第13話 ルーナさん その4
「クラさん大丈夫ですか?」
「あはは、蹲っててウケル」
「ちっ 軟弱なヤツめ……」
三者三様な扱いを受ける。
女性陣の扱いに関しては許せるものの、一人どうしても許せない存在は依然として確立したままだ。
ふと肩に手が置かれ、ビクッとしてしまったが、ムンの香りがしたので安堵する。
次第に真っ白な世界が色づき、現実がこんなにも色鮮やかであることに感謝した。
「おっ 回復早いね~ なかなかの腕前!」
これも腕前になるのかは分からなかったが、ルーナお母様は至極楽しそうに自身の二の腕辺りをパンパンする。
「これはお褒めにあずかり光栄です」
「褒めてねぇよ。そのまま目とキンタマ潰れちまえ」
お前の毛根を潰して根絶する。
「………………」
堪えた。俺は堪えきった。
このままバトルを続けても互いに消耗戦になるだけ。俺は一度冷静になり、これからの立ち行きを模索し、突破口になるであろう人に言葉を向ける。
「ルーナお母様? 昨夜よりこちらの従業員兼家族になりましたクラヤマと申します。最低賃金以下で結構でございますので、衣食住だけ確保させて頂けますとありがたいです。以後お見知りおきを」
ルーナお母様はさも当然のように――
「はいな~ よろしっこ! これでフェアリーリバーも安泰!」
するといつも通り目をひんむき、否定の態度を強化するはカーパ父上。
「母さん!? 駄目だ! こんな不安定野郎にフェアリーリバーの敷居を跨がらせる訳にはいかん!」
「んあ? なんで? いいじゃん。従業員も増えて家族も一人増えたんだし、これは嬉しい事じゃないの?」
「ダメぇ~! だ・め・で・す!」
二人の攻防を見ていると、ムンが心配そうに腕を抱えていた。
「すまないねムン。俺の事で心配かけちゃって」
「あ、いえ。それもありますが…… お母さんが……」
チラリとルーナお母様の方を伺うと、先ほどムンとやりとりしていた時のように、イヤラシイ笑みを浮かべ始めていた。
「え? なに? 父さん嫉妬してんの?」
「し、嫉妬なんてしてない! 全てにおいて優れている私が嫉妬する要素がないからな! ははっ」
ふっ―― 髪の量で嫉妬してんのかな?
「じゃあいいじゃん。このご時世で住み込み
「
くっ―― いつの間にか
「しょうがないじゃん。イクところ無いんだから。それに、父さんが隠れて買ってる育毛剤だって馬鹿にならない金額だんよ?
「か、母さん!? なんでそれを知って!? い、いや育毛剤なんて買ってないぞ!? 大体、私には必要ない! 十二分に生えているからな!」
うぅ―― 現実を受け入れられない悲しい存在なんだ彼は。
バトルの当事者になりながらも、間接的に事の成り行きを見れる俺は勝ち組。
変わらず心配そうに眺めているムンに「大丈夫だよ」と一声かけるが、彼女は未だ不安そうにしている。
「じゃあ育毛剤捨てるね! 開封していないヤツは転売転売! 利益で化粧水を買うぞ~!」
言うが早くルーナお母様は階上へ。行く先はカーパ父上の部屋だろう。
アッ――――!!!
――――と吠えたのは誰の心の叫びだろうか。
余程ショックだったのか、カタカタと打ち震え子鹿のように狼狽えている、大人になった子河童。
天井よりドタバタと激しい音が伝わってくる。
まるで数分と定められた犯行時間を有意に使う為に、暴虐の限りを尽くしている窃盗団のようでもあった。
怪盗団フェアリーリバーのルーナ。
「大量大量~ 金儲けって簡単だね~」
両手で持ちきれない程の育毛剤を抱えつつ、こちらへと向かってくる。
大量の育毛剤が邪魔して足下が見えないのか、一歩一歩、用心して階段を降りていた。
「お、お父さん。こんなに購入していたの……? ちょっと……買いすぎじゃないかな……?」
愛娘にも否定され両手で頭皮を覆う河童。
「ちな、家宅捜索は終わってないよ~ まだまだあるで~」
「えっ!? まだあるの!? お父さん……気持ちは分かるけど…… 私だって色々と浪費しないようにしてたのに……」
愛娘に全否定され両腕で頭上を覆う河童。
「じゃあとりあえず並べてイクよ~ ホイホイっと~」
警察に押収された盗品のように綺麗に陳列されていく。
育毛剤の展示会場はフェアリーリバーとなる。
「色々あるんだね。私知らなかったよ、お母さん。なんだか違うお店にリニューアルしたみたい」
「ムッちぃ~? 興味あるなら二人で化粧品を扱っちゃう? 元手も出来たしさ~ 新生フェアリーリバーは化粧品販売所!」
「ちょっといいかも…… 憧れるなぁ……」
俺は完全に忘れていたのだ彼を見るまで。己が存在を賭けて戦っている最中である事を。
カーパ父上の存在がまるで風前の灯火。存在を確立する為に動いている俺の気持ちが今なら彼に届くだろうか。
「でしょでしょ~? どんな店舗にするか~? 色どうする~?」
「基調は白だろうけど…… お店のカラーも出したいね」
「シックに攻めて大人の味を出すか~ それとも明るく高級感出すか~」
既に決定済みのような流れ。
「お母さん? 少し明るめでパステルな感じとかは子供っぽいかな?」
「そうだね~ 化粧は大人のモンだからね~ けど、小売場なら焦点絞って若い人向けの化粧品とか置くのもアリか~」
「若い人向けかぁ。アクティブな感じを出してアウトドア化粧品とか? お外に出る率か高いクティブウーマンに向けて限定販売」
「それな!」
俺は見下ろしている。見下している訳ではない。
小さくまとまったカーパ父上の身体を注視。見られたくないものを見られてしまった思春期の少年、いや中年のよう。
「でも色々考えると楽しいね。私そんな生活してみたかったなぁ~」
「出来る出来る! 若いウチからアレコレ決めちゃうと狭まるよ! どうせ大人になったら嫌でも狭まるんだから! 広げとかないと!」
「そうだね。お母さんの言う通りかも。ちゃ、チャレンジしてみようかな……」
チラリとこちらを伺うムン。
君の意味ありげな行動にサインイン。
ムンは俯き下ろした両手を重ねながらこちらへと来る。
「ランチ作りますので食べますか?」
食べないという選択肢がない。
「頂きます。手伝うよ」
「いえいえ。楽しみに待っていてくれると嬉しいです」
ムンは小走りに厨房へ向かう。その後ろ姿は暖かい雰囲気に満ちあふれているように見えた。エプロンを着けランチを作ろうと準備している様は若奥様然としている。
「でだ」
ルーナお母様はカーパ父上を見下ろしている。言葉の先を向けられたカーパ父上は一度身体を震わせていた。
「領収書もあったから、プレ値が付いているヤツ以外の未開封育毛剤は返品するよ」
え? プレミアム化するの育毛剤?
「ま、待ってくれ母さん。私にとっては娘のような存在なんだ! その育毛剤達は!」
「あっそ。ムッちぃ~? 父さんがぁ~? 実の娘を蔑ろにする発言を~」
「わ、分かった! 分かったから! うぅ…… 未使用の娘達よぉ…… また出会うその日までぇ……」
本当に涙していたが、言いようが気持ち悪かった為、助けてやろうかと思っていたが止めた。
しかしコレクションをコンプリートするという気持ちは同性として分かる部分ではる。
「何かあった? お父さんがなんて言ってたの?」
気が付くとエプロン姿のムンが、ルーナお母様の言葉を聞いてやって来ていた。両手に付けたミトンが大変可愛らしい。
「い、いや母さんと親交を深めていたんだ。そして私の心はかなり痛んだ……ハハッ」
よく分からないと言った体で「はぁ」と呟くムン。カーパ父上は何か言いたそうに潤んだ目をしていたが、コブシを血が出るほどに握り締めて耐え忍んでいた。
それを見ていたルーナお母様は――――
「大体さ、生えてない頭皮にいくら育毛剤使ったって無意味っしょ? 生やすなら内服薬の発毛剤じゃんね?」
そしてルーナお母様からの言葉に驚愕した、カーパ父上ことムン
「嘘だッ!!!」
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