2-1
確信は無かったのだが、どうやらこっちの世界に来て俺のアンテナは感度を上げたらしい。これまでならなんとなく魔物の気配がわかる程度だったが、今でははっきりとわかる。イアンとミカが知れば魔王討伐に役立つ、と喜ぶだろうな。
大きさはだいたいミサイルの二十倍で、烏丸が乗ってきたものより若干大きい。……乗っているのは四人。感じる嫌な気配から敵だというのは察しがつくが、こちらの流儀がわからない以上は早計に動くべきではないな。
速度はミサイルよりも遅く、一直線にここまで来たとして大体五分といったところか。確認するには充分だ。
「烏丸、こちらに向かってきているアレは敵という認識でいいのか?」
「ええ、構いません。あのヘリは間違いなくこの町を襲うつもりです。しかし……どうしてでしょう。今まで、こんなに内地まで攻めてきたことは無いのですが」
初めての事態、だからこそ俺が気が付くまで侵入を許してしまったわけか。まるで、俺がウジクに殺される前のようじゃないか。あの時も、まさかここまで攻めてくるとは思わなかったから、多くの戦士が殺された。とはいえ、今のところ飛んでくるモノ以外に気配は感じない。
「敵に対する扱いは?」
「……そちらの世界ではどのように?」
「敵意剥き出しの奴の関しては、全殺しだな」
「そう――ですか。基本的にはこちらの世界でもその考えで良いですが、出来れば今回は生け捕りが望ましいです」
「生け捕りか……可能な限り善処しよう」
さて、相手は空飛ぶデカブツだ。向こうの世界でワイバーンなんかを相手にするのならイアンの固有魔法で引き付けたところを俺が叩き斬るのだが、その手は使えない。適当に魔法を撃てば倒すことは出来るが生け捕りは出来ない。やはり直接乗り込むのが早いか。
「じゃあ、行ってくる。二人はどこかに隠れてろ」
「ちょっと待ってください」
いざ跳び上がろうとしたところで呼び止められたから、らしくないこけ方をしてしまった。
「なんだ? もうあまり時間が無いぞ」
「いえ、ただ確認が必要かと思いまして。ノウさん、貴方は向こうの世界で魔物を相手にしていたのですよね? どんなものかはいまいち想像がつきませんが、それでも人間とは違うのでしょう?」
「ああ、当然だ。それがなんだ?」
「これから貴方が相手にしようとしているのは人間なんですよ? ……大丈夫ですか?」
「……烏丸、お前は人を襲うのが魔物だけだと思っているのか? 山賊に盗賊、それ以外にも――俺の居た世界だって人間の世界に変わりはない」
そろそろヘリとやらが俺の向かい討てる距離に入る。烏丸の返事を待っている余裕が無いから戻ってきたら聞くことにしよう。
それにしても――人間を殺すのは何か特別なことなのか? むしろ魔法討伐に出発した新人が最初に出会って戦うのが人間だと言っても過言ではない。町を出たての戦士は物資や金を持っていることが多いから狙われる確率が高いのだ。とはいえ、俺たちの場合はアンテナがあるし、罠を張って待ち伏せしているような山賊などは避けていたから実際に遭遇した回数は少ないわけだが。
「……一回では無理か」
一度の跳躍で届く距離まで近づくのを待ってもいいが、極力二人から離れたところでやり合いたい。それなら、ここから山に向かって跳んで、木を使ってもう一度跳べばそれで済む話だ。
まずは一度目。
ヘリから視線を外さずに跳べば、その大きさを視認できた。
木に足を掛けたのと同時に、今度は空に向かって二度目の跳躍。
近付くにつれて武器が見えてきた。ヘリの下部に付いているのは二つの銃身。中で操作できる仕組みなわけか。
「下から何か来るぞ!」
乗っていた一人がこちらを見下ろしながら叫んだのがわかった。しっかりと見えているわけでは無いが、アンテナで感じ取ることができる。手に持った銃をこちらに向けている。
剣を握り締めたが、これなら撃たれるよりも先に――
「に、人間! 人間が飛んでき――っ」
あ、しまった。敵意と同時に武器を向けられたものだから、つい反射的に腕を斬り落とすついでに首も落としてしまった。
「あ~……生け捕り生け捕り、っと」
「殺せっ!」
前で操縦していた二人の内の一人がそう言うと、仲間が殺されたことで狼狽えていたもう一人は即座に銃口をこちらに向けた。なるほど、上下関係はあるわけか。
「死ねぇえええ!」
弾が撃ち出されてくるが避けられない速さじゃあない。殺すわけにはいかないから近寄って、腹に目掛けて蹴りを入れた。
「っ――あっ」
ヘリから真っ逆さまに落ちていった。だが、この高さなら死ぬことは無いだろう。
「くそっ、振り落とせ!」
右へ左へと大きく揺れるが落とされるほどではない。
ミサイルがそうだったように、この乗り物も少なからず爆発に足るものを積んでいるはずだ。つまり、無理に落とすわけにはいかない。町に落ちれば人が犠牲になるし、山に落ちれば山が燃える。生憎、水系の魔法は使えないからな。
「……生け捕りは一人いれば充分か」
操縦者は小さな銃を取り出してこちらに向かって撃ってきたが、試しに掌で受けてみれば掴み取ることができた。なるほど――それはそれとして。
背後から、横一閃に剣を振るい二人を同時に斬り裂くと、途端にバランスを崩したヘリは急降下し始めた。
地上に落下するまで凡そ二分ってところか。『火球』を使っても良いが、完全に周囲に被害を出さないようにすることは出来ない、と思う。少なくとも火だから使わないに越したことは無い。このまま落ちれば爆発する可能性もあるだろうし、だとしたら――
残り一分三十秒。まずは縦一閃に回転斬りをしてヘリを二つに分けてから、縦横にこま切れにする。
「分解完了。とりあえずはこんなもんだろう」
ガサガサと森の中に落ちていく破片の中で地面に着地すると、どうやら火事も爆発も起きておらず上手くいったらしい。そして、気が付いたのだがどうやらこの世界の構造物や武器は、向こうの世界に比べて柔い。向こうでは、どれだけ俺の剣が欠けたのかわからない。
「ん? ああ、生け捕りだったな」
落ちた場所の見当は付いているから、その場に向かったのだが遠目から地面に突き刺さる卍型を発見した。プロペラというやつか。
「……あ~……こりゃあ死んでるな」
プロペラの傍らに落ちていたのは腰から切断された下半身のみだった。徐に見上げてみれば、血を垂らす肉の塊が木の枝に引っ掛かっていた。跳び上がって確認すれば、あの時に落とした男の上半身だった。おそらく落ちて木に引っ掛かっていたところに回転するプロペラが落ちてきて真っ二つになったのだろう。不運なことだが……そんなことでか? 肉体強度の差も気になるところだが、もしかしたら防具のせいかもしれないし、今は二人の下に戻るとするか。
念のために生きている者がいないかと捜しつつ森の中を進んでみたが、思い返せば残りの三人とも体を斬り裂いたのだった。そりゃあ生きてはいないよな。
「京、烏丸、こっちに被害は無いな」
駆け寄りながら問い掛ければ、京は大きく頷いて見せたが、烏丸は茫然自失の様子で目を見開いていた。
「……どうしたんだ? アレは」
「ん~、なんかノウさんの戦っている姿を見てたら、ああなってました。私は遠かったのでよく見えなかったのですが、どうでした?」
「まぁ、どうってことは無いな。あれならまだワイバーンのほうが手強いくらいだ。とはいえ、生け捕りに出来なかったのは申し訳ないが」
「仕方ないですよ。って私が言えたことでは無いのですが……」
あの状況で仕方がないと言えるのか微妙なところではあるが、過ぎたことを言っても仕様が無い。今は話の続きをしようか。
「そう言えば、烏丸。……なんの話をしてたっけな? 俺が別の世界から来たことの証明だっけ?」
問い掛けると、烏丸は震え出した。
「そんっ――なことは、もうどうだって構いません! そんなことよりも! です!」
ズンズンと近寄ってきた烏丸は俺の肩を掴むと、確かめるように撫で回した。
「これは……こちらの世界とあまり違いは無いようですね。しかし、あのパワーとスピードは尋常のモノではない。それ自体が別の世界から来たことの証明にはなるけれど、それ以外にも確信を持てるものがあれば尚良い。いや、でもそれでは――」
矢継ぎ早に呟き出した烏丸は自分の世界に入り込んでしまっているようだ。こういうタイプの奴は向こうの世界にも居た。そいつらの大半は頑固な職人気質だったわけだが……随分イメージと違うな。
「おい――おい、烏丸!」
「あっ、はい――すみません、つい興奮してしまって。とりあえず、貴方がこの世界の人間でないことはわかりました。けれど、可能ならば他の証明もあれば尚良いです。貴方の存在を認めさせるには、それなりの説得力が必要なので」
「こちらの世界も何かと面倒なようだな……例えば、俺の持っている道具はどうだ? 武器に防具、携帯食なんかも、もしかしたらこっちには無い食べ物かもしれない」
「なるほど。確かに成分から未知の物質が出てくれば証明にはなりますね」
そうは言っても、烏丸は腑に落ちないように俯いていた。おそらくは、もっと目に見えるわかりやすいものを望んでいるのだろう。
「わかりやすいもの……魔法なんかじゃ意味ないだろうしな」
俺は使える魔法も少ないし、高が知れて――ん? 視線を感じて考えるように閉じていた目を開けると、京と烏丸がこちらを見詰めていた。
「……なんだ?」
「魔法……って言いましたか?」
「私も聞きました。魔法、を使えるんですか? ……魔法?」
おかしな訊き方をする。まるで魔法なんて存在していたのか? というような反応だ。
「使えるだろ、魔法。動物や、余程知能の低い魔物でもない限りは全ての生物が使えるものだろう」
「使えませんよ! なんですか、魔法って――じゃあ、もしかしてヘリをバラバラにしたのも魔法の力ですか?」
「いや、あれは単なる力技だな」
「ちから、わざ……」
「もう何がなんだか話についていけません……」
空気中の魔力が豊富だから魔法が使えるのは当然だと思っていたのだが、この世界には魔法が存在していないのか。だから、見たこともない機械が発達しているわけか。
おそらく話の流れ的には魔法を見せることになるだろうが、すでに日が暮れてから数時間立つ。こちらの世界でどうかは知らないが、向こうの世界では夜は余程のことが無い限りは出歩かないのが鉄則だ。夜は――奴らの時間だから。
「じゃあ、今日のところは宿に戻って休むとしよう。どれだけ急いでいたとしても、夜は寝るものだ。それは、こっちの世界でも同じだろう?」
「……確かにそうですね。今日は休みましょう。私もこれまでの経緯を纏めておきたいので」
そうして宿に向かう途中で、訊いておかなければならないことを思い出した。相手のことを知るには何よりも重要なことだ。
「そういえば、二人のレベルはどれくらいだ? まぁ、少なくとも俺よりは上だと思うから憚る部分はあるが」
すると、またもやよくわからないような顔をして京は首を傾げて烏丸を見た。
「……レベル?」
「レベル……年齢のことでしょうか?」
「いや、年齢は年齢だよ。レベルは強さの指標だ。鑑定士によって体に――というか体の内側に刻まれた戦闘の回数や経験によって上がっていく。それがレベルだ……もしかして、レベルという概念も無いのか?」
「無い、です。まるでゲームのようですね……これは純粋な疑問なのですが、例えばゲームなどでは百レベルまでしか上がりませんが、そちらの世界はどうなんですか? 貴方のレベルは?」
「上限は知らないが、今の最上位は六十七だと聞いている。俺のレベルはまだ八だが……そろそろ十を超えている気もするが、鑑定士がいないんじゃあ調べようが無いな」
「八? って低いんですか?」
京の問い掛けは純粋さから来るものだとわかるが、言い難いことを聞いてくれるな。とはいえ、すでに俺のことは言ってあるわけで。
「ああ、低い。一般的にレベル十五に達したところで初心者卒業と言われている。……まだまだってことだな」
その言葉に何度目ともわからない呆然した表情を見せる二人を追い越して宿へと向かう。
それにしても――鑑定士がいないのか。それじゃあ待望の二桁入りも先延ばしだな。向こうでイアンとミカが生きていればすでに十レベル越えだろう。こっちでの戦闘も経験に入ればいいんだが……どうだかな。
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