4-2

 室町少佐に呼び出された二人は静かに緊張していた。烏丸にとっては自分よりも階位の高い上官であり『発射台スティンガー』と呼ばれた元前線兵だ。一方の那由他にとっては屋上へと追いやった憎むべき対象ではあるが、実のところは問題を起こしてあぶれていたところをこの基地に呼ぶことで救い上げた張本人である。だから、いくら口が悪かろうとも内面では複雑な感情を抱いていた。

 怪我人とそれを介抱する軍人とすれ違いながら屋根の無い倉庫へと足を踏み入れると、瓦礫の後片付けをする軍人の中心で無事だった銃を集めているひと際大きな男が居た。那由他も相当大きいほうだが、男の身長はそれ以上、二メートルには達している。

「室町少佐! お二人をお連れしました!」

「ん? おお、早かったな。お前も片付けに加われ。そんで――お初にお目に掛かるな、烏丸中尉。どうやら、うちの奴らが失礼な態度を取ったようで済まない。まぁ、その原因というのも鳩原軍曹にあるのだが……」

「初めまして、室町少佐。お噂は兼がね。お会いできて光栄です。問題ありません。軍内での女の扱いは別にしても、鳩原の素行の悪さは承知していますし、それが要因ということも理解していますので、お気になさらず」

「おい、あたしが居ることを忘れんなよ?」

 言いながら煙草を銜えて火を点けようとしたところで、室町はその手を握り止めた。

「一先ずは場所を変えるか。外に丁度いい丸太があるんだ」

 屋根が無いことを思えば、ここも外であることに違いは無いのだろうが、片付けをしている部下の邪魔にもなるし、何よりも武器や兵器が攻撃された場所で煙草を蒸かすのは何が起こるかわからない。

 室町の後を追うように半壊した壁のほうから外に出れば、確かにそこには三対に置かれた丁度いい丸太があった。

 そこでようやく那由他は煙草に火を点けて、先んじて丸太に腰を下ろした室町は胸ポケットから出したシガーケースから葉巻を取り出すと、専用のカッターで先を切り落として火を点けた。

「ふぅ~……やっと落ち着いたな。ほら、二人も座るといい。ずっと気を張っていて疲れているだろうからな」

「え、あ……はい」

 すでに座って煙草を蒸かしている那由他の横におずおずと腰を下ろした烏丸は、喉を鳴らすように唾を呑み込んだ。

「さて。んじゃあ、聞こうかね。ついさっき落としたFー35だが、三機あった中の一機を私が撃ち落とした。残りの二機は、君らが?」

 答え方は二つある。真実を言うか、嘘を吐くか――どちらにしてもリスクはある。未だ軍内部での扱いが微妙なノウのことを言えば、室町が関わってくるのは当然として、下手をすれば噂は確実に広がるだろう。問題は、その噂は十中八九、悪い噂だということだ。よくわからないモノは怖いから、理解のできないモノは恐ろしいから、見ないようにして触れないようにして、目の届かない場所へ手の届かない場所へと排除しようとする。ならば、嘘を吐けばどうなるか。少なくともこの場は上手く収まるだろう。だが、烏丸はそれが許せない。真実を曲げてまで隠す真実に意味があるのか? などと考えてしまう厄介な性格のだ。だから、その口から嘘を引き出すには、自らの心までをも騙さなければならない。

「っ…………」

 言いあぐねている烏丸を見て、煙草を吸う那由他を一瞥した室町は、空に向かって葉巻の煙を吐き出した。

「ふぅ……もう一度訊く。Fー35を落としたのは、君らか?」

「そ、れは……」

 躊躇う烏丸の横で一本の煙草を吸い終えて指で揉み消した那由他は新しい煙草を取り出しながら口を開いた。

「あたしだよ。あたしが、二機とも落としたんだ。腕の良さは――知っているよな?」

「確かにそれなら納得がいく。だが、それならどうして烏丸中尉まで屋上にいた?」

「スポッター」

 間を置かずに答えた那由他に対して、室町は銜えた葉巻に歯を立ててギチリと音を鳴らし片眉を上げた。

「……ああ、そういうことか。得心した。ならば、本題に移ろうか。烏丸中尉、こんなところで何をしている? 君は研究所勤務と聞いていたが?」

 問い掛けられた烏丸は嘘を吐かなくて済んだ安心と、室町が完全には信じていないにも関わらず、何故か話を進める違和感を覚えていた。

「え、っと……ええ、私は今も研究所勤務です。ですが、階級が上がったことにより本部にも顔を出すようになったのですが、そんな折に任務を受けまして」

「任務とは?」

「護送と護衛です。前線基地へと向かう最中に敵の武装ヘリに襲われて墜落し、ここまで辿り着きました」

 決して嘘は吐いていない。事実だけを紡いで、真実を隠すことくらいは心を許すことができる。

「パッケージの中身は?」

「極秘です。少佐であっても教えられません」

「私よりも上からの任務か。じゃあ、仮眠室で眠っていた少女については深く聞かないほうが良さそうだな。とりあえずの事情はわかった。それで、何が必要だ?」

 欲しいのは信頼と不干渉だが、そうもいかない。

「そうですね……移動手段も必要ですが、それよりもまずは通信でしょうか」

「通信な。それについてはこっちも同じことが言える。復旧させようにも原因が不明だったのに加えて、この惨状だ。暫くは無理だろうな。だが、すでに定時の連絡を二度もできていない。通信が止まっているのがこの基地だけなら、本部から近くの基地――まぁ、第二防衛ラインの基地からだろうが、そこから応援が来るはずだ。……もしかして、ヘリが墜落してから一度も本部と連絡を取っていないのか?」

「はい、残念ながら。昨日の昼からなのでおよそ二十時間くらいでしょうか。私たちの存在は曖昧な位置にあります」

 生きているのか死んでいるのかわからず、まるでシュレディンガーの猫だが、箱が大き過ぎるし、要素も多過ぎる。しかし、連絡を取らずに死んだものとして扱われるのは、これからの行動に支障が出る。本部に詰めている白鷺中尉なら、どちらの可能性も考えて行動しているだろうが、それでも生存報告は早いに越したことは無い。何よりも、この場に娘がいるのだから。

「わかった。おそらく諸々の確認やらで応援が来るのは今日の夜になるだろうから、来たらすぐに本部と連絡が取れるようにしてもらう。だから、それまでは二人とも休むといい。被害をこれだけに留められたのは君らのおかげだろうからな」

「いえ、お手伝いします。これでも元は白鷺中尉の隊に居たので、一通りのことは出来るつもりです」

「ああ、知っている。白鷺中尉が率いていた隊は有名だからな。……なら、よろしく頼むとしようか。手が多いに越したことは無いからな」

「はい。とりあえず私は怪我人の様子を見てきますね」

「なら、私は屋上に戻る。あんなことがあったんだ、警戒を続けることだって必要だろ?」

 疑問符を浮かべながらも、特に答えを窺うことなく那由他は山荘のほうへと足を進めた。医療室も山荘にあるため烏丸は横を歩くが二人に会話は無い。

 山荘に入って、階段手前の別れ際――二人は一瞥するように目を合わせると、烏丸は静かに微笑んで、那由他はどうしようもないように眉を顰めて、別れていった。

「…………ふぅ~」

 階段を上がりながら、どうしようもない感情を煙と共に吐き出した。

 那由他からすれば、今の状況はあまり面白くはない。良し悪しは別にして、自分よりも烏丸が気に入られている現状や、自分よりも烏丸のほうがまともな人間と思われている現状も別に構いはしないが、心が許さないのは自分の仕事ではないことを、自分がやったと語ったことだ。、もちろん、一機は落としているのだから完全な嘘ではないが、初めから二機を狙えと言われていれば、焦りやプレッシャーから一機目も当てられていたのかわからない。

「ま、生まれてこの方、防がれたことはあっても外したことは数えられるくらいにしかないがな」

 それでも。スナイパーとして譲れない一線がある。まだそれを過ぎてはいないが、すでに半歩は踏み出している感覚だ。嫌な、感覚だ。

 屋上へと続く扉の前で煙を吐き出した那由他はボリボリと頭を掻いて嫌な気分を拭うように舌打ちをした。

「ちっ――そんで? あんたはどう思うよ、ノウ」

 ドアを開いた先に居たノウと京は、揃って那由他のほうに視線を向けていた。

「あ~、そうだな。銃弾を受け止めちまって悪かったな」

 本気で申し訳なさそうに謝るノウを見た那由他は、はっ、と吐き出すように笑みを零した。

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