4-3

 目も霞むような上空で自称・神に対する悪態を吐き終わり、屋上へと降りてきたノウは、アンテナを張り巡らせながら集中するように息を吐いた。

「……あれが室町。堅物そうに見えるが……どうだろうな」

 暫く倉庫内での会話を聞いていると、移動を始めたのと同時に別のところの動きに気が付いた。下の階から一人が屋上に上がってくる。

「ノウさん……?」

 寝惚け眼で屋上へとやってきた京はノウを見つけると駆け寄っていき、首を傾げて周りを見回した。

「えっと……烏丸さんと鳩原さんは?」

「京、お前一度も起きなかったのか。それはそれで大したものだが……下を見てみろ」

 そう言われて屋上の欄干から身を乗り出して地上を見下ろした京は、その光景に目を見開いて愕然とした表情を見せると呼吸が激しくなって背中を丸めた。

「はっ――はぁ、はぁ、はぁ……な、なんですか? いったい、何が……?」

「襲撃されたんだ。こんなもので済んで幸いだったと思うべきだろうな」

「襲撃……その間、私はずっと眠っていたということですか……? なんで――」

「いや、むしろ眠ったままで良かっただろう。京がこの場に居たところで何かが変わったわけでは無いし、守るには山荘の中にいてもらうのがベストだった。わかるよな?」

「……はい、わかります」

 怒っているわけでも無いのだが、京の反応で結果的には反省させる感じになってしまった。

「まぁ、大して何があったというわけでもないから気にするな。話の流れ的には俺のことも京のことも触れずに進めていくらしいから、それだけは頭の片隅に置いておけ。特に、俺はいないモノとして扱われている」

「わかりました。ちなみに今はどんな状況はなんですか?」

「室町というこの場のトップと烏丸、鳩原が話している。通信機器は相変わらず使えず、別の基地から応援が来るのを待つらしい。それまでは待機だな」

「その間、ノウさんはどうするんですか? いないモノとして扱われているってことは――」

「隠れているしかないだろうな。ま、俺にはアンテナがあるから、問題は無い――っと、そうこうしている間に話を終えた鳩原が屋上に向かってきているな」

 そう言って扉のほうへと視線を向けたノウに釣られて京も視線を向けた。

「…………」

「…………」

 流れる沈黙を気にしないノウとは違って、開かないドアとノウの顔を交互にチラチラと見る京は眉を顰めて、唇をムーッと横に伸ばした。

「それは何を表す顔だ? もう来るぞ。さん――に――いち――」

 ガチャリと開かれたドアからは那由他よりも先に煙草の煙が見えた。

「――そんで? あんたはどう思うよ、ノウ」

「あ~、そうだな。銃弾を受け止めちまって悪かったな」

「はっ、謝られんのも違ぇ気がするな。とりあえずは〝見〟だ。ノウは別にどうでもいいとして……あんたはどうする? ここであたしとノウといるか、下の刹那のほうに行くか」

 那由他は置き晒しにしていたライフルを手に取って弾倉の弾を確認しながら京に問い掛けた。ノウの扱いのぞんざいさは否めないが、そこにあるのは優しさだった。自分が優しくないことを知っているから、選択肢を提示したのだ。残って関わりを断つことも間違ってはいないが、率先して関わっていくもの決して間違ってはいない。問題は、京が何をしたいか、だ。

「あの……私、少しだけ医療関係に携わっていたんです。なので、下の状況からして怪我人が居るのなら、お手伝いをしたのですが……」

 目を合わせないように俯きがちに言った京は、胸の前で組んだ手を揉むように動かしていた。

「怪我人は出ている。手が多いに越したことはねぇだろうな。……行って来い。好きにすりゃあいい。責任は取らねぇけどな」

「……はいっ! 行ってきます!」

 責任という言葉に首を傾げていた京だったが、要は行動の全ての責任は自分で背負え、といことだと気が付いて返事をするとすぐに屋上のドアから出ていった。

「随分と優しいんだな、鳩原」

「ふざけんな。そんなんじゃねぇよ。たとえ、この場にいなくてもノウなら動きを把握できるんだろ? だったら、あたしらで周辺を警戒するこの場に置いておくよりは邪魔じゃねぇ」

「……まぁ、同感だな」

 そうして、二人は索敵を始めた。

 ノウはアンテナの感度を上げつつ今度は地面の中まで探り、那由他はスコープを覗きつつ野生の勘で怪しい場所に焦点を合わせた。

 とはいえ、すぐに何か成果が出るわけでは無い。むしろ、根気と我慢が必要だ。呼吸音が聞こえるくらいの静けさの中で、ノウは医務室で怪我人の治療をする烏丸と京の姿を捉えていた。

「……おい、鳩原。烏丸はどうしたんだ? あれはまるで……焦燥? 何か焦っているのか、それか我慢しているようにも見えるが」

「ああ、あんたにはわかるんだな。さっきの話を聞いていたんならわかってんだろうが、白鷺のおっさんが率いていた隊はそれなりに有名で、あたしも刹那も同じ隊出身なんだが、どうやらあの真面目そうな見た目や言葉遣いで騙されている奴が多いんだが、実際は刹那が一番ヤベェ奴なんだ。たぶん……研究所や内勤になって溜まっていたモノが、一気に溢れてんだろうな」

「なるほど。それで変な感じがしていたのか。まぁ、俺は別に人の心が読めるわけじゃねぇから何とも言えないが……ああいうタイプが一番ヤバいってことは知っている」

「どの世界でも同じか。ちなみにだが、あたしは隊の奴らの中で刹那とだけは絶対に喧嘩したくねぇな」

「へぇ」

 それはおそらく、ノウがミカに思っている感情と同じものだろう。普段は大人しくて真面目だが、怒らせると最も怖いタイプだ。しかも、向こうの世界では喧嘩でも容赦なく魔法を使うし、武器も取り出してくる。もちろん、それぞれが加減をわかっているとしても、理性を失うくらいに憤慨していれば、その限りではない。

 会話もそこそこに再び索敵に戻る二人だったが、ノウは先程の会話を頭の中で反芻しながら疑問符を浮かべた。

「……その白鷺の隊ってのは何人いるんだ? 烏丸と鳩原、あとは?」

 問い掛けられた那由他は、見えない確度で苦虫を噛み潰したような顔を見せて小さく溜め息を吐いた。

「あ~、ま、気になるよな。知っている奴は知っているが、一応は極秘扱いになっていることなんだがよ……ま、あんたなら別にいいか。この世界の人間でもねぇしな。隊のメンバーはおっさんも含めて六人いる。それぞれに特殊技能があって、あたしは当然、長距離狙撃だが、刹那のことは直接聞きな。他人が言うことじゃあねぇ」

「それはそうだな。自分で言うなら未だしも、他人が語ることじゃない。とはいえ、俺の予想ぐらいは話させてくれ。鳩原が長距離なら、他の特殊技能は中距離と近距離、京の父親が策士だとして――あと二人か」

「はっ、近距離と中距離がもう一人ずつだ」

 煙を吐き出すのと同時に誤魔化すように言い放った。

「……ああ、扱う武器の違いとかか? 確かに向こう世界でも小太刀を使って一匹ずつ仕留める奴と大斧を使って薙ぎ払うような奴がいたからな」

「そんなところだ」

「他のメンバーの名前は? 会った時に役立つかもしれないからな」

 ノウがこちらの世界で動き回るのならそれも一理ある。むしろ、各地に散らばっていることを思えば、教えておいたほうが良いのかもしれない。しかし、那由他は躊躇っていた。スコープを覗きながらも、口元をへの字に曲げて考えていた。問題は那由他の一存で教えてしまっていいのか、ということだ。この案件自体は烏丸のもので、隊の全権は白鷺、ひいては軍のものだ。それを自分が言ってしまっていいものかと考えていたが、元より那由他は考える性質では無いのだ。故に、早々に考えるのを放棄した。

「ま、いいか。ご存知の通り隊長は白鷺のおっさんで、刹那にあたし。あとは梟谷ふくろうたに鷲尾わしお……そんなところだ」

「ん、あと一人足りなくないか?」

 勘繰るようではなく、純粋な問い掛けをするノウに対して、那由他は額から一筋の汗を流し、煙草を銜えた口の端から煙を吐き出した。

「……残る一人は雲雀ひばり。だが、会えることは無いから気にするな、ということだ」

「死んだのか?」

「あんた、意外と容赦ないんだな。違う――いや、わからない。正確には一年以上行方不明で死んだものとされている。だから、多分、会うことは無いだろう」

「なるほど。これで六人か。全員に会ってみたいものだな」

「はっ、そんな大層なもんでもねぇがな」

「そりゃあ見る側の違いだろ」

 言いながら笑うノウはアンテナの範囲をギリギリまで薄く広げて山の付近にまで近付くと、そこに一つの違和感を覚えた。確かめるために山側の欄干へと近付いて身を乗り出すと細めた目で焦点を合わせた。

 醸し出す不穏な雰囲気に那由他はスコープを覗きながらも背中越しで気が付いた。

「ノウ、何か見つけたのか?」

「見つけた……ああ、おそらく斥候だと思うが――遠過ぎて気配までは探れないな」

 すると、那由他はライフルを持ち上げてノウの横に並んで同じ方向にスコープを向けた。

「場所は?」

「あ~……こっちの世界でどう言えばいいんだ? 向いている方向から左斜め下だな。そこに人の形をしたものが二つある。……見えるか?」

「左斜め下だぁ? ……さすがにあたしのスコープでも足りないが、長距離狙撃にはこんな距離なんてこともねぇ。威嚇に一発撃っちまおうか?」

 おそらくは木の上に立つノウを見付けたときも、そんな風に軽い気持ちで撃ったのだろう。あの時よりも圧倒的に今のほうが離れているが、それが〝なんてことない〟のであれば、那由他の特殊技能は伊達ではないのだろう。

 しかし、今は状況が違う。

「いや、止めておけ。まだ向こうが気が付いていないのなら好都合だ。俺が斥候に出よう。鳩原、援護を頼む」

「はっ、良いのか? あたしがあんたの背中を撃つかもしれないぞ?」

 冗談では無さそうな声のトーンに視線を向ければ那由他と目が合った。そんな張り詰めた空気の中でノウは微笑んで見せた。

「心配は要らない。俺はお前を信じているからな。それに銃弾なら背後から来ても避けられる」

 その言葉に、那由他は銜えていた煙草を落として笑い声を上げた。

「はっはっは! そいつはそうだったな! だが、どうする? 無線も無しに連絡は取れないだろ」

「その心配も必要ない。この場で呟けば、お前の声は俺に届く。まぁ、鳩原に俺の声は届かないが、問題ないだろう。じゃあ――行ってくる」

 またも屋上から飛び降りたノウを、那由他は見失わないように開いた両目で確かに捉えていた。

 それにしたってノウの移動速度は尋常のモノではない。木の上を跳ねるように走る姿はまるで、地上を走っているのと変わりがない。

「そりゃあそうだ。常人じゃねぇんだからな」

 呟くように言いながらもスコープを覗いていると、その先に見えているノウが微かに振り向いて目を細めていた。

「たしか烏丸も似たようなことを言っていたな」

 同じ隊に居ただけあって考えが似るのか、などと考えつつ――ノウは木の上で足を止めた。

 これ以上に進めば相手の斥候に気が付かれて、これより下がれば山のほうまでアンテナを張ることができない位置で静かに深呼吸を繰り返した。那由他を信じて援護を任せているからこそ、索敵に集中できるのだ。

 アンテナの範囲内には――まずは斥候に来た二人、その後方数十メートル先に装甲車が一台、それと横並びの左右に戦車が一台ずつ。そして、それよりも後方――アンテナの範囲がギリギリになる山の中には約五十を超える野営テントが作られていた。

「これは……少しマズいかもな。数では圧倒的だ」

 一つのテントに三人が入っていたとして少なく見積もっても百五十人。比べて、第三防衛ラインの基地には現状で戦える人員が五十人いるかいないか、だ。戦術などで埋められる差ではない。

 しかし――ここには普通ではない者がいる。『発射台』の室町少佐を始め、まるで伝説のように語られている白鷺中尉の隊出身の烏丸刹那に鳩原那由他。そして、尋常ならざる常人ではないモノ――別の世界の住人のノウがいる。

 ノーウッド・Rが、ここにいるのだ。

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