4-4
屋根の無い倉庫に集まったのは五人だった。
烏丸と那由他、それに室町少佐と、その部下の少尉、そして――ノウだ。
「あ~、なんだ……とりあえず……いや、待て待て……さっぱり意味がわからん! 別の世界だと? そんなことを信じられると思うのか!?」
葉巻を蒸かしながら至極真っ当で正鵠な意見を言う室町に対して、誰一人としてぐうの音も出ない顔をする。それぞれに自覚がある以上は説明が厄介だと思うのも然も有りなんだろう。だからといって、烏丸などに見せたように魔法を見せないのは、室町がそういうことで納得するような人間ではないと直感しているからだ。自らの価値観を持っている者を信じ込ませるには、その価値観に従う必要がある。もちろん、その価値観を壊すという考え方もあるが、話を円滑に進めるためにはこの場の総括である室町に自分自身を見失わせるわけにはいかない。
「いえ、室町少佐の仰る通りです。普通ならば到底信じられることではありません。けれど、私や鳩原軍曹は殊更に普通でないことへの耐性があるので疑いつつも信じることができるのです。なので、彼を信じてほしいとは言いません。ですが、事態は一刻を争うのです」
「そうだぜ、室町のおっさん。今こうしている間にも
しゃくり上げるように言った那由他に対して、室町の横に座っていた少尉はテーブルに拳を落として立ち上がった。
「口を慎め、軍曹!」
「ああん? なんだ、おい、腰巾着野郎。階級が上だからってあたしに勝てるわけじゃねぇ、ってことを教えてやろうか?」
今にも掴み掛りそうな二人を見て、室町は少尉を、烏丸は那由他を止めた。
「……まぁ、少なくとも君らが――鳩原が嘘を吐くような奴とは思っていない。だから、そこの彼が別の世界から来たかどうかは措いておくにしても、敵が迫っているという事実は信じよう。……敵が迫っているのなら殲滅するだけだ。総員第一級戦闘配置に――」
言い掛けたところで、ノウは開いた脚の間に立てていた剣で地面を突いた。
「待て待て。数も装備も向こうのほうが上手だ。無駄に部下を死なせたいのなら別に構わないが、そうじゃないなら止めておけ。だろ? 烏丸」
「そうですね。全面交戦に出るのは得策ではないと思います。そもそも、ここは前線では無く防衛ラインです。しかも第三の。しかし、前線にしても他の防衛ラインにしても、ここ数日で突破されたとは考えにくいです。敵の目的がわからない以上は防衛に徹して、増援を待つべきです」
「烏丸中尉、そんな悠長なことを言っていられる状況だと思っているのか? 敵がここまで攻めてくるには、少なくとも二つの基地を超えなければ不可能なはずだ。だとすれば、増援など望んだところで無意味だ! 故に、向こうが我々が気が付いていることを知らない今こそ、先制攻撃をするべきなのだ!」
「素面になれよ、室町のおっさん。忘れたのか? 前線を指揮しているのは白鷺のおっさんだぞ? たった一日や二日で負けると思うのか?」
そう。前線を指揮しているのは、軍の上層部ですら手放したくないほどの策士、白鷺だ。そして、その実力は烏丸と那由他はもちろんのこと、室町も理解している。だからこそ、時間的にも実力的にも前線を含む二つの基地が潰されたとは考えにくい。
訪れた沈黙の中で、室町は銜えていた葉巻の先をテーブルにねじるように揉み消した。
「ならばどうしろというんだ? 仮に防戦に回ったところでこちらが使える兵器も武器も少ない。敗戦は濃厚……そもそも、奴らは一体どこから湧いてきたのだ!?」
「それは私たちにもなんとも……」
口を噤む烏丸に対して、ノウは静かに溜め息を吐いた。
「はぁ……詳しいことは聞いていないが、この戦争は何年も前から起こっているんだろう? だったら簡単なことだ。その数年で、どうして前線の位置が変わらずに一進一退を繰り返しているのか――答えは奇襲を仕掛けるために地下に道を作っていた、でどうだ? 挟撃の恐ろしさについてはお前らだって知っているだろ?」
この場でノウだけは、別の世界から来て自称・神の言葉を聞き、その真意を知っているノウだからこそ大まかの想像が付いているが、この場で求められているのは合理的な説明だ。
「……確かに有り得ない話ではないな。それなら、わざわざ通信を遮断した理由にもなるか。……烏丸中尉、援軍は間に合うと思うか?」
その問いかけに、テーブルに肘を着いて口元を隠すように手を組む烏丸は眉間に皺を寄せて苦い顔をした。
「基地の総員で防衛に当たるとすれば――間に合わない、でしょう。今日はすでに昼を過ぎているので敵も攻めてくることはないでしょうが、夜に状況確認の援軍が来て、人員を揃えて翌日に来るとしても、おそらくは翌日の十二時前後。日の出と共に開戦したとしても、ここの戦力では持って三から四時間でしょうから……敗戦は濃厚です」
すると、室町は握った拳をテーブルに突き立てた。
「だとしてもっ! 戦わない理由にはならん」
敵前逃亡は死刑――とまではいかないが、昔気質の室町にとっては似たようなものだ。戦わずに背を向けるくらいなら腹を切るし、大義のためならば死ねる人間なのだ。
そんな決意を現すようにギチリと筋肉を鳴らすほど腕に力を込めた室町を見て、烏丸と那由他はアイコンタクトをして口を開こうとした。が、間を割るようにノウが立ち上がった。
「俺が前線に立つ。数が数なだけに勝てるとは言わないが、それでも侵攻を遅らせることはできるだろう。明確な実力は知らないが烏丸も鳩原もそれなりに戦えるのなら、防衛に加われ。そうすれば、援軍が来るまでは凌げるはずだ」
ノウの言うことは正しい。だが、それを承服できるかどうかは、また別の話である。
「いえ、それは駄目です。貴方を前線に立たせるわけにはいきません、ノウさん。貴方にはこの場に残ってもらって京さんを守っていただきます。その代わりに、私と那由他が前線に。これでも、大勢を相手にする戦いは慣れているつもりなので」
「だな。これはこっちの世界の――この国の戦争だ。無関係のあんたの手は借りねぇよ」
そう言って新しい煙草に火を点けた那由他が煙を吐き出していると、ノウが目の前までやって来た。
「向こうの世界では、勝てない相手だとわかっていても戦わなければならない時がある。自分の命は二の次で、見知らぬ誰かを守る――そういう世界だからだ。だが、どんな死も意味のある死だ。……お前ら二人はどうなんだ? それは――意味のある死か?」
毒気の無い言葉ではあったが、勢いよく立ち上がった那由他は煙草を銜えたままノウの胸倉を掴みかかった。
「ああん? あんたの世界の話なんか知ったことか。こっちにはこっちの流儀があんだよ。死ぬことに対していちいち意味なんか見出してんじゃねぇ。あんたは黙ってガキの子守りでもしてりゃあいいんだよ」
「はぁ~……」
睨み合う二人を見て、烏丸は深く溜め息を吐いた。
住んでいた世界が違うのだから価値観が違うのは当然だ。もちろん、いずれはぶつかり合うことも想定していたが、予想もしていなかった事態が起きていることを思えば、こうなると予期していなかったのもおかしな話だ。
「落ち着いてください、二人とも。ノウさん、別に私たちも死ぬつもりはありませんし、死なない方法も熟知しているつもりです。那由他も、戦っている相手が誰かわからないほど考え無しだとは思いませんが」
「……はっ。さぁな、いったい誰と戦っているんだか」
吐き捨てるように言いながら手を放した那由他は椅子に深く腰を下ろすと、その長い脚を組んで苛立ちと一緒に煙を吐き出した。
「ともかく、ですね。室町少佐と以下基地の人間はバリケードを張って防衛の準備をお願いします。この辺りで一番高い建物は山荘なので、那由他は屋上で敵の監視と援護を。……この場に那由他が残るといっても、その長距離狙撃は強力なので手を抜かれては困ります。どちらにしても京さんを守るために残る人員が必要になります。だから――」
「だから、お前が残れ。烏丸。普通に考えれば、京の父親から信頼されているお前が残るべきだろう。違うか?」
「……違くは、ありません。けれど、やはり貴方を戦わせるわけにはいかないのです。私には、そうしなければならない責任があるんです!」
ノウの言うことは正しい。だが、それと同等に烏丸の言うことも間違ってはいない。だからこそ、互いに譲ることができないのだ。
睨み合いというよりは、視線で意志の押し付け合いをしている二人を見兼ねた室町が口を開こうとしたとき、徐に倉庫の扉が開かれた。
「あの、私の話をしているなら私にも発言権があると思っていいですか?」
遠慮がちに手を挙げながら這入ってきた京は、静かに返答を求めた。
「京さん……ええ、もちろんです。何か意見があるのなら言ってみてください」
聞くかはわかりませんが、と付け加えそうな口調だったが烏丸はそこで口を閉じた。
「じゃあ……あの、私……別に守られたいとか思ってないんで、勝手に話を進めないでください。パパ――お父さんに言われているんです。自分のことは自分でやれって。知ってますよね? 私のお父さん。あ、ちょっといいですか?」
少尉がテーブルの上に置いていた拳銃を手に取った京は、慣れた手付きで弾倉を抜き、スライドを引いて銃身の中を確認すると、再び弾倉を戻して構えて見せた。
「一応、これくらいのことは出来るんです。それに、今の私は看護士です。仕事は怪我人を治療すること。だから、元気なお二人が居ても逆に邪魔……かな? って感じなので、私のことは気にせず好きにしてください。そうじゃないと、烏丸さんのことも鳩原さんのこともお父さんに告げ口しちゃいますよ?」
「っ――」
「おい、マジか?」
「……?」
京の言葉に烏丸は体を震わせて、那由他は目を見開いた。何のことだかわかっていないノウは疑問符を浮かべているが、二人の反応から察するに京の父親が怖い人だという想像がついた。
「やり込められたな、烏丸中尉。それで、どうする? 一回りも年下の女の子にこれだけのことを言われても、まだ自分の意志を通すのか?」
室町からの問い掛けは烏丸にだけ向けられたものでは無かった。
徐に瞼を閉じたノウは、静かに息を吐いた。
「烏丸、お前が決めろ。勝つための最善手はなんだ? 俺を押し込めるんでも構わないが、有効的な使い方をオススメする」
考えるように目を細めた烏丸は、手で隠れた口元の口角をゆっくりと上げた。
「……でしたら、やりましょう。私とノウさんが前線で敵を押し留めます。那由他は援護を。それでも辛うじて足りない気もしますが――やるしかありません」
「ああ、待て。ならば、私も行こう。これでも『発射台』の名は伊達では無い。先程の少年の問いに答えるならば――仮に私が死んでも、その死には意味がある。一分でも一秒でも部下が生き残る確率が上がるのなら、それだけで私の死には価値がある。そう思いたいのだ」
力強い視線を向けられたノウは、渋々といった顔で頷いて見せた。
「では、前線は室町少佐に私、ノウさんで、那由他には援護をお願いします」
「ああ、任せておけ。少尉、スティンガーの準備だ」
「はい! すぐに!」
「ま、あたしのやることはいつもと変わらねぇさ。向かってくる奴らの脳天をぶち抜くだけだ」
倉庫を出ていく室町と那由他は、そこに立っていた京の頭をついでのように撫でていった。そして、次に近付いてきた烏丸が京のことを大事そうに抱き締めると、手を引くようにして倉庫を後にした。
一人残されたノウは、ドアでは無く破壊されて吹き抜けになった壁があった場所から外へ出て、敵の居るほうへと視線を向けた。
「……大地に向かって叫べ、か。まさしく、って感じだな」
どんな時でも諦めて天を仰がずに、大地を踏み締めて進め――ノウの家に伝わる言葉を体現しているのは誰よりも、別の世界の人間である彼ら、彼女らな気がする――と、そう感じてノウは剣を強く握り締めた。
どう考えても、状況は最悪だ。どれだけノウが強くても、烏丸や那由他が戦える側の人間だったとしても戦力差を覆せるほどではない。どう足掻いても、策を練ろうとも現状では、勝ち目は無い。勝つためには数手足りない――しかし、ノウは諦めてはいなかった。
大地に向かって叫べ――と心の中で叫ぶ。
最弱が――叫んだ。
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