森と風とかくれんぼ ―SIDE マリー―

 ボックはクロー魔の元を離れると、上空へと大きく飛翔しました。マリーの元へと向かうつもりですが、それには彼女の場所を確認しなくてはなりません。

 クロー魔と話して大よそ30分……行動力は一般人並みのマリーなら、それ程遠くへは行っていないでしょう。上空から見下ろせば、すぐに見つかると考えました。

 そしてその考えは間違っていませんでした。ですが……。

 根本的な考え自体が間違っている事に気付かされたのです。


「ぬ……? あっ、ピノン。何処に行ってたのでするか?」


 すぐにマリーを見つける事が出来ましたが、彼女は宿泊ロッジから殆ど移動していませんでした。

 まさかわざと負けるつもりでは無いでしょうに、殆ど移動していないなんて勝負を投げているとしか思えません。


「も……勿論でする―――っ! 勝つつもりはモリモリあるですぞっ!」


 彼女の表情を見る限り、それは虚勢でも冗談でもなく、すこぶる本気な様です。では何故まだこんな所にいるのでしょうか?


「……クロー魔と同じ様に探しても、私では勝てませぬ―――……。ならば私の“能力”を最大限に活かして、スグを見つけようと思ったの」


 ふむ……その考えは間違っていません。相手との身体能力差が著しいのなら、知恵を絞って違う方法で対抗する。勝負の定石ですね。

 それで……マリーはどの様な案があってこんな所をウロウロしているのでしょう?


「私には動物の声が聴けまする。だから耳を傾けて、動物たちの声を聞こうと思ったのですが……」


 なるほど、確かに彼女には動物の話す言葉が理解出来ると言う「異能力」が備わっています。それを活用する事に間違いはないのですが……。恐らく、殆ど声が聞こえなかったのではないでしょうか?


「そ……そうなのでする―――っ! 聞こえてくるのは貝とかカニとか魚とかの声ばっかりで、森の動物や鳥たちの声がほとんど聞こえないのでする―――っ!」


 いや……そんなに泣きそうな顔をボックに向けられても困ります。だいたい、少し周囲を見渡せば気付けると思いますが、この島では小動物すら姿を見ませんし、鳥も殆どいません。貝やカニや魚の考える事なんて、小動物や鳥よりも更に難解でしょう。因みにボックは例外中の例外、「異能力」のお蔭で流暢に話せたり考えたりできるのです。


「……はっ!」


 いや、マリー……今更「そうだった!」って顔をしないでください……。


「し……しまった―――っ! そうでしたっ! ねぇ、ピノンッ! どうしようっ!? 今からじゃあ、クロー魔に勝てないよ―――っ!」


 そして、そんな泣きそうな顔でセキセイインコに泣きつかないでください。

 もっとも、勝負が始まってまだ30分そこそこです。今から頑張れば、クロー魔を出し抜く事も不可能じゃ無いかもしれません。

 今回ボックは、あくまでも中立の立場。どちらかに肩入れするつもりはありませんので悪しからず。


「そんな―――……。あんまりでする―――……」


 そして、セキセイインコの前で崩れ落ちて本当に泣きださないでください。

 ……全く、マリーは本当に仕方ないですね―――……。まぁ、これ位ならクロー魔も気にしないでしょうから、一つ良い情報を教えてあげます。


「ええっ!? それは何ですかの―――っ!?」


 マリーも現金なもので、ボックの言葉にたちまち涙も消え失せ、輝く瞳でボックを見つめてきました。

 まぁ、情報と言ってもそんなに大したものでは無く、直仁様は恐らく「異能力」を使って隠れているらしい……と言う事なんですけどね。

 直仁様の身に付けていた水着で、一体どんな能力が発動したのかは分かりませんが、あのクロー魔がザッと探しただけでは見つけ出せない程度の異能は発動したようです。


「そ……そうなのっ!? でも……一体、どんな能力が発動したのでしょう……?」


 流石にそこまではボックも分かりません。でもこうなったら、如何に自分の目で見つけるか。そして、どれだけ幸運に見舞われるかに掛かって来ると思います。


「そ……そうですのっ! 諦めるにはまだまだ早いと言う事ですっ! がんばるぞ―――っ!」


 瞬く間に笑顔となったマリーは、元気に波打ち際を駆けて行きます。心情的にはマリーに勝ってほしいものですが、こればっかりはどう転ぶ事かボックにも分かりません。

 それに……。

 直仁様は、本当に何処へ隠れてしまったのでしょうか?

 単純に姿を消す……等と言った能力を発動できたとしても、気配を察知するクロー魔には、何かの切っ掛けで知られてしまう可能性が高いでしょう。

 何かに姿を変える……と言う線も考えられますが、そうなれば誰も見つけられそうにありませんね。

 空には直仁様の姿を見られませんでした。先程まで上空にいたボックが言うのですから間違いありません。

 後は……土の中とか……海の……中!?

 ボックはそう考えて、一気に上空へと飛び上がりました!

 水着を身に付けているのですから、水の中……と言う考えは強ち間違っていないのではないでしょうか?

 水の中……なんて、基本的に考えれば、両生類か魚類で無いと存在できません。それはいくら「異能力」を発動しても同じ事です。

 現在、世界中で確認されている「異能力」に措いて、「空気の無い所でも問題なく活動できる」なんて言う能力は確認されていません。真空状態である宇宙空間は勿論ですが、水中も同様です。

 水には酸素も含まれていますが、それを採集できるのは“エラ”を持つ生物だけ。如何に「異能力」と言えども、その限りでは無い……筈です。

 しかしそれも、憶測の域を出ません! 今まで確認されなかったからと言って、今後も発言しないとは言えない……「異能力」とは正しく、そう言ったものなのです。

 大空から島全体を眼下に収め、ボックは海の方へと視線を向けました。まるでマンガの三日月を再現したかのように、大きく丸い島の中に小さく丸い内海を持つこの島は、その両側からせり出した岩場のお蔭で外洋の荒波が内海まで入ってきません。

 内海は遠浅になっていて、正しく海水浴にはぴったりの作り……まさに自然の作り出した芸術ですね。

 青を通り越して、まるで碧の様な内海の外洋と接するギリギリの処に……いました。

 陸地からでは分からないでしょうが、上空からならその姿が良く分かります。直仁様はその水着で得た「水中で呼吸しなくても活動できる能力」を使い、内海で最も深く見つかり難い水中でジッとして……いえ、あれは寝てますね。

 再び目線を島の方へと向ければ、クロー魔が驚くべき移動速度で島内を隈なく探し回っています。

 そしてマリーは、兎に角波打ち際を走っています。あれは……直仁様を探しているんでしょうね―――……。

 どちらにしても、島の中を探している内は、直仁様を見つけ出す事など出来ないでしょう。制限時間を設定していなかったようにも思いますが、2時間も過ぎれば諦めるのではないでしょうか?

 直仁様の所在を確認したボックは、ロッジへと戻って休む事に決めました。小動物のボックにとって、僅かに動いただけでもすぐにエネルギー不足になるのです。

 そう思って滑空を開始した矢先っ!

 大よそこの島には似つかわしくない、鉄と鉄がぶつかる音と、自動小銃の発する音が響き渡ったのですっ!


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