2-3
「魔法には大きく分けて二種類ある。『生来魔法』と『固有魔法』だ。どちらも生まれ持って個人に付属するものだが、まずは『生来魔法』から説明する。魔法には『火』、『水』、『土』、『風』、『雷』の五つの属性があり、生まれ持って使える種類と数は決まっている。これは個人に依存するもので増えることも減ることもない。ちなみに俺が使えるのは『火』と『土』だけだ。どんな魔法かは後にして、次は『固有魔法』について。これも個人に依存するものではあるが、『生来魔法』とは違い個人によって全く異なる魔法だ。シンプルなものから複雑なものまであるが、例えば『高速で動く魔法』なんてのもあるし『相手の血液を沸騰させる魔法』なんてのもある。要はどの属性にも当て嵌まらず、唯一無二なのが『固有魔法』だ。ここまではいいか?」
夜が明け、外の広場でベンチに座る烏丸と京に向かって説明をするノウは、目立つからという理由でアンテナを隠すようにキャップを被らされている。
「ええ、なんとか付いていけています」
「魔法といっても万能ではないんですねぇ」
こちらの世界でいう創作物の魔法でも万能ではないだろうが、実際に使える者が現れれば期待も高まるというもの。
メモを終えた烏丸を見て、ノウは口を開く。
「じゃあ、とりあえずは魔法を見せるか。俺が使える『火』の魔法は『火球』。威力は抑えて空に向かって撃つことにするが、念のため下がっていてくれ」
そう言うと、二人はベンチの裏側に回って身を屈めた。
「まぁ、そこでも問題は無いか。出来るだけ絞って飛ばすようにして――『火球』」
次の瞬間、ノウの掌から放たれた巨大な火の球は空に向かって一直線に飛んでいくと浮かぶ雲を霧散させて彼方へ消えていった。
「……なんだ、今の威力は……」
撃った本人ですら驚いているようだが、それを見ていた二人のほうが目を見開いて口が塞がらない状態だ。
「い、今のが威力を抑えた魔法、ですか? 規格外にも程がありますが……」
「ん~……いや、どうだろうな。相当抑えたつもりだったんだが、どちらかというと今のは魔力暴走に近い。おそらくは、この世界の空気中の魔力過多が原因だろう。慣れるまではあまり使わないほうがいいな」
「そうしていただけると助かります。あまり目立つことも避けたいですからね」
はっきりとした原因が不明でも力の制御が必要なのは間違いない。それに加えて、ノウの存在を秘匿しておきたい烏丸の思惑が合致した。
「とりあえずは今のが『火』の魔法、『火球』ですね。次は『土』の魔法を確認させていただきたいのですが……え、っと……大丈夫ですか?」
「そっちは問題ないだろう。あ~、口で説明するよりやって見せたほうが早いな」
しゃがみ込んで地面に手を着いたノウだったが、ふと視線を向けると二人は先程よりも離れた木の幹の裏に隠れて覗き込んでいた。
「……ま、いいさ。一応は力を抜いて――『石壁』」
すると、広場の中央に石の壁がせり上がってきた。それは、向こうの世界で作っていたのと変わらぬ大きさだった。
「ああ、やっぱり変わらないな。これが『土』の魔法『石壁』だ。攻撃に応用できないこともないが、基本的には守り用の魔法だな。……ん?」
石壁に近付いてコンコンと叩いてみたところ、ノウは疑問符を浮かべた。
「どうかしましたか?」
「いや……大きさや位置は俺の思った通りに出せたが、どうやら強度が変わっているな。こっちのほうがずっと強い」
「それは、土が違うから、とかですか? ノウさんの居た世界にある地面と、こっちの世界の地面が違うから、とか」
京の問い掛けに、ノウは考えるように石壁を何度も叩いた。
「……関係ないだろうな。俺の『石壁』は地面がなんであろうと出てくるのは『石壁』なんだ。基本的に魔法というのは――違うな。『生来魔法』というのは無から有を生み出すものであって、元からあるモノの形を変えるわけじゃない。だから、単にこちらの世界で魔法を使った影響か、俺のレベルが上がって魔法自体が強化されたって可能性が高いだろうな。どちらにしても、今の段階では解明の仕様も無い」
だから、もしかしたら『火球』の威力が上がったのもノウ自身のレベルが上がったせいかもしれないが、それを知るためには元の世界で鑑定士に会って調べなければわからない。今のところは――仕様が無いのだ。
「『石壁』……石の壁を作る魔法、ですか。汎用性が高そうですね」
メモを取る烏丸の頭の中には軍事転用のイメージが浮かんでしまっているが、そんな考えを振り払うように、何度も頭を振った。
「『生来魔法』について、何か質問はあるか?」
「私からいくつかあります。まず『火球』についてですが、それは大きさや形を変えたりできるんですか? 例えば、槍の形にしたりとか」
「無理だ。俺の魔法はその名の通り火の球だ。火の槍を出すのなら『火槍』だし、火の柱を出すのなら『火柱』ってことになる。球の形を変えることは出来ないが、大きさや数なんかは変えられる。球の形ならな」
「なるほど。では『石壁』も同じですか? 形を変えたりは出来ない?」
「出来ないな。さっきも言った通り、大きさや場所は変えられるが、形そのものは代えられない。魔法ってのはそういうものだ。決して――万能じゃあない」
京の発言を蒸し返して言ったノウだったが、それはあくまでも馬鹿にしているわけではない。むしろその反対で、もっと応用が利いて万能に近ければ良かったのに、というニュアンスを孕んでいる。しかし、そう言いながらもノウは違和感を拭えないでいた。おそらくは、向こうの世界に居たままだったのなら、そんな考えが浮かぶことも無かったのだろう、と。魔法とはそういうものだと理解していたのに、そこに不条理を感じてしまっているのは良くない兆候だと思わざるを得ない。何故なら、それは世の理の問題だからだ。
世界のルールとは本来、他の世界の存在を知らなければ決して違和感を抱くはずはないのだ。
「原理は不明ですが、様々な制約があるということですね。はい、『生来魔法』についてはもう大丈夫です」
「じゃあ、『固有魔法』に進もう。こっちはシンプルだ。俺の『固有魔法』は『鉄錬金』。どういう魔法かと言えば、自分の剣を籠手に変化されたり、籠手を剣に変化させることができる。剣自体が折れたりすれば、どんな鉄からでも俺の剣を作ることができる。そんな魔法だ」
「それは……また凄い魔法ですね」
烏丸は驚きつつもペンを走らせる。京は、その剣が気になったのかノウの下に駆け寄ると腰から下げていた剣に触れてみた。
「凄いと思うか? まぁ、確かに武器不足が無いというのはある種の強味かもしれないが、俺の仲間のように敵を引き付けて自らを強化する『固有魔法』だったり、どんな怪我でも治せる息を吐き出せる『固有魔法』に比べれば大したことは無い。というか、『固有魔法』のランクで言えば最底辺ってのは周知の事実だ」
敵を直接殺せるものや、肉体を強化するものが多い『固有魔法』の中で、自分だけが使える武器を作り出すだけの魔法には価値が無い。向こうの世界の基準は、どれだけ魔物を殺せる魔法であるか否かが問題なのである。それ以外は二の次どころか三の次――故にノウは。
「だから俺は――『最弱』と呼ばれている。向こうの世界では『最弱の戦士、ノーウッド』が通り名だ。そこのところはよろしく頼む」
「……最弱、ですか」
要は、遠回しにあまり期待するなと言いたいのだ。
強者では無く、弱者だからこそノウは頭をフル回転させて戦う方法を身に着けた。だからこそ、戦闘ヘリを相手取ったときでさえ冷静に状況を分析して周りへの被害を出さないことに成功した。
「俺は弱い。それさえ理解しておいてもらえればいい」
「…………わかりました」
とはいえ、烏丸が腑に落ちない表情を見せながらメモを取るのは当然だ。
戦闘ヘリ一機を相手に生身の人間が一人で勝ってしまうなど、こちらの世界では普通ではない。それこそ映画や漫画の中でのヒーローしか有り得ないことを遣って退けたのに、それを――そんな人間を最弱だ、などと、どうして思えるのか。
度し難く――理解し難い。
そう感じているのは、烏丸だけでなく京も。そして、ノウ自身ですら感じている。
向こうの世界では間違いなく最弱のノウが――最弱であったはずのノウが、こちらの世界では一人でも力が通用している。
突然、別の世界に放り込まれて順応しようとしている少年と、別の世界から来た魔法を使う尋常ならざる人間を受け入れようとしている軍人と――互いに状況だけでなく、その他にも様々なことを理解できないのは当然だ。
例えば、宗教の違いを受け入れることや、外国の文化を受け入れること。もしくは宇宙人を受け入れることなんかよりも圧倒的に、別の世界の存在を認めるほうが簡単なのかもしれないが――しかし、それは個人単位の話である。
果たして――世界は。
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