4-1

 抱えていた烏丸を屋上で下ろせば息も絶え絶えの様子だったが、今は整うのを待っている暇は無い。俺なら銃撃だろうと爆撃だろうと問題ないが、京や烏丸、鳩原に、もちろん他の人間たちだって違うだろうし、俺がこっち側に付くと決まった以上は出来るだけ怪我人も死人も出したくはない。まぁ、多少の犠牲は仕方がないとして。

「烏丸、鳩原に状況を説明してくれ」

「え、あ、はい。えーっと――今、おそらくFー35がこちらに向かって飛んできています。ノウさんの言い方から察するに、それほど速度は出ていません。斥候と敵を見付けたときは先制攻撃をする、くらいの機体かと思われます」

「Fー35か。下の馬鹿どもが無防備なら人狩りの銃撃で全滅だな。で、どうすんだ?」

「……どうするんですか?」

 鳩原からの問い掛けが烏丸を通ってそのまま俺に来た。しかし、俺自身も確認できることは限られているし、一人では出来ることも少ない。

「そのFー35ってのがどういうのかは知らないが、撃ち落とせるか? 鳩原」

「撃ち落とすぅ? そりゃあ場合によるな。向こうさんの強化ガラスを割れる弾と、それを撃てるだけの強力なライフル、そしてそれを扱えるだけの狙撃手が必要だ」

「つまり?」

「あたしなら出来る。但し、一機が限界だな。それ以上は気力も何も持たねぇし、一機撃ち落とした時点で、今度はこっちが狙われる。そうなりゃあ周りがどうでも関係ねぇ。あたしは逃げる」

「だったら逃げる必要はないな。烏丸は? 鳩原と同じことができるか?」

「いえ、無理ですよ! 飛んでいるジェット機を撃ち落とすなんてこと普通では出来ません。那由他が特別なんです!」

 向こうの世界で言うところの空飛ぶドラゴンに長距離魔法を当てるようなものなのだろう。仮に魔法を使える者でも遠くの敵に当てるだけの精度を持つ者は少ない。

「なら、一機は俺が落とす。あとの二機は鳩原と烏丸で頼んだ」

「じゃあ、あたしが一機を潰すから刹那は残りの一機を牽制すればいい。だろ? ノウ」

「ああ、そうしてくれ。多少引き付けて余裕ができれば二機目も俺が落とす」

「……わかりました。やるだけやってみます」

 自信が無いのか小声で言う烏丸だったが、もう時間はないし、あとは鳩原に任せることにする。

「烏丸、鳩原、あとはよろしくな。……京を頼む」

 それだけ伝えて屋上から跳び出した。倉庫の上に降りてから屋根を伝って木の上に跳び乗った。……そもそも、ここはどこなんだろうな。この世界には森や山ばかりなのか、それとも偶然に俺の居るところが毎回そういった場所なのかはわからないが、そういう場所のほうが戦い慣れていることに違いは無い。

 思い返してみれば、向こうの世界もこちらの世界も然程変わりはないな。戦う場所は必ずと言っていいほどに林や森だ。

「……タイミングを計らないといけないな」

 アンテナで気配を探ってみると、鳩原は右側のジェット機を狙っていて、烏丸は真ん中を。それなら俺は左側の機を狙うとするか。墜落させることはいくらでも可能だが、問題はヘリのときと同様に落とした後の処理だ。速度と揚力から考えて、仮に頭の部分を斬り落としたり操縦者を殺しても、機体をバラバラにしたとしても破片が倉庫に降り注ぐのは防げない。

「被害を最小限にする方法が思い浮かばないことも無いが……『鉄錬金』」

 剣を籠手に変化させて、近付いてくる気配を感じながら上空約三十メートルまで跳び上がった。

 視界の先に捉えたジェット機が三機――速度を増して、残り五秒。

 よん――さん――に――いち。

「っ――ぁらっ!」

 突っ込んできた機体の頭に目掛けて握った拳を振り下ろせば、ガコンッ――と派手な音を立てて急降下を始めた。機体の頭に張り付きながら横を見れば、もう一機も地上に向けて真っ逆さまに落ちていた。

「問題は――」

 残りの一機は撃ち落とされることなく飛び続けている。しかも、俺のほうにも屋上にいる二人のほうにも向かず、真っ直ぐに倉庫に向かって進んでいる。おそらくは、すでに攻撃態勢だ。

 ここからではギリギリ届かないか? いや『火球』ならあるいは。だが、確実性が無いし、この位置からだと外すと山荘に直撃してしまう。とりあえずは、機体を持ち直そうとしている操縦士をどうにかしよう。

「『鉄錬金』」

 籠手を剣に変化させて操縦席の窓に向かって突き刺せば、窓の向こうで血が弾けた。それを確認してから機体を蹴って跳び上がった。

 すでに最後の一機は倉庫の手前で機体から弾丸が発射されていた。この速さと距離なら全壊する前に追いつく――そう思ったのも束の間、アンテナが違う気配を感知した。その方向に視線を向ければ、地上に居た男が筒状のモノを構えていた。そして、撃ち出されたミサイルを見て、俺は体を捻り地面へと進行方向を変えた。

 ほぼ真下から放たれたミサイルが死角だったのか、それでも気が付いたジェット機は避けようと機体を動かしたが、見事に羽の部分に命中した。

「よっ、と」

 地面に着くよりも先に、木を掴んで高いところから状況を見守っていれば、バランスを崩した機体に再び放たれたミサイルが直撃して、その場から真っ逆さまに墜ちていった。

 これでとりあえず三機は落とせたが目下の問題は俺の存在か。おそらく見られてはいないと思うが、烏丸は俺のことを隠したい節がある。今はまだその考えに従っておくべきだろう。一先ずは見つからないように、周囲の気配を感じながら木の上を跳び、屋根を伝って屋上へと舞い戻ってきた。

「戻ってきたか。ま、半壊で済んだのなら上々じゃねぇか?」

 視線の先には半壊した倉庫から上がる火の手が。仮に万全な体制を整えていたとしても完全に防ぐことができたか、と問われれば怪しいところだし、それが科学の力なのだろう。俺の触れられない領域だ。

「あ、あの……すみません。私が、最後の一機を撃ち落としていれば……」

 申し訳なさそうに眉を下げて頭を下げる烏丸だが、その丸まった背中越しに鳩原と目が合うと呆れたように首を傾げていた。ああ、俺も同じ気分だよ。

「おい、烏丸。勘違いするなよ。初めからお前に撃ち落とす期待はしてないんだ。むしろ、狙われていると思わせることで時間稼ぎができて、そのおかげで下の奴らが撃ち落とすことに成功した、とでも考えてろ」

 実際にどうなのかは知らないが、考えるだけならなんだっていい。向こうの世界では、わざわざ失敗したことを謝ったりはしない。むしろ、自分が失敗したのに生きている理不尽に意味を探し、次に生かすことが正しいと考えられている。これに関しては、死を間近に感じている者なら別の世界の人間でも当て嵌まるはずだ。

「ともかく、一応はなんとかなったな。良い腕だ、鳩原」

「はっ、あんだけ的がデカけりゃあどうとでもなる。それで、このあとは? 通信機器は直ったのか?」

 その言葉にポケットから無線機を取り出した烏丸はポチポチと弄り出した。

「……いえ、ダメです。あ、思い出しました! そもそも私は通信を遮断している機器か人を探るために那由他とノウさんに協力をお願いしようとしていたのでした。ノウさん、森の中に何か怪しい物はありませんでしたか?」

「怪しい物か……んん?」

 特に際立った物は無かったように思えるが、単純にアンテナの範囲が狭かっただけかもしれない。範囲を広げつつ感度を上げる――倉庫では怪我人を手当てし死人を集めて、森の中では墜落した機体から少し離れたところで停まった車から数人の男が出てきた。そこよりも先に、地を這うようにアンテナを向けてみるがどうにも何かが見つかりそうな雰囲気はない。

「どうですか? ノウさん」

「今のところは見つからないが……というか、ここの地形はどうなっているんだ? 森の先に山?」

「なんだ、お前。場所も知らずにいたのか? ここは富士の麓だ。樹海ってやつだ」

「樹海……木の海。それに富士――この国で最大の山か。なるほど。防衛としての基地を置くには良い場所だな」

 それに納得もした。他の基地がどうなのかは知らないが、目の前にこれだけ大きな自然の砦があるのなら、わざわざそれを超えてまで敵がやって来るとは思わない。とはいえ、それに甘えた結果の不用心には違いないし、今の現状は自業自得と言わざるを得ないわけだが。

「それで、どうですか? やはり、見つかりませんか?」

「……ああ、俺が探れる範囲では見つからないな。その通信を遮断するモノってのがどんなものかはわからないが、いくら俺でもここからあの山までは探れないからな。そのモノが、例えば『風』魔法のように指向と威力を変えられるものなら山からって可能性もあるだろ?」

「あまり聞いたことはありませんが、無いとは言い切れませんね。いわゆる音響兵器みたいなものでしょうか? そこに特定の電波を乗せればあるいは――」

 可能性を考える烏丸と、撃ち終えた銃の手入れを始めた鳩原だったが、どうやらのんびりとしている暇は無さそうだ。

「おい、下の倉庫にいた奴らは何人かこっちに向かってきているぞ?」

「はっ、当然だな。どうするよ、刹那。あたしはこんなんだから、こいつが別の世界から来たって絵空事みてぇな事を簡単に信じたが、下の奴ら――特に室町のおっさんなんかは堅物だからな。下手すりゃあ難癖付けられて軍法会議までってこともあるかもな」

 脅すような口調の鳩原は、気が付いたように慌て出した烏丸を見て楽しそうに笑う。こういう光景を見ると、ついイアンとミカのことを思い出してしまう。だが、今はこっちの世界の争いを止めることに集中だ。

「え、っと……じゃあ――ノウさん! 隠れられますか?」

「わかった。必要なら呼べ。いつでも聞いているからな」

「はい、よろしくお願いします」

 そして、屋上へと通じるドアが開かれるのとほぼ同時に、俺は空高く跳び上がった。

「烏丸中尉、鳩原軍曹、室町少佐がお呼びです。直ちにお越しください」

「ええ、わかりました。行きましょう、那由他――いえ、鳩原軍曹」

「はいはい、了解しましたよ。烏丸中尉」

 上を向かないように意識する二人と、呼びに来た男数人が屋上から山荘の中へと入っていくのをアンテナで確認して、あとは重力に任せることにした。

 なぁ、自称・神様よ――ちょっとばかし、平等すぎるんじゃないか?

 ここまでのことで確信に至ったのだが、まず間違いなくこの戦争を起こした犯人――つまり、俺と同様に別の世界からきた奴は、明らかに俺の存在に気付いていて排除しようとしている。そのことを自称・神が教えたのか、それとも相手が元から持つ能力なのかはわからないが、少なくとも神としての立場はこちら側だろう? それなら、多少なりにも俺の存在を隠すとか、直接目で確認しない限りはわからないとか、そういう助力をくれてもいい気がする。

 まったく、本当に――神ってやつは。

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