サンセットと焼けた空と絶叫
「まったく……とんだクリスマスイブになったな」
海の上を歩きながら、直仁様がそう愚痴を溢しました。まったく、目と鼻の先で海賊行為を目撃してしまったなら、見て見ぬフリをするなんて出来る訳がありません。直仁様の言う通り、クリスマスイブに水を差された気分です。
「ま―ね―。でも、ちょっとした
直仁様の隣で、直仁様の歩調に合わせて水上バイクを操作するのはクロー魔です。彼女にとっては、海賊を蹴散らすのもイベント程度の事なのでしょう。
「でも、直仁もクロー魔も怪我が無くて何よりでするー。それにクルーザーの人達も全員無事でしたしね」
そしてマリーが、実に彼女らしい感想を述べました。
彼女の言う通り、あわや略奪され、下手をすれば命を落としていたかもしれない人達が、何の被害も受けずに済んだのです。そう考えれば、正しく結果オーライと言っても問題ないでしょう。
「それに……スーグー……? あんた、あの男の子に随分と
そしてクロー魔が、直仁様をからかう様な口調でそう言いました。確かに分かれ間際、あの船に乗っていた少年は直仁様に熱い視線を送っていました。
「……バカ言うなよ。俺達の何処に、尊敬される要素があるって言うんだよ」
直仁様は少し照れたのか、クロー魔から顔を背けてそう返事しました。クロー魔はニンマリとした笑みを浮かべています。
ですが……ボックにはあの少年の眼差しが、単なる尊敬には見えませんでした。どちらかと言えば……新しい世界を見つけた時の憧れ……期待を孕んだ瞳に見えたのです。
ああ……直仁様の姿が、純真な少年の心を惑わす事が無ければ良いのですが……。
「フフフ……。直仁もクロー魔も、二人とも格好良かったでする。その少年の心には、きっと二人の姿が焼き付いているに間違いないですのー」
マリーも我が事の様に喜んで、クロー魔に抱き付く腕の力を強めています。
「ちょ……ちょっと、マリー。
クロー魔はそう言った直球に弱いのか、顔を真っ赤にしながらそう抗議していました。
ボックはあの少年の心に、二人の間違った姿が焼き付いていなければ良いと願わずにはいられませんでした……。
「さぁ、遅くなっちゃったけど、
ロッジに戻って来てすぐに、腰を下ろす事も無くクロー魔がそう提案してきました。
「……ぬ? クロー魔、それは勝負がついての話では無かったのかのー?」
確かに、クロー魔の提案した「かくれんぼ勝負」では、負けた方が給仕役としてクリスマスパーティを楽しむ二人をもてなすと言うものでした。残念ながら海賊騒動で、あの勝負は立ち消えとなってしまったようですが……。
「しょ……勝負は
何故だか顔を真っ赤にしたクロー魔が、捲くし立てる様にそう説明しました。勢いに押されて、マリーは頷くしか出来ませんでした。
クロー魔が何を照れているのか……まぁ、分からないでもありませんが、それよりももうすぐ日没となるのには間違いありません。これから勝負をつける……と言っても、時間が無いのは確かなのです。
「確かにもうすぐ夜になっちまうな……。パーティをするにしても、準備だけで良い時間になるだろうな」
そんなクロー魔に、直仁様が賛同の意を示します。別にクロー魔を助けた訳では無いでしょうが、何故かクロー魔は嬉しそうに直仁様を見ていました。
「そ……そうよっ! だからこれからは、皆で
そして、直仁様とマリーにビシッと指を向けて、高らかにそう言い放ったのでした。
そこだけ聞けば、全員でパーティの準備に取り掛かる……間違えようもなくそういう意味にしか聞こえないのですが……。
「そうね。早速みんなで準備に取り掛かりましょう」
「ああ、折角だからな。思いっきり派手なクリスマスパーティも良いだろう」
「ちっが―――うっ!」
動き出そうとしていた直仁様とマリーに、何故だかクロー魔は大きな声で異を唱えたのです。もう、彼女の行動原理がボックには分かりません。
「な……何だよ? 何が違うんだ、クロー魔?」
「そうでする―――……。どう違うのですか?」
直仁様とマリーが、困惑顔でそれぞれ質問をしました。鼻息が荒くなっているクロー魔は、本当に喜怒哀楽が激しく
「今から飾りつけして
確かに彼女の言う通りです。今から一から用意していては、全てを完了させるのにかなりの時間がかかってしまいます。しかしそれでは、クロー魔の言っている事に矛盾が生じるのです。それに気付いている直仁様とマリーの顔は、困惑でイッパイイッパイです。
「そっちの準備に抜かりはないわよ。あたし達は別の準備に取り掛かるのよ」
クロー魔がそう答えたと同時に、外から複数のローター音が聞こえてきました! 何機ものヘリコプターがこの島にやって来た事を伝えているのです。
「
窓から外を窺う直仁様とマリーの後ろから、クロー魔がそう説明します。そしてまたまた、振り返ったマリーが疑問形の表情で質問しました。
「……でも、クロー魔? それほど改まったパーティでは無いのでしょう? 別に正装する必要なんて無いのではないかの―――……?」
「何も
そんなマリーにクロー魔はウインクで返して、奥の部屋へと向かいました。そして戻って来た彼女の手には、複数のノースリーブワンピースや水着……正しく南の海の衣装が多数持たれています。そしてそのどれもが、赤を基調とした……見るからにクリスマスカラーの物ばかりだったのです。
「わぁ―――っ! これはクロー魔が持ってきたのですかの―――!?」
可愛らしい衣装の数々に、マリーは目を輝かせて魅入っています!
「まぁね―――。こればっかりは
「いや、要らないから。俺は普段着で良いよ」
クロー魔の意地悪い笑顔を、直仁様は呆れ顔で受け流してそう答えました。直仁様にしてみれば、昼間に着た水着だけでもう十分なのです。
「
そう言ってクロー魔は、肩越しに後ろの部屋を親指で指し示しました。それを見た直仁様は、早々に反論を諦めてそちらの部屋へと足を引き摺って行きました。
そして、直仁様が部屋へと消えたすぐ後、到着したスタッフ達がロッジに姿を見せ、本日2度目となる直仁様の絶叫が周囲に轟いたのでした。
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