2-5

 前線基地への所要時間はおよそ二時間。

 すでに一時間を過ぎようとしていたのだが、しかし、ここに来ても未だ烏丸は頭を抱えて悩んでいた。

 問題となっているのは、ノウと京をそのまま前線基地まで連れて行っていいか否か、である。それを例えるのならば、まだ慣れていない初心者にマリオの最後のボスステージをやらせるようなものだ。つまり、空気感も知らず、慣れもなくいきなり戦地の目と鼻の先に行くのはリスクが高いのではないか、と考えている。

 基地の内部ならば比較的安全ではあるが、稀に長距離スナイプのような流れ弾はあるし、ミサイルなんかが飛んでくることもある。当然、ノウならば問題ないだろうが、そういうことでは無い。

 段階を踏むのであれば第一防衛ラインか、第二防衛ライン辺りで下ろしてもらったほうがいい。第二防衛ラインで下ろしてもらうのなら、あと三十分以内に決断しなければならないのだが――選べないでいた。

 そんな様子を見てはいなかったノウは、静かに息を吐いて徐に口を開いた。

「烏丸、判断は任せるぞ。お前が決めたことなら従うからな」

 それを聞いた京も、うんうんと頷いて見せた。

「……わかりました。では――行き先を第二防衛ラインに変更してください」

「いいんですか?」

 操縦者の問い掛けに、一瞬だけ躊躇ったような間を空けたがすぐに唾を呑み込んだ。

「はい、問題ありません。今回の件は全て私に一任されているので」

「……わかりました。では、行き先の変更は白鷺中尉に伝えておきます」

「よろしくお願いします」

 まるで一仕事を終えたように汗だくの烏丸は、静かに息を吐き出した。

 それだけの決断だったということだ。ノウのことについても、京を父親に会わせるという任務にも似た使命感も、一緒くたにして出した答えが正しいのかどうかはわからないが、その苦悩と心労は見るからに明らかだった。

「…………?」

 まず異変を感じ取ってのはノウだった。キャップとフードで隠れていてわからないが、アンテナが反応してその感覚を追うために目を閉じた。

 次に無線でやり取りをしていた操縦者が向こうからの報告に耳を疑った。

「――なに? ちょっと待っ――烏丸中尉、白鷺中尉からです! 繋ぎます!」

 操縦席にあるボタンを押すと、烏丸の付けているヘッドホンマイクに前線からの無線が繋がった。

「白鷺中尉? 何かありまし――え、まさか!?」

 確認するように身を乗り出して操縦席にあるレーダーを見ると、画面の端から二つの点が現れた。

「こちらの装備は!?」

「ありません! そもそも戦闘を想定していない運送用のヘリです! 軽量化のために装備は外しています!」

「速度から考えて逃げ切ることは難しい。回避したところで――」

 青褪めた顔をしてブツブツと思考が漏れる烏丸を見て、ノウは静かに立ち上がった。

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