2-6

 時は少し遡り――前線基地の作戦室にて白鷺が叫んだ直後だった。

「……わかった。それなら来ることを許そう。但し、烏丸中尉の言うことに従うこと。我儘を言ったりしたら、すぐに帰すからな。……京――待っているぞ」

 電話を切った白鷺は深い溜め息を吐いて、置かれていたパイプ椅子にズシリと腰を下ろした。

「娘さんですか? 中尉」

「ああ、まったく厄介な年頃だよ。言い出したら聞きゃあしない」

「いやいや、我儘を言うくらいならまだ可愛いもんですよ。うちのは男なんで、喧嘩ばかりでね」

 その話に微笑んでは見たものの、ぎこちなさは否めない。

 娘が来ることは仕方がないとして諦めるしかない。とはいえ、心配なのは上層部だ。今でこそ白鷺の階級は中尉だが、功績を考慮すればもっと上の少佐か中佐でもおかしくない。にも拘らず、未だ中尉なのは優秀過ぎるからである。上層部は軍内で白鷺に力を付けさせることを良く思わず、しかし、階級を上げないのも軍として面目が立たない。故に、飼い殺しにするための中尉だ。それを理解しているからこそ、白鷺は頭を悩ませる。

 さすがに子供が利用されることはないだろうが、絶対とは言い切れない。加えて、やはりここは前線だということ。元部下でもあり、その手腕で同じ中尉にまでなり、これからも階級が上がると思われる烏丸に任せておけば大丈夫だとは思うが、それでも不安は拭えない。

 できることがあるとすれば――この場所からの支援のみ。

「……おい、誰か昨日のヘリが侵入してきたところのレーダー記録を出せ。最初に捉えたのはどこだ?」

 途端に真面目な顔になった白鷺の言葉に機器の前に座る者たちが一斉にキーボードを叩き始めた。

「――出ました。最初に捉えたのは第二防衛ラインのレーダーです。どうぞ」

 映し出されたレーダーの記録を眺めていると、突然画面の端から点が現れた。

「……この方向は……日本海か」

「そのようです。念のため海上自衛隊の戦艦に問い合わせましたが、向こうのレーダーには反応が無かった、と」

「おそらく海上ギリギリを飛行してレーダーに掛からないようにしたのだろう。陸地に寄れば高度を上げざるを得ないからな。政府が予算をケチらなければもっと至る所に観測地を設置できるんだが」

 つまり、昨日のヘリはどこのレーダーにも掛からないように日本海側を大回りして、何故だか山に程近いあの町を襲いに行ったことになる。あそこまで敵地に這入り込むことができたのなら、いくらでも基地や防衛ラインを背後から襲うことができたのに、だ。もちろん戦闘ヘリ一機で基地や防衛ラインが墜ちることはないが、それなりの深手を負わせることはできたはず。にも拘らず――まるで、そこに何かがあると気が付いたように攻めてきた。しかし、そこには何も無い。パイプラインがあるわけでもなく、軍として重要な動線でもない。強いて言うのなら、あの時、あの場所には別の世界から来たという少年が居ただけだ。

「…………いや、まさかな」

 そもそも、白鷺はまだ別の世界から来た少年のことを本当の意味では信じていない。娘を信じたい気持ちはあるが、それとこれとは話が違う。それに、仮に別の世界から来た少年が真実だとしても、だからといって現段階で、白鷺が知っている限りの敵の情報を総合しても、その少年を狙う理由は見当たらない。

 どの角度から考えてみても、今はまだ偶然の域を出ることは無い。

「しかし――念のため太平洋と日本海に出ている戦艦に警戒するよう連絡を入れておけ。陸地の各防衛ラインと基地には海側に警戒を促すように。ここでもサブモニターには出来るだけ海沿いのレーダーを出しておけ。二度目は無いぞ」

 指示に従うように皆一斉にキーボードを叩き始めると、一人が映し出された画面を見て一瞬だけ手を止めると今度は焦ったようにキーボードを叩き始めた。

「っ――中尉! 未確認の飛行物体がすでに国内上空に侵入しています!」

「何っ!? 場所は?」

「新潟県上空です!」

「また日本海か! 海自の奴らは何をやっているんだ!」

 口では怒りの言葉を吐き出しながらも、レーダーに映る飛行ルートから行き先を探ろうとしている辺り白鷺の有能さが出ている。

「中尉! こちらにも未確認の飛行物体です! 場所は静岡県上空!」

「太平洋からだと!? 一気に二機もどういうことだ? 型は昨日と同じカイオワか?」

「お待ちください――衛星からの映像が届きます! リアルタイムです!」

 すると正面に構える大きなモニターが二分されて上空から捉えたヘリの映像が映し出された。

「逃すなよ! ……小さいな」

「――解析終わりました! ハインドです! 装備は不明! 及び国籍不明です!」

 ハインドはロシア製の攻撃ヘリで、現在は多くの国の軍が保有している汎用性の高いヘリである。つまり、攻撃に特化させることも可能だということ。

「どこに向かっているんだ? この方向は――」

 日本海側からのヘリも太平洋側からのヘリも、どちらも内陸に向かっていた。そして――気が付いた。

「おい――烏丸の乗ったヘリに繋げろ!」

「あっ、あの……繋がってます。今しがたルートの変更を――」

 モニターから離れたところでやり取りをしていた者が言うと、白鷺は駆け寄って無線機を奪い取った。

「操縦士か? 今そちらに敵機と思われるハインドが二機向かっている! すぐに烏丸と変われ! ――烏丸か!? 今そっちに敵のハインドが二機――もうすぐ視認できるはずだ! いいか? 絶対に――」

 そう言い掛けたところで無線が切れた。

「おいっ! ――くそっ……状況は!?」

 モニターの前へと戻ると、そこには二機のハインドが速度を上げながら機銃を撃っているような閃光を見せていた。

 二機とすれ違った烏丸たちを乗せたヘリは右へ左へ銃弾を避けるように動いているのがわかる。二分したモニターの映像は、追う二機と逃げる一機に分かれて派手な鬼ごっこを繰り広げている。

「中尉! ハインドにマークされました!」

「フレアは!?」

「積んでいません!」

「なんでもいい! 近くの基地からデコイを飛ばせ!」

「いくらなんでも無理です! 今からでは――」

 次の瞬間、一機のハインドから撃ち出されたミサイルは、逃げるように速度を増して避けるために降下しようとしていたプロペラに直撃して画面いっぱいに黒煙が広がった。

「っ――」

 言葉を噛み締める白鷺の表情は願うように苦痛に歪んでいた。

「……敵機、二機ともに去っていきます……ヘリのGPS消失……烏丸中尉及び他四名の消息は不明。生存は――」

 生存は難しい、とは言えなかった。

 黒煙に染まるモニターを見詰める白鷺が未だ諦めていないように歯を噛み締めていたから。どれだけ苦痛に顔を歪めて、眉間に皺を寄せて、握った拳が震えていようとも――その瞳だけは、奇跡を願うように真っ直ぐに前を見据えていた。

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