皆殺しにしてやる

 僕のカルトマヘン(kaltmachen)は人間を殺すことで膨大な経験値が得られる能力だ。

 同時にステータスが急上昇するので、レベルアップ前に受けた傷がほとんど塞がると言う特典付きだ。

 コカトリスの前から転がって距離を取り、村人に刺さったナイフを引きぬいて猛ダッシュで逃げだす。風が肌を切り、周囲の景色がかすむ。村人一人殺しただけでもかなりの経験値が得られたのか、今までとは比べ物にならない速度で走れた。


 あっという間にコカトリスの視界からも、村の中からも遠い森の中に移動できた。念のため、木々と葉の隙間からコカトリスの様子をうかがう。


 眼前からいなくなった獲物の代わりに、すぐそばに新鮮な死体を見つけたコカトリスはそちらに走って近付き、バクバクと貪り始めた。


 生きた肉じゃないと食べないとかいう設定だったらどうしようかと思ったけど、幸い新鮮なら屍肉でも食べるようだ。

 村人ははらわたをえぐられ、赤黒い血が服を染め、白い肋骨が内臓の隙間から見える。長い小腸をコカトリスは煩わしそうに引きちぎりながら口の中に入れていた。

 服と頭皮、まき散らされた血痕だけを残し、村人の遺骸は綺麗さっぱりなくなった。三人食べれば大人しくなると言う村長の言葉通り、他の村人を見ても、僕を見ても襲ってくることはなく悠々と森の奥に消えて行った。


 一年すればまた人を喰らうんだろうけど、知ったことじゃない。

 僕は血に染まったナイフを眺めながらふと思った。

「なんで、こんな能力が与えられたんだろう…… それに誰が与えたんだろう」

『知りたいか?』


 急にナイフがしゃべりだしたので、僕はびっくりして危うくナイフを落としそうになった。


『バカ者、刃物は意外とデリケートなのだぞ、もっと丁寧に扱わんか』


 鈴の鳴るような、清美よりずっと澄んだ美しい声が聞こえてくる。日本なら声優として引っ張りだこだろう。


「ご、ごめんなさい」

 その声に僕は威厳を感じて思わず膝をついて謝ってしまった。

『ふむ、なかなか礼儀正しい若造だな』


 ナイフから再び声がする。

「君は?」

『吾輩は貴様のクラフト、カルトマヘンを授けし悪魔だ』


 悪魔…… 中二秒テイストのきいた言葉に、胸が熱くなる。

「悪魔か、格好いいね!」


 人を殺したテンションでおかしくなっているのか、自分でも怖いくらいの陽気さだった。

『格好いい…… 吾輩をそう評した人間ははじめてだぞ』


 ナイフは狼狽したかのように声を上ずらせる。

「ところで、このクラフトって何なの? どうして僕たちはこんなところに飛ばされてきたの?」


 とりあえず僕はずっと思っていたことを尋ねた。

 チュートリアルなしでずっとゲームしてたから、すっきりしなかったし。


『悪魔どもの戯れだな。悪魔は闘争を好む。神と同じだな。自らの力をふるって戦いたくて仕方がないのだ』

「悪魔って、君だけじゃないの?」

『たわけ。貴様のクラスメイトが持っていた武器、あれらはすべて悪魔だ』


 剱田の剣も、清美のロザリオも悪魔なわけか…… まあ傷を癒す悪魔っていうのもいるらしいから、不思議じゃないのかもしれない。


『だが悪魔は実体を持たぬから、人間と契約を交わさなければこの世で力を使えない。だから自分と相性の良い深層意識を持った人間を呼び寄せて、そいつらに力を与えた。あのふざけたような力をいきなり得たのも、彼ら自身の力ではなく悪魔の力だからだ』


「こういうのだと悪魔同士戦うのがお約束だけど、そういうのはないの?」


『詳しいな、お主』

 ナイフが驚嘆したような声を出した。そんなに褒められると照れるじゃないか。

『今は動物を殺したことで満足している。だがデーゲンやフェルゼンはその程度では飽き足らぬ。あやつらは必ず悪魔と契約を交わした人間にその刃を向ける。相棒のクラスメイト以外にも契約者は存在するからな。おそらくはそいつらに戦いを仕掛けるか、同士討ちを始めるかだ』


『ところで、貴様はどうしたい? 吾輩の力を使ってレベルアップしたわけだが……』


「殺したい。ぐちゃぐちゃにしてやりたい。僕を裏切って餌にした奴ら、全部」

 ナイフの声をさえぎって、僕は自分の思いを告げた。


『ふむ。ためらいなくそう言えるか。気にいったぞ、お主。吾輩の名はドルヒ(dolch)。以後、そう呼ぶことを許可する』


 ドルヒか。いい名前だな。

『さて相棒、まずはどうする?』

「決まってるじゃない」

 僕は当たり前のことを聞くドルヒに少しいらついた。


「まずは村人たちを、皆殺しにする」

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