3-3
巨大なガンケースを持って屋上へと上がった那由他は機械的にケースを開き、中に入っていたライフルの部品を一つずつ丁寧に、しかし迅速かつ確実に合わせ始めた。組み終えた巨大なライフルにスコープを付けると、銃身に付いた脚を立てて片膝立ちで構えると深く息を吐いて銜えた煙草に火を点けた。
「さて――そろそろ答え合わせをするか。あ~ノウ、だったっけか?」
「ノーウッド・R、ノウでいい」
スコープを覗く那由他の横で、落下防止の手摺に腰かけたノウは、キャップとフードでアンテナが隠れているものの目を瞑ったまま周囲の様子を探っている。
「そうか。じゃあ、ノウ。どうしてずっとあたしを警戒しているんだ?」
「やっぱり気が付いていたか。なら、警戒している理由がわからないはずないよな?」
「さぁ? まったくわからないな。こんなにも友好的に接しているというのに」
「だったら、その野生の獣みたいな殺気を消せよ。魔物の純粋な殺意とも違うし、こっちで受ける嫌な気配とも違う――お前は、何と戦っているんだ?」
警戒していると言いつつもそんな素振りを見せないノウと、スコープを覗きながら横にいる別の世界から来たモノに殺気をぶつける那由他。二人の距離にある二メートルの間を穏やかな風が抜けた。
「何と戦っている、か。言い得て妙だな。あたしが戦っているのは、何かよくわからないモノだ。だってそうだろ? 今、この国は戦争中のくせにその相手の正体がわかっていない。つまり、よくわからねぇモノと戦っているわけだ。それなら、ライフルの弾丸を受け止めるようなよくわからねぇモノを味方と思うことなんてできねぇだろ」
「……へぇ」
意味有り気に呟いたノウは、薄く開いた瞼の間から横で銃を構える那由他を盗み見た。
勘が鋭いのか、野生の勘が冴えているのかはわからないが、的を射たことを言っている。昨晩、ノウが話した自称・神はこの戦争を引き起こしたのはノウと同じように別の世界から来た者だと言った。那由他はその事実を知らないまでも、同じように別の世界から来たノウを警戒するのは理に適っている。
そして、殺気を向けてくる那由他に対して、未だ誰が味方で誰が敵かの判断が付かないノウが警戒を解かないのも当然だ。しかし、次の瞬間には掛けていた剣の柄から手を放した。
「それなら――俺はお前に対する警戒を解く。確かに俺は別の世界から来たよくわからない奴だが、少なくとも俺のことを救ってくれて受け入れてくれた人間を――敢えて人間と括るが――人間を傷付けるつもりは無い。もちろん、この国の人間に敵対している者は例外だが、お前はその例外に含まれないからな」
それは昨日までのノウの気持ちだった。だが、自称・神と会って言葉を交わした結果、この世界で、今この場にいる国の人間の手助けをしなければ元の世界に戻れないことがわかった。故に、この国の人間を守りつつ、戦争している相手を倒すのは使命になったのだ。
スコープを覗く那由他は思い出すように目を細めると煙草を銜えたまま器用に口の端から煙を吐き出した。
「……まぁ、あたしも何度か前線に行っているわけだが、確かにあんたはあの時に感じていた奴らとは違う感じがするな。だからといって信用するわけでは無いが、あの刹那が心を開いているんだろ? だったら、それだけの価値はあるってことだ」
「心を開いているのか、価値があるのかは知らないが、殺気を無くしてくれればそれでいい。まさかここまで敵が来ることはないだろうが、周囲を感知するには邪魔だからな」
アンテナの性能がどういうものなのかノウ自身もいまいちわかってはいないが、少なくとも身近に刺々しい殺気があると感度が鈍るのはわかるのだろう。
未だに穏やかとは言えぬ空気が流れているが、それでもお互いに刺すような雰囲気が無くなって索敵に集中できるようになった。しかし、そんな中で新しい煙草に火を点けた那由他が徐に口を開いた。
「なぁ、あんた……訊かないのか?」
アンテナを使い周囲を探っている姿におかしなところは無かったが、那由他は何かを言いあぐねているのに野生の勘で気が付いたのか問い掛けてみた。
「わざわざ訊くことでもないと思っていたが、烏丸の言う研究所ってのは何のことだ? お前らの会話から察するに、よく知った場所のようだが」
研究所自体は向こうの世界にも存在した。だが、それの大半は魔法研究所であり、一部には王都で利用されるような異質な研究所もあった。そこから考えると、こちらの世界にあるのが科学の研究所と言うのは容易に検討が付いたが、問題はその話をしたときに二人の視線などがノウに向かっていた気がしたことだ。だから――確かめるほどではない疑問が残っていた。
「ん? なんだ聞いてないのか。刹那はおっさんの――ああ、白鷺中尉のことな。おっさんの隊から離れた後は、その頭の良さを買われて軍の研究所に入ったんだ。で、これから向かうっつー研究所は刹那の管理する施設なんだよ。なんの研究をしているのかまでは知らねぇけどな」
知らないが、想像は付く。おそらくは人体実験とまではいかないが、それでも多少の後ろめたさのある研究だ。そうでなければ、あの躊躇ったような反応はおかしい、とノウは確信していた。
「俺の体を調べるってことか。それ自体は構わないが、あまり役に立てるとは思わないな」
「役立つかどうかじゃねぇんだろ。刹那が何をしたいのかはわからねぇが、とりあえずはあんたが別の世界から来た人間ってことを証明したいんじゃないか? あいつが、よくわかんねぇ奴を戦争の要でもある前線基地に連れて行くってことは、上のクソ野郎どもに会わせるってことだからな。提供できるネタを仕入れてるって感じか?」
烏丸の言っていたことが思い出される。口は悪いが根っこでは良い人だ、と。そして、その上でそれなりに頭の回転も速い。とはいえ、これまでの会話で直情型の性格だというのは予想が付くから、上層部と揉めたのも然も有りなん、だ。
「……気になっていたんだが、烏丸と鳩原は仲が良いのか? 名前で呼び合って親密性は窺えるが、いまいちよくわからないのだが」
その問いに、銃を構えてから一度もスコープから目を放さなかった那由他が考えるように視線を上げた。
「親密っつーかなぁ……仲が良いとも違うんだよな。おっさんは、まぁ別だが、それ以外の隊の奴らは仲間とか友達とか、そういうのよりも家族って言葉のほうがしっくりくる。そっちの世界でどうかは知らねぇが、こっちの世界じゃあ、家族ってのは好きでも嫌いでも切っても切れねぇもんなんだ。仲が良いとか、親密とか、そういうんじゃあねぇ」
そして、煙草の煙を燻らせる。
「家族、ね。確かに向こうの世界にはあまりない考え方だな。家系やら遺伝やらはもちろんあるが、それはあくまでも血の繋がりがあるというだけで、それ以上の意味はない。自らが助かるために我が子を魔物に差し出す親もいるくらいだからな。だが、別にその行動は何も悪くない。子供は、また作ればいいが親が死んだら元も子も無い。という考えなんだが――こっちでは理解できないんだろう?」
「ああ……まぁ、そうだな。端的に言って意味がわからねぇ――が、多分そういうもんなんだろ。こっちの世界だって国が違けりゃあ文化も違うわけで。たかだか一つの世界の中でもそういう馬鹿みてぇなことで戦争が起きるんだ。確かに意味はわからねぇが、違うってことは理解できるし、あたしは別に自分の考えを押し付けようとも思わねぇ。……そんなもんだ」
理解されないことをわかっていながらも口数多く語っているのが滑稽に思えてお互いに笑みがこぼれた。ノウは元より、こちらの世界に来た時に知識が埋め込まれているために状況を理解するのが早い。それは元々の頭の良さや回転の速さもあるのだろうが、それでも異常だと言って差し障りないほどに情報の整理が早い。おそらく、自称・神がノウを選んだ理由の一つがそれだろう。
そうしてやっと穏やかな空気が流れたと思った途端に、ノウは表情を変えた。
「鳩原――どうやら、ここの通信機器が使えないのは作戦の一部のようだぞ?」
意味深な言葉を呟いたノウは、三人で歩いてきた方とは反対の空を見上げて、何かを確認したように頷くと躊躇うことなく駆け出して屋上から飛び降りた。
「っ――はぁああ!?」
那由他の声が木霊すると、跳ね返ってきた声に冷静さを取り戻した。
「……やっぱ、バケモンじゃねぇか」
呆れたように呟くと、ライフルを抱えて下の階へと向かった。ノウが飛び出した――文字通りに跳び出した。那由他の野生の勘が悪い予感を告げている。
――スナイパーがライフルを抱えて、どこに行く?
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