コカトリス

 ある日、僕を除く七人は狩りに出かけた。強敵だけど肉がすごくおいしいという獲物を狩りに行くという。


「俺らも大分強くなったし、もっと上手いものを食って力をつけねえとな。ドラゴンとかだったら食うだけで強くなれそうじゃね?」

「俺のフェルゼンで瞬殺だな。肉の切れ端くらいは分けてやるよ」

「村上君は村の復興、頑張ってね」


 そう言いながらクラスメイト達は村を出て行った。

 強い日差しが、先頭を行く剱田と岩崎、その後ろに続く清美を照らしている。

僕は今日も留守番だ。


「あんちゃん、仲間たちについて行かなくていいのかい」

「よそもんなのに手伝ってくれて、感謝しとる。少しは羽を伸ばしてきたっていいんじゃぞ」

 ここ数日ですっかり仲良くなった村人たちがそう言ってくれるが、僕は言葉を濁して村の復興を手伝った。

 木を切り出し、家や柵の修繕をし、昼が近くなれば火を起こして昼食の準備をする。

 昼ごろになると灰色の雲が空を覆い始め、空気も湿ってきた。

 今日は火のつきが随分と悪い。



「あんちゃん、火はまだつかないのか?」

「腹減ってるじゃがね、こっちは」


 ここ数日で火つけ当番がすっかり僕の仕事になっていたせいか、村人たちは自分たちでつけようともせず口々に文句を言う。

 そんなに言うなら手伝ってくれてもいいのに…… 火打石とかあるんじゃなかったのか?

 でもこれができないと今度こそ僕は本当に役立たずだ。村人からも見捨てられるかもしれない、そう思うと怖くて、口々に文句を言われながらも火をつけようと頑張る。


 そしてやっと種火が出来上がったころ、森の向こうから剱田たちが走ってくるのが見えた。

 随分と早い帰りだな…… もう獲物を狩ったのか? 

 それだと早く種火から薪に火をつけないとあいつらからも文句を言われそうだな。

 だが少し様子がおかしい。

 獲物らしきものを誰も担いではいないし、それどころか最近は余裕たっぷりだった表情が焦りに満ちている。


 隊列も乱れて、先頭の剱田と最後尾の清美や柳田との差が大きく開いていた。

「どうしたの?」


 僕はただごとでない様子に、作業の手をいったん止めて剱田たちの方へ走る。僕が合流した時には剱田たちは全員村の中に入っていた。

 様子がおかしい。剱田も岩崎も、他のクラスメイトも服や鎧がぼろぼろで、あちこちに焦げ跡や切り裂かれたような傷がある。


「どうしたもこうしたもねえ、魔物が予想以上に強くて倒せなかったんだ。俺たちを追ってこっちに向かってる」

 剱田が焦っている表情を見て少し胸がすっきりした。


 森を抜けて、その魔物が姿を現す。

 首から上と下肢は雄鶏で、胴体は竜の様な鱗におおわれて蛇のような尾を持っていた。学校の天井に頭がつきそうなくらいの背の高さがある。ゲームで見るコカトリスそっくりだ。

 そいつが村に入って僕たちを見つけるや、コケっと雄鶏のように鳴いたかと思うと口から火を吹いた。


 家が一軒まるまるその火に飲み込まれてしまう。

 炎からは相当な距離があったのに、余波だけで火傷しそうな熱さだ。

「クソが!」

 剱田が自分に向かって放たれた火に剣から出る衝撃波をぶつけるが、相殺しきれずに火を少し浴びてしまう。


「剱田君!」

 清美が間髪いれずにロザリオを握り剱田に駆け寄って、治療する。見る見るうちに火傷が治っていくけれど、剱田をあれだけ怖がっていた清美からは考えられないほど二人の息が合っている気がした。

 それにしてもはた迷惑な話だ。なんで村の方に逃げてくるんだよ。

 僕が少し考えを巡らせると、剱田が細い目をさらに細めて悪魔のように笑った。


「そりゃ、あの魔物は人間以外の肉は食わないからだよ」

 村人を見つけたコカトリスは、組みしやすいと考えたのか村人たちに向かって走り出した。

村はたちまち阿鼻叫喚の渦と化す。

 コカトリスは村人たちには火を吐かず、悠々とした足取りで追いつくと鶏のようなくちばしで頭を咥え、咀嚼した。

「やった! 村人を食い始めたぜ、作戦通りだな」


 生きたまま食われる村人を尻目に、クラスメイト達は逃げ出した。僕も逃げようとするが足が遅くて追いつけない。

 だがコカトリスは大きく身をかがめると、走り高跳びの選手かと思うくらいに大きく飛び跳ねる。

 飛んだかと思うくらいの距離を跳ぶと、最後尾を走っていたクラスメイト、柳田の頭にかぶりつく。僕を尊い犠牲とかぬかした奴だ。


 顔面の半分くらいがごっそりえぐり取られて、真っ赤な肉から白い頭蓋骨がのぞいていた。そのまま胴体、手足とコカトリスは食べていく。

 白かった雄鶏の顔が柳田の血で真っ赤に染まっていった。

 一気に追いつかれたことでクラスメイト達に動揺が走る。だがクラスメイトの一人、桜井が枯れ枝のような杖を構えて対峙した。


「僕のクラフトなら……レ―ム(lehm)」

 クラフトの発動と共にコカトリスの足元の地面が泥沼と化した。コカトリスは脱出しようともがくが、足を取られたのか中々脱出できない。

 だが少しずつ少しずつ、足が泥沼から這い出してきていた。

「桜井、なにやってんだ! もっとでかいのを作れ!」

 岩崎が檄を飛ばすが、桜井にはそれが限界らしく杖を持った手が震えている。

 その時、村長の声が響いた。


「旅のお方! コカトリスは蛇の属性を色濃く持っております。一度満腹になればしばらくは人を食べません。大体、一年に人を三人食べれば大人しくなって巣に帰るはずです」


 村長の言葉に、その場の空気が変わった。

 コカトリスは倒せない。

 逃げることもできない。

 あと一人が食べられるしかない。

 

 じゃあ、誰が食べられる?


 この中で食べられても差し支えないのは誰だ?


 村人と。


 クラスメイトが。


 僕に向かって一斉に視線を向けた。

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