第15話  ルーナさん その6


「そんなに似てるの? お母さん?」

「激似!」


 誇らしげに意見を述べ、追い打ちをかけるルーナお母様。

 俺は頭を抱えながら未来に怯える。


「母さん!? 何処が似ているっていうんだっ!? えっ!?」

「全体的に。当時の性格とかウケルくらいに似てる」


 カーパ父上もショックを受けたのか、同じように頭を抱えて唸っている。

 俺も同じように頭を抱えているが、カーパ父上とは違う意味合いを持つ。


「そ、そうなんだぁ~」


 あまり意識していないような素振りでいるムン。

 だが、チラリと俺を伺っているのは確実に認識出来た。


 ムンが…… 俺の頭頂部を仰ぎ見て…… うぅ……。


 生まれてはや何百年。

 頭が禿げると言う事を、まったく意識していなかった俺にとっては衝撃的な展開である。


「い、いつ頃からお父さんは…… そ、その…… 短めに……?」

「ん~ なんかね? いきなりね? 抜け落ちてきてね?」

「い、いきなり?」

「そう! ムッち生まれてからだなぁ~ 小動物が季節の変わり目に体毛が抜け落ちるくらいバッサリいったね~」


 ムンは既に隠す事を止めたのか、話しながらも強烈に意識しているのは、俺の髪の毛である。

 

「お、お母さんは、その時にどう思ったの……?」

「一人で娘を育てていく位の気概が生まれた! 怪我の功名? ハゲの巧妙? 上手い事やってくれたもんさぁ~ あれは父さんからのエールだね~ ハゲェール!」

「ま、前向きだねお母さん? わ、私は……」


 言いよどんでいたムンが、落ち着きなさそうにしている。

 口をパクパクさせながらも、注視しているのは俺の頭。


「ムッちはハゲ駄目なん?」

「え、い、いやぁ~ そ、そんな事はないよ~? ちょ、ちょっと眩しいかなって思っただけだよ?」

「それな!」


 存在とは何か。そこにあるもの。そこにいるもの。そして闇山津見クラヤマツミの髪はここにいる。ここにある。


「………………」


 俺は意識を澄ます。現実に存在している、間違いなく、そう強く言い聞かせる。

 カーパ父上はと言うと、先ほどから立ち直れない程の真実が突き刺さり、瀕死の状態とも言える。


「なんであんなんキラキラしてるんだろね? アブラ? ならギラギラかな~?」

「それならギトギトの方が…… はっ!?」

「………………」


 愛娘ムンの物言いにカーパ父上は涙していた。

 俺の前でも隠そうとせず、栓の緩い蛇口のようにポタポタと涙を床に垂らす。


「オーナー……」

 

 俺は口調を和らげてカーパ父上をそう呼んだ。

 流石に可愛そうだと思ったのか、ムンは両手を使って否定しながら慌てて話し始めた。


「ち、違うよ? 全然違うよ? お父さん? アブラの話だからね?」

「父さ~ん? やっぱあたしの娘だよ? ハゲ嫌だってさ~」

「お、お母さん!? そんな事は言ってないよ!?」


 追い込み好きなルーナお母様は、ずいっと身体をムンに寄せながら回答を迫った。


「じゃあハゲ好きなん?」

「も、黙秘します……」

「現認! ムッち現認!」


 カーパ父上とは人生の業務上の敵とは言えど、男泣きしている状態で追い打ち掛けるほど俺は腐ってはいない。


 むしろ、これは俺にも起こりえる事態なんだと心に刻み込むべきだろう。

 誰しもいずれは薄くなり、抜け落ち、禿げるのである。


「オーナー……」


 もう一度そう呼びながらカーパ父上の肩に触れる。

 哀れみなど必要ない、と激高されるかと思っていたが、本当に落ち込んでいるようで、俺の行動を受け入れていた。


「……笑いたければ笑え。ナニがなんでも髪を維持するという私の意地が足りなかったんだ」

「そうかもしれません。ですが家庭も店舗も維持してるじゃないですか? オーナーとしては誇っていい話です」

「髪すらも維持できなかったオーナーがか? 笑わせるな」


 多少笑いそうになったが、表情を作る前に止めた。

 これも俺の意地である。


「私は手放してしまったんだよ。いつでも、これからも、絶対に存在しているって身勝手にそう思ってしまったんだ。だから…… 愛想をつかされたのさ……」

「……諦めるんですか?」


 ハッと鼻で笑うカーパ父上。

 

「種を蒔けば育つ訳じゃないんだ。いくら土地が余っていても土が死んでいたら植物さえ生まれなんだ」

「なら植えればいい」

「!?」


 一瞬、カーパ父上の瞳に光が差す。


「死んだ土地でも、肥沃な土壌になれなくても、肥持ちの良い土壌を少しずつ作り上げる事が出来るかもしれません。それに種が毛にならないなら、毛をそのまま植えればいい。植毛しましょう」

「く、クラヤマ……」


 だが現実は厳しい。

 こちらを伺っていたルーナお母様の一言で希望は絶たれる。


「高そうだから駄目ぇ~」

「ルーナお母様!? いいじゃありませんか! 男が……漢がこれ程までに願っている事なんですよ!?」


 すると悟った表情で首を振りながら俺の肩を掴むオーナー。


「いいんだ。その通りさ。私はまだやれる事がある。育毛でも植毛でもない。お前が言っていたとおり土壌を作り変えるんだ。そしてそこから生まれるのさ。新しい髪が…… 発毛が……」


 俺は今日この日ほど、神である事を恨んだ事は無い。

 髪すらも生えさせられない神など何の意味があると言うのか。


「クラヤマ…… 見守っていてくれるか……? 私の……髪が生えそろうまで……」

「そ、それって…… 私は…… ここにいて良いん――――」


 言葉が終わらないうちに生命の熱さを感じた。

 カーパ父上は俺を抱きしめていたのだ。


「いいんだ。いい」

「うぅ……」

「つらかったな」

「はぃ……」


 自分が一番つらい立場だというのに、相手を気遣えるオーナー。

 これほど上司に恵まれた神はいるのだろうか。

 そんな二人を熱い眼差しで見つめるは女性陣。 


「男同士の抱擁もいいね!」

「そ、そうだね。私はアレだけど……お、お母さんがそこまで言うなら、コレを記録して額縁に入れて保存しようか?」

「それそれな!」


 熱き抱擁が続き、互いの肩を涙で濡らす。


「いいね~ いいよぉ~」


 落ち着いて来た頃にパシャパシャと音が聞こえ、フラッシュしたように店内が光る。光と音の発生源を探すと、ルーナお母様がそこにいた。


「ちょっと上着ずらしてみようかぁ~ にぇへへ~」


 そう言いながらルーナお母様の目がピカピカと光る。


「眩しぃ!? なんで目が何回も光ってるの!? どういう事!?」


 素の言葉が己から発せられる。

 するとムンがジェスチャーを交えて状況を説明してくれた。


「お母さんは純粋な妖精族なので色々な事が出来るんです。光った瞬間にその時の情景を頭に保存してるんですよ。でもお母さんはアウトプットが苦手なので、もっぱら私が手書きで情景を紙に写し出します」

「どうやってムンは情景を読み取るんだい?」

「確実なのは触れている時ですね。それもお母さんがアウトプットを意識している時限定ですけど」


 俺より優れてるんじゃないのか。

 そう思うが多少悔しいので心の奥底に閉まっておく事にする。


 落ち着きを取り戻した俺達は四人でテーブルを囲い、まさしく一家団欒といった様子である。

 

「じゃあクラくんはここに住めるね~」


 それに頷くカーパ父上。

 ムンも嬉しそうに俺を見て傅く。ルーナお母様はそれを見て微笑んだ。


「で? いつ子供作んの? あ、昨日仕込んだんだっけ?」

「忘れてたぁー!? こいつは性獣だったんだぁ! 駄目で~す! 見守れとは言ったけど、ここに住むのは認めませ~ん! はっはぁ! この私を甘く見るなよ若造がっ!?」


 ルーナお母様はカーパ父上の頭頂部を見ながら――――


「認めてくれたら発毛剤プレゼントしよ~かなぁ~」


 カーパ父上は揺れ動いていたが、愛娘の一言で選択肢を決めた。


「わ、若返ったお父さんをこれから見てみたいな~」

「そ、そうか~? 若い頃の父さんはイケてるぞ~? 娘にそう言われちゃ仕方ないな~ ムンに感謝するんだぞクラヤマ? 発毛剤で生えちゃうからな? フサフサだからな? え?」


 心底嬉しそうに頭を撫でながら悦に入るカーパ父上。

 だが俺には分かる。愛娘ムンの興味はただ一つ。発毛剤で毛が生えるか生えないかだ。そしてその如何によっては、俺もカーパ父上も同じ運命を辿る事になるであろう。





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