第14話 ルーナさん その5
高々と上がる太陽の日差しを窓越しに感じながら、フェアリーリバーの一階で昼食を取っている。
「どうですかクラさん?」
「熱いね。けど美味しいよ」
ムンのお手製ランチを冷ます事なく口に放り込む。
「それはそれは」
夜とは違い窓より爽やかな風がやって来た。
気温が高いのでカボチャを容器にしたグラタンから湯気が出る事はないが、体温の上昇により額より汗は出る。
「外で食べるなら木陰で食べたいもんだな。日差しとランチの熱さで汗まみれになりそうだ」
「そうですね。日中は日差しが強いので、その方がいいと思います。風通しの良い場所でしたら、時折吹く風が身体を冷ましてくれますよ」
半分ほど残っていたチーズと合わせてグラタンを咀嚼する。
「ただいま~! あたしら一時的にお金持ち!」
ビシッと片手で持ったポイントカードMIYAKOを誇らしげに提示するルーナお母様。そのカードのポイント残高は申告通りに大幅に増えているのだろう。
「あ、あぁ……」
ルーナお母様はあれから大量の育毛剤を返却・売却しに出掛けていた。
無論、出掛けた時に抱えていた大量の在庫は全てポイントに変換され、MIYAKOに入金されている。
「あぁ……」
先ほどより呻いているのはカーパ父上。
コレクションを全て売り払われた悲しい男の行く末はこうなるのである。
「ごちそうさまムン。本当に美味しかったよ」
「どうもどうも」
本当に嬉しかったのか、少しニヤけながら容器をスルリと回収し、厨房へ跳ねるように進んで行った。
「いやぁ~ ナニ買おうかなぁ~ クラくん欲しいものあるぅ~?」
「欲しいものですか…… そうですね……」
考えながらテーブルの上を濡れた布巾で軽く拭く。
ランチのグラタンは容器がしっかりしているので、テーブルを汚す事はなかったが、手持ち無沙汰でそうしていた。
「あたしカタマリ買おうかなぁ~」
「カタマリですか……? 何のです?」
「肉!」
どうやらルーナお母様の成分は肉で出来ているらしい。
身長こそ低いものの、女性然とした魅惑的な体つきはそれが起因しているのかもしれない。
「回すぞぉ~ 客が見てる前で大肉をグルグル回すぞぉ~」
本当に大肉なのか、それともドネルケバブのように肉を重ね合わせた物なのかは分らなかったが、こちらのテンションも上がったので、咳払いの後に一つ提案した。
「店舗にあるテーブルを改良して、お客さんにグルグル回してもらいます? ひとテーブルに一つの大肉を焼けるように」
「それな!」
すると厨房の片付けをしたムンが加わり――
「それならスケルトンな大型冷蔵容器を発注して、店の中心に肉を置いちゃいます? そこから新鮮な肉を切り取って提供するんです。インパクトあると思いますよ」
「それそれな!」
こうやって色々と想像している時が一番楽しいのである。
実際やってみると、これまた色々と問題が出てきて難儀するのも現実。
「はぇ~ 未来は明るいねぇ~」
誰かが意図した訳ではなかった。
だが三人とも同時にカーパ父上の頭上を凝視していた。
カーパ父上の未来は暗いが、頭は明るいのだ。
幸い日光が禿げ上がっている頭頂部を照らし、俺の眼球を殺しにかかる事は今はないが、油断できないのもまた事実。
多少の警戒感を持ってカーパ父上を眺めている。
特に反応は無く、打ちひしがれているだけだ。
流石に哀れに思ったのか、ムンが話の流れを変えようと目線をこちらに向けて喋り出す。
「お、お母さん? いきなりお金を使っちゃうのもアレだし、ちゃんと考えようよコレからの事をね?」
「ちゃんと考えた結果! あたしはコレでイクの! 決めたの!」
両人差し指を天井に向かけ宣誓するルーナお母様。
「で、でもね? ちょっとくらいはお父さんの事を考えても……」
「ならムッちはどう考えているの!? ちゃんと説明して!?」
何となくこれからの流れは分ったが、ムンもそれは分かっているようだ。
生命の危機に瀕した哀れな小動物が慈悲を願っているかのように、潤まった大きい目を俺へと向ける。
「………………」
「クラさぁ~ん」
俺は別に彼女を見捨てようと黙っていた訳ではない。ただ小動物の鳴き声が聞きたかっただけなのである。
願いが叶った俺は彼女の願いも聞き届ける事にした。
「ルーナお母様? 先ほど私に欲しいものがあるかと、お聞きしてましたよね?」
「ん」
こちらも小動物らしく返答。
「大事なお金……いや、ポイントですから無駄に使おうとは考えていません。もう一部屋を私に貸して下さいませんか?」
「ん!」
発声する瞬間、顔を少し前に出す仕草がとても良いルーナお母様。
「……かわいい」
「何か言いましたかクラさん?」
「いぇいぇナニも?」
女の勘は鋭い。潤んでいた瞳は既に無く、突き刺すような眼差しが真実をも指す。
「………………」
無表情なムンを見て、既に情報は漏れているモノとして行動を決める。
その状況を察したのか、ルーナお母様はニヤニヤしながら俺に告げる。
「
「お客様相談室を設置します」
「え~と、俺の種族はちょっとばかり特殊で、皆の認識が必要不可欠なんです。こうやって認識していてくれれば何の問題もないんですが、認識から外れると存在そのものが消えちゃうんです」
はぇ~、と気の抜けた返事をしながらも興味津々なルーナお母様。
ムンは多少ではあるが状況を理解しているので、口を挟まず耳を傾けていた。
「ここで生活していくには、私に対して一人でも多くの認識が必要となります。ですが、ちょっと知り合ったくらいでは認識力が足りないのも事実です。なので、私を強く認識してもらえる位の信仰……もとい親交が必要だと考えました」
それを聞いたルーナお母様は――
「じゃあクラくんは相談事を受け、悩み事を解決する事で親密度を高めるって考えてるのかな? それで上手くイクの?」
「実際やってみないと分かりませんが、少なくともムン、ルーナお母様、カーパ父上の認識によって存在が安定しているので、確立は高いと思います」
「ふ~ん。もし親密度が存在に関わってくるなら、あたしと親密になったらいいじゃん。方法はいくらでもあるで~? 秘密に密着とか~?」
歴史が動いた訳ではなかったが、山のようにジッとしていたカーパ父上がついに動き出す。
「母さん!? 私を捨てるのかね!? どうしって!?」
「むふふ。どうしよっかなぁ~?」
「髪が多くないからか!? でも昔はフサフサで!?」
「昔は昔。今は今。仮に世界を救った英雄だって、今ナニもしてなければナニも生まれませ~ん。髪も生まれませ~ん」
俺は考えていた、ルーナお母様との邪な妄想を。だがそれも一瞬。
ムンから不穏な空気が流れ出ているのを感じ取り、先手必勝とばかりに笑顔でムンに質問する。
「カーパ父上は昔フサフサだったの?」
「昔からこんな感じだった気がしますけど……」
二人してカーパ父上の禿げ上がっている頭頂部を確認。
するとカーパ父上は言い訳がましく――
「ムン!? 父さんはな!? ロン毛だったんだぞ!? リバーサーファーとして名を轟かせていたんだっ! そこで母さんと出会ってな! はっはぁ!」
到底信じられる話では無かった。
それを聞いていたルーナお母様はガックリと肩を落とし、当時を振り返るように、しんみり喋り出した。
「昔はねぇ~ 父さんもこんな感じじゃなくて、身体がスッとしていたんだよ~ モチロン髪も長くて本当に綺麗でねぇ~」
ふふん、と鼻を鳴らしながら、ルーナお母様により肯定された過去の事実を満喫するはカーパ父上。
「急流の川に乗る父さんは本当に格好良かったよ~ あ~ どうしてこうなったぁ~ けどいいんだ! だってクラくんいるし!」
「……お母さん? それはどう言う意味?」
先ほどより黒めなムンが状況を冷え込ませようとする。
だが、それは一時的な冷え込みに過ぎなかった。俺は氷河期が到来する事も知らず、ブラックムンから放たれる冷気に身体を強ばらせていた。
「だってクラくん! 父さんの若い頃にソックリなんだも~ん!」
そしてルーナお母様からの言葉に驚愕した、カーパ父上と俺が絶叫する。まるで俺達の震え上がる魂が現界したようでもある。
「「 嘘だァ―――――――――!!? 」」
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