3-1

 結局、助けられたのは手近に居た二人だけか。

 あの時、烏丸に止められず襲ってきた二機を俺が潰していれば無駄な犠牲は出さずに済んだのだが、まぁ仕方がない。これが戦争だ。

「……暫くは起きそうにないな」

 草の上に寝かせた二人は気を失ったままで、少し叩いたくらいでは起きなかった。

 それにしても墜ちたのがまたも森の中とは、幸いというのか不幸というのかわからないな。少なくとも敵から身を隠せたのは良い事なのだろうが、残念なことに地形やらの知識は俺の頭には入っていないらしい。

 近くに敵の気配は無いが油断はできない。とりあえずは木に登って周りを見回してみたが、人工物は見えない。

「どうするかな……前線の場所は地図で確認しているからわかるが、変更した第二防衛ラインの場所はわからない。……西に向かうか」

 ここがどこであろうとも、目的地よりは東側に位置するはずだ。それなら折角アンテナで方角がわかるんだ。二人が寝ている間に、できるだけ西に進もう。問題は、どうやって二人を運ぶか、だな。抱えることもできるが途中で敵に襲われれば対処できなくなるし、引き摺るのは気が引ける。それなら方法は一つ。

「薄めの――『石壁』」

 地面からせり出てきた薄くて幅を広げ、若干形を歪ませた『石壁』を地面ギリギリのところを剣で斬り裂いて倒した。歪んでいるのを受け皿にしてそこに二人を並べて乗せれば簡易的な乗り物の完成だ。あとはこれを押しながら進んでいけばいい。

 ズズズッ、と押したり引き摺ったりしながらおよそ一時間、結構な距離を進んだと思うのだが、ここら辺でもう一度周辺を確認してみるか。

「よいっ――しょ、と」

 高い木の枝で上で、視認しつつアンテナの感度を上げる。

 風の音――葉の擦れる音――呼吸――心音――目を閉じて、より広範囲に感度を上げる――何かが高速で近付いてくる。

「――っん」

 その手に掴んだのは弾丸だった。それなりの大きさだったのだろうが、速度のせいでつい握り潰してしまった。しかも、俺のアンテナの範囲外から脳天目掛けて撃ってくるとは相当腕が良い。とはいえ、仮に当たったとしても大したダメージは喰らわないが。

 次に右肩と脇腹に一発ずつ。どちらも受け止めたが狙い通りの場所に来ている感じだな。方向は南側で、漸く嫌な視線がこちらを捉えているのが感じ取れた。木から飛び降りて着地すると、見られている感じは無くなったが、嫌な気配は消えていない。

「おい、烏丸、京、いい加減に起きろ!」

 面倒だから『石壁』を立てて二人を地面に転がすと、やっと唸るような声が上げながら目を覚ました。寝惚けているような二人は、ヘリから落ちたときのことを思い出したのか顔面蒼白になったが、今はそんなことを回想している暇はない。

「ん――伏せてろ!」

 二人を跨いで壁になるように立つと、向こうから来た複数の銃弾を全て受け止めた。全部で十七発。今度は雑な狙いで掃射って感じだな。視線を感じないってことはなんとなくの着地点を想定して撃ってきた、というところか。

「ノウさん! 何が起きているんですか!?」

「やっと目を覚ましたか、烏丸。これはスナイプだろ? 影無き狙撃者ってやつだ」

 次は確認するように一発ずつ感覚を開けて撃ってくる弾を受け止めながら、記憶の中から適切な言葉を引き出した。

「スナイパーですか? ですが、ここは東側ですよね……だとしたら、ここは第三防衛ラインに近いのかもしれません。これだけ着弾と音が離れているのに、腕が良いのは一人しかいません」

「味方か?」

「味方です!」

「心当たりがあるなら、それで――ああ、くそ。面倒だ」

 横倒しになっている『石壁』を脚で踏み込んで浮き上がらせると、撃ってくる方向の盾になるよう地面に突き立てた。

「あんな弾ならわざわざ俺が相手をすることも無い。京は無事か?」

「は、はい! 無事です!」

 身を屈めて頭を抱える京の姿は親の躾が良かったと見える。俺の居た世界で教えられたのはとりあえず剣を持って戦え、だからな。もちろん、戦士の町というのもあるのだろうが。

「それで、烏丸。どうやら向こうはこっちを敵だと思っているようだが、誤解を解く方法はあるのか?」

「あります。向こうがスコープで私を確認できれば味方だと気が付くと思います。一応は知り合いなので」

 顔さえ見えれば良いのか。だったら話は早い。

「京はそこを動くなよ。烏丸は俺に掴まれ――見えるところまで上がるぞ」

「上がる?」

 人ひとり分を持ち上げていようとも問題は無い。脚に力を入れて跳び上がれば、先程の狙撃された地点までやってきた。

「ちょっ――ちょっと、待ってください! この高さは――」

「お前、ヘリがどれだけの高さを飛んでいるか知っているか?」

「それはそれです! 機械と人力では安定が違うでしょう!?」

「……その理屈でいくと、ヘリから無傷でお前らを救い出した俺のほうが安定感あるんじゃないか? まぁいい、とりあえず向こう見ろ」

 烏丸がわーわー言いながら俺のほうに抱き付いている間にも、狙って撃たれた弾丸を受け止めているんだ。ぐるりと無理矢理に首を回させると、すでに放たれていたであろう一発を受け止めてから嫌な気配が無くなった。以前として、視線は感じるが敵対する意志は無くなったようだ。

「……どうやら、こちらが味方だと気が付いたようですね」

「だな。じゃあ、降りるぞ」

「え、ちょっと待っ――」

 何かを言い掛けた烏丸を無視して飛び降りて着地すれば、地面に足が着いた直後に軽く叩かれた。

「……? まぁ、銃撃は止んだな。このあとはどうする?」

「第三防衛ラインに向かいます。私のことが確認できたとしても、ここに居る理由までは伝わっていないと思うので、直接白鷺中尉に報告する必要があります」

「下手すりゃあ死んだと思われているだろうからな」

 いや、むしろ乗っていたヘリが墜ちれば死んだと思うのが当然か。こっちの世界の人間は柔いからな。

 烏丸が落ちていた荷物や銃を確認していると、京がおずおずと手を挙げた。

「あ、あの……ちなみに、その第三防衛ラインにはどれくらいで着きますか?」

「そうね、私たちの足で――夜道を歩かないことを前提に考えれば大体二十時間くらいでしょうか。ですが、問題はありません。幸いなことにノウさんがバッグも一緒に救ってくれたので食料はあります。心配しないでください」

「……はい」

 いや、京の心配はそこではないのだろう。食料などは究極的にはそこらにいる野生の動物を獲って食えばいい。問題は距離のほうだ。軍人の烏丸や、別の世界から来て体力レベルの違う俺なんかに比べて、京は普通の女の子だ。動き易い服に動き易い靴を履いていたとしても、整備されていない森を長時間歩くのは厳しいはずだ。とはいえ、俺が口を出すことでは無いな。弱い者から淘汰されるのは世の常だ。俺はただ――思うように動くだけだ。

「では――出発しましょうか」

 烏丸を先頭に、すぐ後ろに京が付き、一番後ろを俺が行く。

 敵がいないことを思えば、これが正しい布陣だ。行き先は烏丸しか知らないし、京に最後尾を歩かせるわけにはいかない。

 喋ることで体力が失われることがわかっているのだろう。無言のまま進むこと約四時間が経ち、日が傾いてきた。

「今日はこの辺りで休みましょう。生憎、野営の装備は持ってきていないので身を寄せ合うしかないのですが……それで大丈夫ですか?」

 野営自体は向こうの世界で幾度となくしているから一日寝ないくらいはどうとでもなるが、二人は違うだろう。特に京は慣れない長距離移動で疲れているはずだ。これで休むこともできなければ、余計に疲れが溜まって明日は動けなくなってしまう。とはいえ、寝床を作ることは出来ない。俺のアンテナで周囲に野生の動物がいることはわかっているのだから、要は安心して寝られる環境が必要なわけだ。

「烏丸、場所はここでいいのか?」

「ええ、この場所が休むには一番いい平地だと思います」

「そうか。なら――『石壁』、『石壁』、『石壁』、『石壁』、『石壁』っと、こんなもんだろう」

「これは……」

「周囲五十メートルを『石壁』で囲った。これで野生の動物が這入りこむことはないはずだ。烏丸、食事はどうする? 火を起こすのか?」

「食事自体は携帯食なので火は使いませんが、火は焚いておきます。ライターがあるので」

「魔法や火打ち石が無くとも火を起こせる道具か。便利なものだ」

 そうこうしている間に完全に日は落ちて、照らす月明かりさえ森の木々で遮られて、あるのは焚き木の明かりだけとなった。

 烏丸と京は持ってきていた携帯食を食べて、漸く一息ついたようだった。

「……京は寝たか」

 上着を地面に敷きバックパックを枕にした京は静かな寝息を立てていた。隣に同姓の烏丸がいるというのも大きいのだろうな。この世界では。

 烏丸は火の世話をしながら、俺は向こうから持ってきていたマズい携帯食をチビチビと食う。世界が変わろうともマズいものはマズい。だが、マズいのにも意味がある。その代わりにエネルギーは高いし、仮に盗賊に襲われようともこの携帯食だけは奪われることは無い。向こうの世界では金が無くなることは大した問題では無いのだ。それよりも空腹で魔物と相対して殺されることのが問題だ。だから、決して食べられないほどのマズさではないが、盗んでまで食おうとも思わない携帯食というのは重宝される。

「こっちの世界の基準はよく知らないが、さっき撃ってきた奴は相当腕が良いんだろう? どうして前線にいない?」

「あ~……彼女はちょっと気難しいと言いますか……優秀ではありますが、単独で、独断で動くほうが好きなタイプでして……」

 女であることは別に驚かない。向こうの世界では男も女も戦闘に措いての強さに差などない。しかし、優秀であるにも拘らず独断で動くことを理由に前線から外されるところは向こうの世界と違う。向こうではチームで強かろうが、個人で強かろうが、最終的には強い奴の言うことに従って動くものだ。まぁ、おそらくはこっちの世界の人間は個々人の力が弱いから徒党を組んで戦うことを選び、独断専行をする者をチームに置いておくことはできないだろう。

「性格に難ありでも有能なら使うべきだと思うけどな」

「そうですね。なので白鷺中尉は折り合いをつけて、チームとしては上手く機能していたのですが――軍の上層部と揉めまして……彼女だけが飛ばされて、そこに」

「……厄介な世界だな」

「どう、でしょうか……おそらく私がそちらの世界に行けばノウさんが思うように、厄介だと思うことが多いんだと思います。こちらには科学があるように、そちらには魔法がある。多分、見え方次第なのでしょう」

「所変われば、か。言えているな。烏丸も、もう寝ろ。火の番なら俺がしておいてやる。一日二日寝ないくらい向こうではザラだったからな」

 昼間は魔物との戦闘を熟し、夜間にも魔物が襲ってくることを警戒しながらも何が起こるかわからないから常に交代で気を張り、休まることはなかった。特に俺はアンテナ持ちだ。寝ていたとしても敵の気配には気が付けるが、起きていたほうが圧倒的に感度が良い。

 申し訳なさそうに顔を伏せ、考えているようだったがその時、一瞬だけ眠りに落ちそうだった体を持ち直した烏丸は、静かに息を吐いた。

「……では、お言葉に甘えさせてください。お先に、失礼します」

 バッグを枕に寝転がった烏丸は、数秒と経たずに眠りに落ちた。

「……どうにも――違う気がするな」

 前提として、俺が居た世界と別の世界があることは構わない。現にこうして来ているわけだからな。しかし、問題はどうやってきたのか、だ。考えられる可能性として魔法が最有力であることに違いは無いが、もしも別の世界に飛ばすような固有魔法が存在しているなら噂になっているはずだ。それなら、ウジクがその力を隠していた? だとしたら、どうしてそれまでひた隠しにしてきた魔法を俺に使ったのか、という疑問も生まれる。控えめに言わずとも最弱の俺を、わざわざ生かす形で別の世界に飛ばす意味はない。それなら魔法以外――つまるところ、神の仕業ということになる。というか、今の材料だけではこの答えしか導き出せないだろう。

 ならば――何故?

 別の世界に来たことに意味があるのか、それとも俺が元の世界にいないことに意味があるのか。神の悪戯か? それでも構わないが、今はとりあえず元の世界に戻るための足掛かりがほしい。もしかしたら、こちらの世界にも魔法を使える者がいて、俺を呼び出したとか。向こうの世界では魔王討伐が人間側の目的だったおかげで、そのために生きてきたが、こちらに来てしまったせいで一段階踏まなければいけなくなった。

「……また死に掛ければ元の世界に戻れるとか? いや、またこことは違う別の世界に飛ばされるのかもな」

 言いながら焚き火に枯れ木を放り込んだ瞬間に、尋常では無く燃え上がった炎が辺りを昼間のように照らした。だが、熱さは無い。加えて――人でも魔物でも敵でもない気配を感じて、剣を構えた。

 すると、燃え上がった炎が巨大な顔に形を変えた。

「……なんだ、おっさん。これは魔法か?」

「剣を引けい、ノーウッド・Rよ。我は神と呼ばれる概念だ」

「概念? 随分と変な言い回しだな?」

「それは人々が何を求めるかによって変わるものだ。一方から見れば神や天使であっても、一方から見れば鬼や悪魔であることなど言わずともわかるであろう」

「……まぁ、言いたいことはわかる。で、その神とも悪魔ともわからない存在が俺に何の用だ? まさか、元の世界に戻して――いや、違ぇな。もしかしなくとも、俺をこの世界に連れてきたのはお前だな?」

「さすがに頭の回転が速い。それでこそ連れてきた甲斐があったというものよ」

「あ~……何を買い被っているのか知らねぇが、残念ながら俺は最弱だぞ? そんな奴を連れてきたところで役に立たねぇのはわかり切ったことだろ」

「いや、ノーウッド――ノーウッド・Rでなければ駄目なのだ。お前には、今この世界で起きている戦争を終わらせるという宿命があるのだ」

「おい、神だが悪魔だか知らねぇが、それなら尚更俺じゃなくてせめてレベル三十を超えてる戦士でも連れてこいよ。それに、ここは俺が居たのとは別の世界だ。そこで起きている戦争に俺が介入するのはどうにも――って、なるほどな。つまり、ここで起きている戦争は別の世界からきた奴が引き起こしたってことか? その火消し役に俺が呼ばれた、と」

「その通りだ。ノーウッド・Rよ。主がこの戦争を――」

 徐々に声が潜んでいき、今にも消えていきそうな炎だが、ちょっと待て。

「おーいおい、何勝手に締めようとしてんだよ。勝手に出てきて勝手に帰るな。まだ訊きてぇことがあんだよ。とりあえず、アレだ。イアンとミカはどうなった? 無事なのか?」

「ああ――無事だ。ノーウッドがいないことに戸惑いを見せていたが、今と同じように天啓を授けてやったら待つことを決めたようだ」

「天啓? 悪魔の囁きの間違いだろ。とはいえ、無事なら良かった。ん、じゃあ、消えてもいいぞ。いい加減に眩しくなってきたからな」

「そ、そうか。では――ノーウッド・Rよ。主がこの戦争を終わらせるのだ」

 燃え上がる炎からおっさんの顔が消えて、火の勢いも元の大きさに戻っていった。

 ……神ね。

 俺は魔法が使えるし、こっちの世界の科学ってやつも目にした。なまじ二つの世界を知ってしまったというのもあるし、アンテナのせいもあって、さっきまでのアレが神聖な何かだというのは嫌なほどにわかる。

 とりあえずは、イアンもミカの無事を知れただけ良しとするか。

「……それにしても――」

 戦争を止めるのではなく、終わらせろ、か。

 俺如きになんつー使命を与えてくれてんだよ、あのおっさんは。いや、宿命か。

 いや、それも違う――こんなのは、元の世界に戻るための足掛かりだ。忘れるな。俺は――戦士だ。最弱のな。

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