2-2
一度は宿に戻った烏丸だったが深夜、再び暗視スコープを手に山に来ていた。
目的はもちろんノウが破壊したヘリの残骸を確認することだ。遠目からでもバラバラになっていく光景を見ていたが、それでも実際に近くで見ておく必要があった。
「オイルの臭い……この辺りですね」
広がったオイル自体は夜が明ける頃には気化してしまうし、周りに火種が無ければ大した問題では無い。烏丸が重要視しているのは、むしろ刻まれた機体のほうだ。
地面に落ちていた破片を手に取った烏丸は、自らの目を疑った。
「約五センチサイズで、正確な正方形――切れ目も鋭い。こんな芸当がただの力技、ですか……」
ヘリコプターが頑丈で無いはずがない。何よりも、目の前にある見るも無残な状態になっているものは軍用の戦闘ヘリだ。民間で運用されているヘリよりも数段は頑強に造られている。そんなものを別の世界から来た少年が剣一本で、ここまでにした事実を知っておく必要があった。
散らばった破片を追っていくと、血に塗れた辺りを見つけた。
「……血の量からして二人分だとは思うけれど、体は見当たらないですね」
とはいえ、肉片が落ちていないことの予想は付いている。
理由の一つは当然、ノウによって肉体をバラバラにされたせいだが、その上で肉片が落ちていないのは、おそらく山に住む獣や虫が食べ片付けたのだろう。そのおかげで惨たらしい死体を見ずに済んだとも言える。
「どうにも――理解し難い状況ですね。別の世界の人間で、尋常ではないほどの剣技を振るい魔法も使える。この目で見てしまった以上は信じざるを得ないのですが……混乱が起きるのを避けるのなら、白鷺中尉に知らせるだけで、あとは秘密にしておくほうが良さそうですね」
烏丸がこの場にいること自体が、そもそも上層部の戯れなのだ。その成果が、本当に別の世界から来た人間が居て、もしかしたら今の戦争を変えてしまう力を持っている、なんて報告をしてみればどうなるものか。少なからず、良い顔はされないはずだ。下手をすれば軍からの除隊・追放も有り得る。それを避けるためには極力味方を付けてから報告をするのがベストな選択である。
そのために、まずは白鷺中尉を。
「それにしても、未だに相手のわかっていない戦争の――せめて人種くらいはわかれば良かったのですが、この状態では判別は難しいですね」
とはいえ、血液を持ち帰ってDNAを調べれば人種はわかる。しかし、果たしてそれをして良いものかと悩みどころではあるのだ。
今までこの世界で起きている戦争と違いがあるとすれば、すでに数年に続く戦闘を繰り広げているわけだが――この戦争には名前が無い。実情の知らない他国からは内戦だと言われ、同盟国や近隣諸国だけは、日本が未確認の武装集団、もしくは国に西側を乗っ取られて戦争が始まったと認識されている。
おそらくは後者でほぼ間違いはない。しかし、正解とも言えないのが現状だ。何故なら、武装した敵がどこから侵入し侵略したのかが未だに不明だからである。実際に西側から逃げてきた者に問い掛けても「無我夢中で逃げてきた」か「突然、どこからともなく現れた」としか答えない。可能性が高いのは中国や韓国、もしくはロシア辺りかと言われているが、それも確認できておらず、どこの国も開戦宣言をしていないので政府は最早突き止めることすら諦めている節がある。
言ってしまえば――慣れ、である。
戦争が始まった直後は当然のように国内は混乱して円高に加えて物価の上昇、犯罪率も上がったが数年も経ってしまえば銃声だろうと爆発音だろうと、気にせずに食事をするようになる。まさに日本といった具合だ。
「故に、私たちのような軍人だけは危機感を持ち続けなければならないのですが……」
そんなのは理想でしかない。むしろ、最も早く戦争という状況に順応し慣れたのは自衛隊と言っても過言ではないのだ。そういう訓練を受けているからと言ってしまえばそれまでだが――そのせいで、上層部が慣れを通り越して飽きてしまったのでは本末転倒もいいところだ。
「そういうことを措いておくにしても、政府が敵の正体を知るつもりが無いのなら一介の軍人が手を出すべきではない、と思います」
自らに言い聞かせるように呟いたところで、葉の上に溜まっていた血を、取り出した小瓶に注ぎ込んでいた。他意は無い。ただの保険である。
とりあえず、一通りヘリの残骸を確認し終えた烏丸は、仮に町の人間がこの場所まで来たとしても危険が無いことは確かめられた。そこには目立つ血の痕もあるのだが、そこはやはり烏丸も軍人だったということだ。戦場で、毎日のように血を眺めていれば感覚も鈍るというもの。決して慣れではない。何故なら烏丸の心の中に「ああ、また血か」なんて考えは無く、血がそこにあるということ自体に気が回っていないのだから。
彼女もそれだけ軍人だったということである。
彼女もそれだけ――被害者なのである。
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