クルーザーと銃声と水着の力

 大きな金属同士が擦れる音、そしてけたたましく鳴り響く自動小銃!

 そちらの方へと目を遣れば、遥か沖合で2隻の船が、その身を擦り合う様に並走していました。勿論、それが意図したもので無い事も、どちらかがどちらかを手助けしている訳では無い事もすぐに分かりました!

 聞こえてきた銃声もそうですが、何よりもあれ等の船から感じられる雰囲気が、正しく非常事態だと物語っていたのです!

 下を見えれば、直仁様が既に海上へと現れ、なんと海の上に立っていました! どうやらあの水着装備だと、事水の中を移動するのに何ら不自由は無さそうです!

 ボックはすぐに急降下し、直仁様の元へと馳せ参じました!


「おお、ピノンか。良くここが分かったな。来て早々で悪いが、クロー魔と……マリーを連れて来てくれ」


 直仁様もあの船に何かを感じ取ったのでしょう、ボックにそう指示しました。

 直仁様の命令ならば、どんな事でも「否や」は無いのですが、少し気になった事があり、ボックはすぐに飛び立たない事でその意思を伝えます。


「……ん? ああ、マリーの事だな……? まぁ……あいつを呼ばなかったら、後でまた文句を言われるからな。危険を冒さない程度にサポートをしてもらうさ」


 やや自嘲気味に笑った直仁様でしたが、ボックは感動で胸が震える気持ちでした!

 今まで直仁様は、常に一人でいる事を心掛けていました。それは、直仁様の“仕事”が危険の伴う物であると言う事も然る事ながら、直仁様の能力発動条件に大きな理由がありました。

 直仁様としては、自分の女装備姿を他の誰かに見られたくなかったのです。……そりゃー、ファッションセンス皆無の直仁様です。あんなとんでもない恰好、出来れば誰にも見られたくないでしょうし、それこそしたくも無かったでしょう。もっとも、そのお蔭で? 直仁様の正体がバレにくかったと言う利点もあった訳ですが。

 しかしそれも、今や過去の話。いえ、直仁様が好んで女装をする様になったと言う事ではありません。

 二人の女性と出会い、行動を供にする様になって、直仁様の女装に対する抵抗感も随分と薄れてきているのです。

 それにつれて、直仁様も彼女達を意図的に遠ざける様な事はしなくなりました。時には“装備”について積極的に相談をしたりと、とってもいい傾向なのです! ……たまに……いえ、割と頻繁にですが、今回の様に“玩具”にされる事もありますが……。

 そんな直仁様が、マリーの気持ちを気遣った発言をしたのです! これで感動しない訳などありません!


「ピヨッ!」


 ボックは溢れ出そうになる涙をこらえて、出来るだけ大きな声で返事をすると、一目散に海岸目指して飛び立ちました! 海岸には既に、先程の轟音を聞きつけたのでしょうマリーとクロー魔が並んでこちらを見ていました!


「あ―――っ! ピノンでする―――っ!」


 ボックを見つけたマリーが、こちらを指差して大きな声でそう叫びます。クロー魔は、ボックとボックの後方……恐らくは直仁様を交互に見ています。


「ピノン……あのSilhouette人影はスグね? そしてさっきのRoar轟音Report of a gun銃声は、あの沖合の船からなのね?」


 そしてクロー魔は、彼女達の効いた音の正体だけでなく、ここからでは判別も難しい直仁様の影を捉え、更に沖合の船にまで気付いています!


「ピヨッ!」


 ボックは簡潔にそう答えると、マリーに事のあらましを伝えました。


「クロー魔、直仁が呼んでまするっ! すぐに行きましょうっ!」


 そう言ってマリーは、何のためらいもなく海へと足を勧めました。


「ちょっ……マリーッ! Stopストップ! Sto―pストーップ! あんたもしかして、あそこまで泳いで行く気!?」


 そうです! マリーの行動力には相変わらず舌を巻きますが、その考えなしな所には相変わらず頭が痛くなります! 直仁様の所までなら、泳いでゆく事も可能です。ですがその先……船まで近づくのなら、泳いでいくには余程の自信と体力が必要なのです!


「そ……そうでした―――っ!」


 その事に気付いたマリーが絶句します。クロー魔はそんなマリーを見て、大きな溜息を溢しました。と言っても、その口元には僅かに笑みが浮かんでいますが。


「もう……I’m in shockしょうがないわね.水上バイクを取って来るから、ここで待ってなさい」


 そう言うが早いか、クロー魔は波止場へ向かって駈け出していました。

 基本的に我が儘で破天荒なクロー魔ですが、マリーを相手にする時だけは何故だかお姉さんの様に見えるから不思議です。


「うんっ! クロー魔、お願いしまする―――っ!」


 マリーの大声も、全力疾走で駆けているクロー魔にはもう届いていないかもしれませんね。





「スグッ! 待たせたわねっ!」


 クロー魔の操る水上バイクが、直仁様の近くまで来て停まりました。


「……いや……そんなに待ってないぞ。それに……」


 クロー魔とマリーに振り返る事無く、直仁様が返事します。ですがその言葉には続きがある様です。


「……まだ終わってない……って事ね?」


 直仁様が言いたかった言葉は、クロー魔によって話されました。直仁様はそれに対して、頷いて答えただけでした。


「……でも……随分と静かなのですぞ―――……」


 そうです。先程から銃声はおろか、船の出す接触音や叫び声などが聞こえる事も無く、辺りはすっかり静寂そのものでした。


「いや……恐らく獲物の制圧が済んだんだろう。恐らくあそこでは今、略奪が行われてる筈だ」


 直仁様の言葉に、マリーの表情は瞬く間に曇りました。ですが彼女も、平穏だけの日々を過ごしていた訳ではありません。それが証拠に、彼女からは悲哀や恐怖の雰囲気が伝わってきません。


「……それにしても。スグー? あんたのその恰好、そんな能力があったのね―――?」


 話題を変えようとしたのか、マリーの気持ちを和らげるためか、クロー魔がジトッとした視線を直仁に投げつけました。


「ああ……今の“装備”だと、水上水中お構いなく行動出来るな。全体的な能力も底上げされてるが、中でも腕力の上昇が著しい。あそこに見える船なら、軽々持ち上げられそうだ」


 それは今、ボック達の眼前に映る2隻の船。一方は純白のクルーザーで、その大きさは100tを越えているのではないでしょうか? 如何にもお金持ちが道楽で所有する船……と言った感じです。

 そしてもう一方は、小型の貨客船に見えますが、その実高速仕様の海賊船です。クルーザーよりも一回り小型ながら、それでも50tクラスはあるでしょうか?

 どちらも相当の重量ですが、それでも直仁様はそれらを持ち上げる事が出来ると言うのです!


「……へ―――……impressive凄いね.でもあたしが言ってるのはそんな事じゃないのよね―――……。何でその能力を言わなかったかって事なんだけど?」


 やや凄みの増したクロー魔の言葉に、心なしか直仁様の肩がビクリと震えました!

 確かに、今まで水中で行動出来る異能力なんて確認されていないのです。どれだけ素潜りが得意でも、それ程長時間潜り続ける事が出来ない以上、クロー魔の目に触れないと言う事は難しいでしょう。

 その認識を逆手に取った直仁様ですが、言い換えれば彼女達を欺いて、ズルしていた……とも取れなくありません。


「ま……まぁまぁ。今はあの船の乗客を救う事が第一じゃないかの? ね、クロー魔? ね、直仁?」


 直仁様の形勢が悪いと見るや、すぐさまマリーが助け船を出します。これでどれだけ、直仁様は救われているか分かりません。マリーには足を向けて寝る事が出来ませんね。……もっともボックは、寝る時も体を横にする事は無いんですけどね。


「お……おう」


「ま―――ったく……マリーはスグに甘いんだから」


 そしてマリーの言葉で、二人の間に在った不思議な緊張感も霧散します。二人が「痴話げんか」であっても争おうものなら、この島自体がどうなっていたか分かりません。


「兎に角、もう少し近づいてみよう。俺が先行するから、二人は合図したら行動を開始してくれ。クロー魔は自身の判断で。でも、相手を殺すなよ? マリーは此方から再度合図するまで待機。決して近づき過ぎない様に」


 簡潔ながら直仁様がそう指示を出します。いよいよ行動開始と会っては、さしものクロー魔も軽口をたたく様な事はせず、二人は神妙な顔で頷きました。

 それを確認した直仁様は、二人に頷き返して水中へと姿を消したのでした。

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