が多いだけあって後続の兵が前に詰めてくるのも早いか。この場は鳩原に任せるとして、次に近いのは左舷の室町のほうだな。

「ん――ちょっと待て」

 室町のスティンガーが森の中に潜む戦車に照準を合わせると、ミサイルが放たれた。すると、見事に直撃して戦車は大破し、その周りにいた兵たちも爆風と破片を受けて地面に倒れ込んだ。

 こっちは任せても大丈夫そうだな。なら右舷の烏丸のほうに――

「っと。……俺の存在意義が無くなりそうだな」

 アンテナで捉えたのは、二丁の銃で敵を撃ちながら戦車まで近付いた烏丸が開いたハッチの中に手榴弾を投げ込む姿だった。

「残りは五台。それなら――」

 左右に分かれた二台は任せて、俺は正面で稼働する他の三台を潰すことにしよう。すでに二人が派手にやってくれたからな。遠慮する必要も無い。進む先には銃を構えた三十人の兵隊――どうってことはない。

「敵が来るぞぉおお! 構えろ!」

 叫ぶ端からその体を刻んでいく。せっかくの森の中なのだから、声を出したらその利点が失われると気が付かないのか。

「ん――っ!」

 飛んできた銃弾が額に直撃した。普通に痛いが、痛いだけだ。拾い上げた石を、撃ってきたほうに向かって投げれば、上手いこと木の上からこちらを狙っていた狙撃手に当たって地面に落ちた。

 アンテナのおかげで戦車の周辺に兵が集まっているのがわかる。こちらの基地を落とすためには少なからず火力のある兵器が必要になるから守っているのだろうが、好都合だ。

 近付いてきた一人を突き刺してから、木を足蹴にして空高く跳び上がった。潜んでいる位置はわかっているけれど視認する必要があった。

「かなり絞った――『火球』!」

 こちらの世界では想定外の威力になる魔法も、多少セーブすれば問題なく使える。とりあえず今は周りに燃え広がらなければそれでいい――と、思いながら魔法を放ったおかげか『火球』は戦車に直撃すると燃え上がり、周りにいた者も爆発に巻き込んだ。残った奴は鳩原に任せて、次だ。

 さすがにこちらの動き方がバレているのか降り注ぐ銃弾が鬱陶しい。不意を突かれない限りは剣で弾くか避けるかをするが、弾幕を張られては進むのも難しくなる。とはいえ――悠長なことも言っていられないらしい。どうやら戦車が発射の態勢に入った。

「間に合わないか。角度と距離はわかる。威力まではわからないが――『石壁』!」

 地面に手を着いて薄いが高い『石壁』を五枚ほど出現させた。その直後に放たれた戦車の弾が壁に当たると、突き破りながらも威力を落としていくと五枚目に当たったところで完全に停止した。その瞬間に一気に距離を詰めて一台目と同じように斬り刻んだ後、ダメ押すように『火球』で周囲の敵を一掃した。

 これで漸く五十人前後ってところか? 全体の動きはなんとなく掴んでいるが、少し確認しておこう。

 そうは言っても右舷左舷ともに鋭意戦闘中だ。未だ、どちらともに戦車を破壊するに至ってはいないが、向こうも基地を狙える地点まで移動しなければ意味が無いから侵攻を遅らせることはできている。意外だったのは烏丸の鬼神染みた攻めだが、京には黙っておくことにしよう。

「……数が増えたな。二……三人?」

 たかが、と言いたいところだが、雰囲気が違う。そろそろかと思っていたが、案の定動いたな。おそらくは魔法で強化された人間だ。一人は後方に留まって、一人は仲間を引き連れて右舷へ。最後の一人は俺のほうへと向かってきている。

「なら、こちらから行ってやろう」

 木々の間を縫うように、銃を構える敵を斬りながら進んでいくと、正面から倒れてくる大木に気が付いてギリギリで避けられた。が、突然目の前に大柄の人影が見えた。

「貴様がそうかぁああ!」

「なんっ、の話だ!」

 振り下ろされた長物を剣で防げば、鉄同士の激しい音が鳴った。鍔迫り合い、というやつか。

「貴様がっ! 我が同胞を殺す不埒ものだな!?」

 その言い方からすると俺が別の世界の人間とは知らないようだ。だが、こいつの纏う雰囲気からしてもこの世界の人間だとは考えにくい。何より、こっちの世界では科学が発達していて、剣よりかは銃を主力としているはずだ。もちろん例外はあるにしても、こいつは違う。

「悪いが遊んでいる暇はないんでな」

 鍔迫り合った状態から剣を滑らせながら体を引けば、相手はバランスを崩した。その瞬間を逃さずに踏み込みながら剣を振り下ろした――のだが、その体に剣が弾かれた。

「その通りだ。遊んでる暇はない。これは――殺し合いだ!」

 それについては全面的に同意だが、だとすれば仮に今の状況を最善だと思っているなら間違っている。強者を俺に差し向けたつもりでいるのか、それとも俺の足止めをして兵を進めて基地を落とすつもりでいるのか知らないが、そもそも今回の戦闘に関して言えば、俺に気取られる時点で間違っているんだ。

「体格の良さや剣術は別にしても、その体の丈夫さは普通じゃないな」

 おそらくは防御魔法の一種だろう。俺の剣を弾くほどの硬さは厄介だが、方法が無いわけでは無い。

「んじゃあ、ま、『火球』」

 ほぼ零距離の『火球』だ。

「ぐっぬぉおお――効かん!」

「いや、効いてるだろ」

 低火力だが、その身に魔法を受けて姿形を留めているのも凄い。だが、確実にダメージを与えている。魔法耐性には限界があるし、何より人間であるならば死なないことは無い。

「貴様は! 我が殺す!」

「だろうな」

 斬り付けてくる剣を弾き、こちらが斬り付ければ弾かれる。十回に一度、相手の体まで刃が届いてもお互いに致命傷は与えられない。こうして力が拮抗するような戦いは初めてだ。

「っ――!」

 アンテナが反応したほうに意識を向ければ左舷で戦っていた室町が血塗れで敵に囲まれていた。ここで一人が抜ける穴は大き過ぎる。助けに――

「どこに行くつもりだ!」

 振り下ろされた刀は避けられても、助けに行こうと背を向ければ、こいつの速さなら追い付かれる可能性が高い。面と向かっていれば相手をするのも訳無いが背後を取らせるのは面倒だ。

「ちょっと野暮用を思い出してな。お前の相手をしている暇が無いんだ」

「行かせると思うのかっ!? 貴様はここで死ぬんだ!」

 まぁ、そうなるよな。だが、なんとか持ち堪えている室町も、いつまで抵抗を続けられるかわからない。

「悪いが――ん? ああ、いや、本当に……悪いな」

 踵を返して駆け出すと、追って来ようとする男に対して、山荘の屋上から放たれた銃弾が直撃した。

「良い腕だ! 鳩原。っ――邪魔だ!」

 左舷へと向かいながら銃を構えてくる兵を斬って進んでいく。スティンガーを撃ち尽くしてグレネードランチャーで応戦している室町だが、すぐ近くまで戦車が迫ってきている。まさか一人の人間に対して戦車の弾をお見舞するつもりなのか? ……間に合わない。

 なら『火球』か『石壁』を使うか? いや、どちらにしても確実に助けられる保証が無い。位置と、距離と、すでに稼働している戦車――どうしたってあと一歩が足りない。死ぬこと自体は仕方の無いことだが、まだ今では無い。しかし――

「ん――また新手か?」

 今度は空から高速でヘリが近付いてくる。だが、敵のような雰囲気も無く、武器などの装備も無い。戦場を大回りしながら右舷の烏丸の近くで一人が飛び降りて、次は間違いなくこちらに向かってきている。

 気になるところだが、今は室町だ。走りながらも木々の間から視認することができた。血塗れのまま地面に片膝を着いてグレネードランチャーに弾を込めているが、百メートルほどまで迫っている戦車に気が付いていない。俺の足で間に合わないのなら誰にも間に合わないだろうが、よりにもよって導線の間に敵が潜んでいる。今は相手をしている数秒も勿体無い――いや、違う!

「丁度いい! お前の体を借りる!」

 俺の進行を遮ろうと横から出てきた兵の胸倉を掴んで、勢いのまま室町のほうへと投げ飛ばした。すると、満身創痍の室町は斜め後ろから飛んでくるモノに気が付かず、見事に直撃して地面に倒れ込むのと同時に、放たれた戦車の弾は放り投げた男に当たって体が弾け飛んだ。火薬が入っている弾でなくて助かったな。

「『石壁』!」

 室町の正面に『石壁』を作って駆け寄ろうとしたのだが、すぐ後ろから近付いてくる気配に気が付いた。

「面倒くせぇ――『鉄錬金』」

 剣を籠手に変化させて、男が近付いてくるのを待ってから振り返り際にその顔面目掛けて拳を振り抜けば突っ込んできた威力も加わって派手に吹き飛んでいった。

「ぐぅううう……はぁああああ! 貴様を殺す! 今殺す! ここで殺す!」

 完全に頭蓋骨が砕けたはずだが、それでも修復するほどの防御魔法――いや、再生魔法か? どちらにしたって、これで確証を得た。敵の大将の魔法レベルは俺よりも上だ。しかし、だとすれば何故俺がこの世界に呼ばれたのかってことだが……大体の予想は付く。向こうの世界からいなくなっても大して問題にはならない奴を選んだ結果が俺だったわけだ。控えめに言わなくとも最弱で――それでもこちらの世界でならそれなりに戦える俺が選ばれたのはそんな理由だろう。が、完全な人選ミスだ。

「室町! こいつの狙いは俺だ! 動けるなら後退しろ!」

「っ、わかった!」

 そうは言っても満身創痍なことに変わりはない。室町が事前に作っておいた『石壁』まで後退するのが先か、敵が戦車ごと前進してくるのが先か。もしくは――俺が負けるのが先か。

「殺しても死なねぇ、ってことか。似たような魔物を知っているが、殺し方は一つだ。死ぬまで殺す。『鉄錬金』」

 籠手を剣に戻して構えたのだが、空を通り過ぎるヘリから一人が飛び降りてきたことに気が付いた。

「室町少佐ぁあああ! 助太刀に来ましたぞぉおおお!」

 叫びながら降りて――落ちてきた男は、俺の目の前で刀を構えた男の真上に着地した。つまりは、ぐしゃりと踏み潰したわけだ。

「ん? 少年は……ああ、白鷺中尉より聞き及んでいた少年、つまりノウくんとやらだね。吾輩は鷲尾塵わしおじん。階級は少尉である。んん? 何やら不可思議な顔をしておるな。ああ、どうして吾輩がこの場に馳せ参じられたのか、であるな? なぁに、簡単な話。白鷺中尉の命により、吾輩ら元白鷺隊が先んじて援軍を任せられたからである! さぁ、敵はどこだ?」

「あ~……鷲尾、か。ってことは、右舷で降りたのは梟谷だな。援軍は有り難い、が……」

 目の前で訊いてもいないことをつらつらと語ったのは全身に鎧を纏って巨大なハルバードを担いだ男だった。こちらの世界ではどう考えても異様な存在だと気が付いてはいるが、纏う雰囲気は向こうの世界の戦士に似ている。

 いや、まぁ、実態そんなことはどうでもよくて――この援軍、頼りにはなるが……ちょっと癖が強くないか?

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